記憶を辿って

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記憶を辿って

 燃えないごみの日の朝だった。空瓶で満杯の重いプラケースを20メートル先の集積場までいざ運んでいこうと、僕は門を出る手前で気合を入れていたのだ。  その時タタタタ、と軽快な足音がして、いきなり何者かが飛び込んで来た。いや、こんな事する奴は一人しかいないか・・・。 「おっとととと」  急停止する僕と、軽快なフットワークでひょいと飛び退く彼女。 「・・・危なかったね!? おはよう!」  案の定、やっぱり花菜だった。 「あら?その瓶って・・・」  僕が持っていたプラケースの中身は、つい先刻まで大事に飾られていた、大量の『カリビアンブルー』の空瓶だ。それに気付いた視線から思わず言葉が出た。 「捨てちゃうの?」 「うん。綺麗さっぱり捨てちゃおうと思って」  放っておけば、 たとえ何十年経っても両親の手では処分できないだろう。 未来永劫でも残ってしまいかねない。だからこれは僕自身の役割なのだ。 「ずっと過去の栄光にしがみついていても仕方がないからね」 「ふうん、そうなの・・・」  花菜は少し寂しそうな表情で言った。 「ところでおまえ、うちに用があったんじゃないのか?」 「あ、そうそう!」  有名な猫型ロボットみたいに、オーバーオールのおなかのポケットをごそごそしながら。 「拓巳にいいものあげようと思って・・・ジャ~〜ン!プレゼント、フォー、ユー!」  高々とかかげた右手で、朝の光を浴びて黄金色に輝くのは、立派なはさみを持った特大のクワガタムシ。 「ミヤマクワガタか、でかいな。こんな大物が普通にいるなんて、ここはまだ自然が豊かなんだなあ」  そんな僕の反応をじいいっ、とうかがっていた花菜は、 「拓巳・・・、なんかリアクション薄くない?もっとこう、 ピョンピョン跳び上がって、ワーイ!って大喜びすると思ってたのに」 「いやいや、小学生じゃないんだから!もちろんクワガタは今でも好きだよ。ただ、閉じ込めて飼ったりするのはやめたけどね」  大都会の汚れた空気の中に六年も閉じ込められていた僕だ。花や緑や生き物の大切さ、尊さは身に沁みて分かる。だからクワガタもありのままの自然の中で、本来の生命を全うさせてやりたいと思った。 「あとで逃がしてやるけど、いいか?」  念のために一応、聞いた。 「もちろん!」  僕は掌の上にクワガタを載せて、のそのそ歩く甲冑の勇姿を間近で見た。 「やっぱりミヤマがいちばん格好いいよな。どこで捕まえたの?」 「昨夜、うちの網戸に飛んできたの。ドーン!バサバサバサー!!って。それはもう、もの凄い音がしてね。何事か?て外に出てみたらこいつがいたわけよ!」  僕の手の上のクワガタをのぞき込んで目を輝かせている花菜。それを見た時だ、突然何の前触れもなく、遠い日の記憶がフラッシュバックしてきたのは。 (子供の頃、どこかで同じシチュエーションがあったな。そしてその後に・・・何か、ちょっとした事件のような事が起きたんだ。それは何だったかな?良い事件か悪い事件かと聞かれれば、悪い事件だった気がする)  直感が告げていた。その記憶の中に、僕が日頃から探し求めていた一つの問いの答えが隠されているのだと。  僕の指先まで登りつめたクワガタが突然、ぶわっと大きく羽を広げた。バサバサ!派手な音を立て、ゆっくりと空中に舞い上がり、やがて高い木々の梢の中に消えていった。 「気をつけて帰れし〜!」  去りゆくクワガタにぶんぶん、と手を振る花菜。 「なあ、花菜」  ややあってから、僕は思い切って聞いてみる事にした。 「たぶん小学生の頃と思うけど、何処かに二人で虫取りに行って、何か怖い目にあったような事って・・・なかったかな?」 「もしかして、藪切峠(やぶきりとうげ)のこと?」  藪切峠。その名を聞いて心のアンテナがピンと立った。どうやら花菜は、まだそれを覚えているらしい。今聞けばここで全てが判るかもしれないけれど、できれば自分で思い出したい。それは僕にとって重要な記憶なのだから。 「花菜、頼みがある!今から僕と一緒に、藪切峠に行ってくれないか?」 「えっ!? なんでまた・・・。いいけど、わよ?」  
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