僕と花菜

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 窓から差し込む日差しが眩しくて目覚め、慌てて時計を見ると10時30分を少し過ぎたところだった。  家の中はしんと静まりかえって、僕だけしかいない。まあ当然か。父さんも母さんもとっくに農作業に出かけたのだ。僕はとりあえずテレビの電源を入れた。天気予報のお姉さんが、関東甲信の梅雨入りが今週中には発表されるでしょうと告げていた。  家が広過ぎて新聞を取りに行くのもちょっとした散歩だ。顔を洗って、ガタピシいう戸を開け、藪蚊と戦いながら広い前庭を通り抜け、ようやく門扉に取り付けられた郵便受けにたどり着いた。その時――  キキー!とブレーキ音がして、お洒落なベージュと白色のスクーターが、少し通り過ぎた位置に止まった。 「やっといま起きたの!?ずいぶんとよく寝たわね!」  花菜だった。彼女は果樹園で作業する両親にお昼ご飯を届けながら、そのまま勤め先の役場に向かう途中だ。 「花菜、今から出勤?ご苦労さま。気をつけて行くんだぞ」僕はひらひらと手を振る。 「なーに言ってるの!あんたも行きなさいよ、畑!」  ほら見て、と花菜はゆるやかな丘の斜面を指差した。そこは広大な桃畑になっていて、せわしなく動く人々の姿がここからも見える。立派に育った桃の実に少しでも発色を促進するために、葉を摘み取ったり反射シートの位置を変えたり。今は収穫前の最後の仕上げ段階ともいえた。 「 早生の品種ならもうとっくに収穫が始まっている頃だわ。どこの桃農家でも今はいちばん忙しい時期なんだから」 「僕、これまでに畑の手伝いなんてしなかったからなあ・・・。初心者じゃ大して役に立たないかも知れないし」 「別にそんな事ないと思うよ・・・、ていうか、あんた、農家を継ぐために帰ってきたんじゃないの?」  僕は言葉につまる。実はわからないのだ。自分で自分の事なのに。うまく言葉にできないその複雑な表情を汲み取って、花菜はそれ以上の追求をやめた。 「・・・まあ仕方ないか。拓巳はなんちゃらデザイナーになりたかったんだもんね。そうすぐに頭を切り替えられるものでもないわ」  これかな、いやこれかな、とお弁当のかごの中をごそごそしながら。 「ゆっくり体を休めて、自分自身とお話することね。これあげる。じゃあね!」  ブイーン!とエンジン音を響かせて、花菜は行ってしまった。ずっしりした重みを感じて、 ふと何かを渡された右手を見ると、そこにはアルミホイルに包まれた大きな大きなおにぎりが一つあった。
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