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雨がやんだら
週末の土曜日になった。僕と花菜は、今日と明日の夜に開催されるホタル祭りの会場設営や準備を手伝うために、『小鹿沢多目的センター』に来ている。ここはかつて僕達が学んだ中学校だった場所だ。廃校となった校舎とグラウンドが、現在は町のイベントや集会などに活用されているのだ。
一昨日に梅雨入りが発表されたものの、大きな天気の崩れはまだない。朝には力強い日差しもあって、少なくとも今日、明日くらいは大丈夫だろうと誰もが思った。
会場設営の中で最も大変な仕事は、グラウンドに簡易ステージを組み立てることだ。この作業だけのために、集まった十数人の人手を半日以上も費やさねばならなかった。
「なあ、このステージで何をやるの?」
搬入された重いシートを二人で持って運びながら。僕は花菜に聞いてみた。
「うんとね、今夜が演歌歌手のミニライブで、明日が御当地ゆるキャラのちびっ子ショーだってさ」
小鹿沢町に遠い縁があるというその演歌歌手も御当地ゆるキャラも、僕には一度も聞いたことがないような名前だった。それにホタル祭りなのにメインが演歌だって?なんか予算の使い方がちがう気がする。そうは思ったけれど、何も言わないでおいた。
汗だくになって苦労した甲斐あって、 午後の三時を回る頃には特設ステージは無事に組み上がっていた。残るは音響機材や照明機具を設置すれば完了だったのだけれど。そこでなぜか突然、指示役の実行委員、望月さんが「ちょっと待って」と皆を制した。
「どうかしましたか?」
望月さんは黙って西の空を指差した。見ると山の尾根からもくもくと立ち昇る水蒸気が、空で厚い層を形成し、灰色の入道雲になりかかっている。
「こりゃあ一雨くるな」
その場にいた人達が口々に言った。毎日の大部分を屋外で過ごしている農家の人達だから、雲行きを読むのが得意なのだ。事実、入道雲はみるみる大きく増殖しながら、物凄い速さでこちらに近付いて来ている。
「やだやだ!? やめて!来ないで〜!」
花菜の悲痛な叫びも虚しく、それから数分後には周辺が夜のように真っ暗になり、遠くから雷鳴が聞こえてきた。ボト、ボト、ボト!大粒の雨が地面を叩き出す。やむなく僕らは作業を一時中断し、屋内で待機する事を余儀なくされたのだった。
それからまた十分くらいして、不意に望月さんの携帯電話に着信があった。緊急連絡だろうか?その通話は彼が二、三言「はい」と返事をしただけで、すぐに切られたのだけれど。
「・・・皆の者、よく聞け」
折りたたんだ携帯をまたポケットに入れながら、コホン!と一つ咳払いした後で。望月さんは神妙な面持ちでこう言った。
「スケジュールの都合で、今日来る予定だった演歌歌手の方が来れなくなりましたとさー!」
どよめきがどっと広がる。だんだんそれが治まってきた時には全員が脱力して、その場にズルズルズル、と崩れ落ちていた。
「ああ、終わったな・・・」
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