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「大将、あの縞鯵を刺身で貰えるか?」 ダークブラウンのスーツを着た人が僕を指差している とうとうこの日が来てしまった 悲しいけど、僕はもうたくさんの仲間が彼によって捌かれる姿を見て来たから、今から自分も同じようになることを悟ってしまった せめて、彼に食べられたかったな… 彼に美味しいって言って欲しかったな… 彼が生簀の向こうから僕のことを見てくる どこか寂し気な表情に、僕の胸が締め付けられる 「大丈夫、僕はほら、新鮮だよ!あのお客さんもきっと満足してくれるよ!」 彼を元気づけたくて、水槽内を元気よく泳いで見せた 時々水面をパチャンッて跳ねさせて、水を彼に飛ばす ちょっと飛ばし過ぎたかな?と不安になって彼の顔を見ると、今にも泣きそうな顔をしていた 「どうして元気になってくれないんだろう?僕は新鮮だよ?ちゃんと美味しく食べてもらえるよ?」 彼の顔を見ると不安ばかりが募ってしまって、泳ぐ元気もなくなってしまって、じっと停滞して彼を見つめる 「………」 お客さん同士の楽し気な声と有線から流れる静かな音楽だけが店内に流れている 彼は無言のまま、少し考えた素振りを見せ 「……すみません、コイツは今日はお出し出来ません」 彼は困ったように眉を下げながら微笑み、お客さんに謝罪の言葉を口にしていた 「昨晩誤って餌を与えてしまって…。元気過ぎるんで… 他に良い魚がありますので、そちらをお刺身として提供させて頂けないでしょうか?」 高級そうな木の箱に入った、柵に切り取られた仲間たち 艶やかで、生きていた時よりも輝いているように見えた 「ふむ、確かに今日はそっちの方が美味そうだな。大将のお任せで造りの盛り合わせを頼む」 お客さんはもう僕への興味を失ってしまったのか、木箱に並べられた仲間をキラキラした目で眺めていた 「ごめんな…」 彼がボソッと僕だけに呟いた気がした 僕は残念な気持ちとどこかホッとした気持ちがせめぎ合っている 彼の手によって捌かれたい 美味しいって言って貰いたい でも、今の僕はダメみたい… 昨日ご飯を食べてしまったから… 彼の手から貰えるのが嬉しくて、たくさん食べてしまったから… 悲しくて、水槽の空気が出てくるポンプの影に隠れて一人で泣いた もうこの水槽には僕一匹だけになってしまったから… それなのに、僕は誰にも食べて貰えない 誰にも必要とされていない 彼も、僕を調理することを拒んでいたから… このまま誰にも食べられることもなく、一人でただ死んでいくのを待つしかないって思って、涙が溢れた 水の中だから、僕の流した涙はそのまま誰にも知られることなく水に混じってしまったけれど… でも、胸に空いたこの気持ちを埋めることはできなかった
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