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「朝に見せたあの『カリビアンブルー』のボトルな、僕が大学を卒業してから初めて企業コンペに応募した作品だったんだ」
「えっ!?初めてなのに採用されたの?すごいじゃないの!」
「うん、僕も思ったよ。もしかして僕は天才なんじゃないか!?ってね。でも違った。 実際はどこの世界にでもある、ただのビギナーズラックに過ぎなかったんだ・・・」
『ロットの切り替えに入りまーす!今のうちに水分取ってくださーい』と場内アナウンスが響く。流れてくる桃は一時的になくなり、ゴウン、ゴウンと機械の音だけが規則的に響いていた。
「・・・有頂天になってた僕は、他のコンペにも次々に応募しまくったよ。この調子で実績を重ねていけば、そのうち黙っていても仕事の依頼が来るようになって、農家なんか継がなくとも楽に生きていけるようになる、って思って」
「ふうん。それで結果はどうだったの?」
「全然ダメ!かすりもしなかっよ。そりゃそうだよね。自分と同じかそれ以上の実力者が何十人、何百人も集まっているのに、そこで一番を取るなんて容易なことじゃないんだ。ましてや僕は天狗になっていて、当然するべき努力すら怠っていたから」
「ほほう、それはどんな?」
「例えば・・・その製品の製造コストとか、実用、耐久性とか、あとトレンドとか・・・考えなくちゃいけない事は沢山あるのに、そういう大事なことをそっちのけで、自分を出す事ばかり考えていたよ。いま思えば、もっと謙虚な気持で一つ一つの案件に丁寧に向き合うべきだった。それが敗因だ」
「でもさ、人間って失敗から学ぶことの方がよほど多いじゃないの」
いつになく優しい口調で、教え諭すように言った。
「長い人生だもの、あんた次第でその経験を活かせる時はきっと来るわ。だから、無駄だなんて思わないで」
花菜は昔から、僕より誕生日が二ヶ月早いこともあって、すぐこんな風にお姉さんぶった口をきくことがある。でもそんなところも決して嫌ではなかった。
「でもそれだと、収入が全くなかったわけでしょ?どうやって生活してたの?」
「コンビニの深夜バイトと引っ越し屋の手伝いをかけもちして、なんとか生活費や家賃を稼いでたよ。どう切り詰めても一日一食しか食べられなくて、コンビニで期限切れの弁当をもらったりもしたなあ」
「だからそんなに痩せちゃったのね?バカね!もっと早くに帰って来ればよかったのに」
「いちど家を出た男が、そう簡単に帰れるわけないでしょ?」
「じゃあ女ならいいって思うの?それって男女差別!」
そんなやりとりをしていたら、はるか遠くから次のロットの桃が大列をなして、ベルトコンベアを流れて来るのが見えた。
「おっ、来たな」
僕は左手にキャップを一つ取って、それの到着を待ち構えた。
僕は突然ふと思った。もし僕のお祖父さんか花菜のお祖父さん、どちらか片方でも存命だったなら、今頃僕達は結婚していたかも知れないのだと。
僕の父さんと母さんは事ある毎に言うのだ。農家の夫婦は普通のサラリーマンの夫婦と比べて、一緒にいる時間が圧倒的に長い。それこそ24時間ずっと一緒なんて事も。だからこそ、相手は慎重に選びなさいと。
例えばもし24時間、ずっと花菜と一緒にいる事になったらどうだろう・・・。うん、悪くはないな。性格も優しいし。いいんじゃない?僕よりずっと賢いし。それに・・・可愛いしな。流行のファッションで身を固めた東京のお洒落さん達とは全然ちがうけれど、花菜はこれでいいんだ。いや、いや、悪くないどころかむしろ・・・!?
ヤバい。僕は気付いてしまった。
突然、胸の鼓動が激しくなり、顔が火のように熱くなった。恥ずかしくて花菜の顔をまっすぐに見る事ができない。それは僕の心の奥底で、なにかのスイッチが起動した瞬間だった。
あの許婚の話はもう過去のものとなって、消滅してしまったのだろうか? ものすごい優良物件だったのに!気になる。とても気になる。何よりも、いま目の前にいる当の本人は、その事をどう思っているのだろう?
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