流れる桃

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 ・・・そうだ、共選所でもらってきた例の桃をさっそく検証しなくては。僕はそれを手に台所に直行。包丁を手にとった。  この桃は果皮の薄い斑点のせいで出荷から除外されてしまったけれど、ぱっと見た感じは普通の桃だ。もし異常が皮の表面だけで、果実の中は綺麗であれば、結局は川手さんの判断違いだったということになる。後学のためにそれを確認してみよう。  僕は包丁を使って、なるべく実を残すように丁寧に桃の皮を剥いだ。濃い紅色の果皮をペロリとめくると。斑点の下の部分は実の中まで黄色く変色してしまっている――アウトだ。 こういう変色部分は時間が経てばもっと濃く、茶色くなって、 きっと数日後には売り物にならなくなるだろうから。 「これは虫に吸われた跡だな。今年大発生したというカメムシの仕業だろうか・・・?それにしても、一目でこんなのも判断できるなんて、やっぱりプロってすごいな!」  考えてみると農業には、たくさんの分野の高度な知識が必要とされる。生物学、地質学、気象学のような自然科学は当然として、農薬や肥料を扱う化学の知識も。それに加えて経営、マーケティングの知識、農作業を行うだけの体力、人とのコミュニケーション能力・・・列挙したらきりがないくらいだ。でもその中には僕の好きな分野もあるし、大学で学んだ分野も幾つかはある。そういうのを活かせるかも知れないし、これから本気で農業に取り組んでみるのも良いかも知れないな・・・。  僕がそう思った時だった。心の中で、またあの意地悪な声が聞こえたのは。 『拓巳よ、そんなお気楽でいいのかな?思い出してごらんよ。きみは自分からなりたいと思ってなった工業デザイナーですら、結局は挫折したんじゃないか。それが今度は半ば義務感だけで、あまりやりたくない農業を始めるだって!? 本当にやっていけると思うの?農業にはそれこそ天災や異常気象みたいな困難が、いくつもいくつも待ち受けているんだよ。きみの努力が実を結ぶ保証はどこにもない。将来そういう壁にぶち当たった時にも、まだそんな楽観的でいられるのかな?』  ああ、またこの声か・・・。いろんな理屈を並べ立てているけど、結局は僕に農家を継ぐ事をやめさせたいのだ。こいつは一体いつ、何がきっかけで僕の心に入り込んだのだろうか? とにかく考えよう。諦めずに考え続ければ、いつか答えが訪れる時が来るかも知れないから。
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