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僕と花菜
トン、トン、トン!一定のリズムで早朝の空に響き渡る軽快な太鼓の音は、近くのお寺で朝の勤行が始まったことを告げていた。
そうだ、僕は故郷に帰ってきたんだったな・・・。深い眠りからゆっくり覚醒していく時特有の、心地よい脳の痺れを感じる。こんなに熟睡したのは一体何年ぶりのことだろう。トン、トン、トン!太鼓が響く。
細く開けてあった窓から吹き込む微風が僕の額を優しくなでる。その風はいろいろな匂いを連れてきて、時には燃えるような新緑、 草原に咲き乱れる花の匂いだったり、また時には山肌から湧出する清水、生命を育む土の匂いでもあったり・・・。それらで肺が満たされるごとに、僕は母の胸で眠る赤子のような安心感を覚えるのだった。
太鼓の音に混じって、窓の外の白い小花に群がる蜂たちの羽音、森の中で囀り合う鳥たちの声、ジーワジーワと鳴く蝉の声、近くを流れる沢のせせらぎが聞こえてくる。それら全てが声を揃えて僕におかえり、おかえり、 と言ってくれていた。
しばらく土地を離れていた僕だからこそ尚さら強く感じる。きっと山には山特有の霊的な存在、精霊とか土地神のようなものが確かにいるのだ。その神様が今僕に、おかえりなさいと迎え入れてくれている。一度は自分からこの故郷を捨て、都会へ去って行った僕なのに・・・。なんて心が広いのだろう、さすが神!
そんなとりとめのない事を考えていたら、いつしかまた心地よい眠気が押し寄せてきて、その誘惑に抗えない僕は、また深い眠りの淵へと沈んで行くのだった。
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