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「ごめん…」 営業が終わり、誰も居なくなった店内で彼は僕にポツリと言った 「お前のこと、調理してやれなくて…」 彼の目には涙が溜まっていた どうして彼が泣いているのかわからない でも、僕は少しだけ嬉しかった もしかしたら、彼も僕のことを好きになってくれたんじゃないかって… あり得ないけど、そう思ってしまったんだ 「今晩売れ残ったら、廃棄しろって言われてるのに… 俺はお前を捌くことができない…魚に、縞鯵にこんな…」 彼の頬を一筋の涙が零れ落ちた 僕は精一杯水面に向かって泳ぎ、パシャンッと音を立てて飛び上がった 水が溢れ出し、彼に掛かることも気にしない 飛び上がった勢いで、水槽の上の台に打ち上げられた いきなり出た外の世界はすっごく広いのに、呼吸が出来なくて苦しい 台の上で、ピチピチと跳ねることしか出来ない僕を、彼はそっと手で拾い上げ、生簀に戻してくれた 数回深呼吸するようにエラ呼吸をし、また彼を見つめる 「食われずにただ捨てられるなんて、お前も嫌だよな…」 囁いた彼の顔は、もう迷いなんてなかった いつも真剣にまな板に向かって調理をする料理人の目だった うん。僕が好きになったのは、やっぱり彼だ 僕は彼に食べて欲しい 骨まで綺麗に食べて欲しい 差し込まれた網に、僕は自ら入って行った 逃げることも、暴れることも、怖がることもない 僕は、一思いに息を止められ、彼の手で綺麗な刺身になっていく 骨も高温の油で二度にわたって揚げられ、パリッパリの骨せんべいにされた 出来上がった僕を見て、彼は静かに手を合わせる 「頂きます」 誰も居ないカウンターで、彼は一口一口を丁寧に食べてくれた 次に生まれ変わるなら、彼と同じ人間がいいな… 彼とまた出会って、恋をして… 次こそは恋人になれたらいいな…
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