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ミリアは胸に軽く手を当て、呼吸を整えたかと思うと、決心したかのような目で俺を見据える。
その真剣な眼差しに、ゴクリと生唾を飲んだ。
「勇者さん」
「は、はい」
極度の緊張で一秒経つのがゆっくりに感じる。
俺は、なんて答えれば良いのだろうか?
真剣に悩んでくれていたなら凄く申し訳が立たないし、傷つけたくない。
ミリアの口が再び開かれた。
「お気持ちは凄く嬉しいのですか、あまりにも急で......勇者さんのこともよく知りませんし。一旦、保留にさせて頂けませんか?」
「え、あの、いやー......はい」
YESでもNOでもない、保留という提案。思考が爆発寸前だった俺はそこに乗っかり、現状から逃げてしまった。ここでハッキリ誤解を解いていいた方が良かったと、後々後悔することになるのだがそれはまた別の話だ。
「よかった、ありがとうございます!」
若干まだ照れながら、嬉しそうにミリアはそう言った。
俺はその真摯な態度に対して罪悪感が芽生えたが、気付かぬ振りを貫いた。
返事は保留だが、勇者の旅には同行してもらいたい。
「ミリア、もう一つだけ良いかな?」
「何ですか?」
ミリアは首を傾げる。
「名前の時にも言ったと思うけど、俺は実の所本当に勇者なんだ。でも恥ずかしいことにまだまだ力不足でさ、復活した魔王軍を倒すために旅を始めたばかりなんだ」
「え! そうだったんですか!」
「ああ、だから今一緒に旅をしてくれる人を探しているんだ。良ければだけど、ミリアについて来て欲しいと思ってる」
「私、ですか? 強く無いですよ?それに村になら私よりも適任がたくさんいると思いますけど......」
ミリアはなぜ自分が指名されたのかわからず不思議だとでもいうような表情を浮かべる
「いや、君は強いし何より俺を助けてくれたじゃないか! 怪我の手当ても慣れているし、料理だって上手だ」
俺の言葉にミリアは少し嬉しそうに頬が緩む。
「そんなぁ、過大評価です!」
「君がいてくれると心強い、頼む! ミリアが必要なんだ!」
ミリアを真っ直ぐ見つめてお願いをする。
「はうぅっ!」
ミリアはこの言葉に弱いらしい。二、三歩後退するとともに両手で顔を覆い込むようにしてしゃがむ。
「私が必要?......勇者さんが......私を必要......」
何か小さい声で呟いているがおそらく後一押しだ!
「ああ、一緒に来てくれると嬉しい」
ミリアに右手を伸ばし、握手を求める。
「嬉しい......」
また何か小さく呟いて、ミリアはスッと立ち上がると俺の右手を強く掴んでくれた。
「わかりました、力不足ながら一生懸命サポートします!」
「ありがとう!! 助かる!」
繋がった右手をブンブンと振り回しながらも感謝を伝える。
「あ! 勇者さん怪我......」
「......あ。痛いいいいいいいい!」
興奮に怪我のことを忘れていた。
悶えていたら、ニコニコ顔の村長さんが入ってきた。
「おや、勇者殿。その様子じゃと勧誘は成功の様じゃな」
「お陰様で、ありがとうございます」
「いいんじゃよ。ミリアも、長旅になると思うがそれでいいんじゃな?」
「はい、勇者さんについていくことに決めました。お力になれるよう精一杯頑張ります」
「そうかそうか、村は少し寂しくなるの。じゃあ明日にでもわしの元に来ると良い。餞別をやろう」
お守りとかだろうか?
「餞別ですか?」
ミリアも気になったようで質問する。
「ああ、とっておきのものだ。楽しみにしていなさい」
そう言い残して、村長さんはまた部屋を出ていった。
村長さんが部屋を出ていった後、俺とミリアの間に微妙に気恥ずかしい空気が漂う。
「その、なんだ。改めてよろしくな」
「いえ、こちらこそお願い致します」
互いに目を合わせることはできていない。合ったとしてもすぐに逸らしてしまう。
ここに至るまでの経緯が気まず過ぎるからだ。
俺がミリアに乗っかったせいで誤解自体は解けていない。なのでミリアからしたら俺は突然プロポーズをしてきた相手だということに変わりはない。
何はともあれ、なんとか当初の目的は達成された。本当に心強い仲間が加わったので、胸の奥が少しだけ楽になった気がする。その分違う重圧というか苦労が乗り掛かった気もしないでもないが。
「じゃあ、食器を片付けて私は寝ますね。おやすみなさい」
「ああ、ごちそうさま。いろいろありがとうな」
「はい!」
そう言って、ミリアは食べ終わった食器を持ちこの部屋を後にした。
もうする事も出来ることも無いので、寝ることだけなのだが、正直なところまだ眠くない。
時間潰しをしようにも動きの大きいものは怪我的にできない......あ。
「あれがあったか」
横に置いてあった鞄から、一冊の本を取り出す。
そう、側近の方が入れたと思われる白紙の本だ。ここに何か印象に残る出来事があったら書いていくことにしよう。
「ペンは......よし、持っても痛まないな」
手や腕を動かしても支障が無いことを確認し、ペンを進める。内容はもちろん、熊魔獣やミリアのことだ。
『一日目 天候晴れ
勇者として旅を始め、初日にも関わらずシレクス村に向かうまでの雑木林にて初の魔獣との戦闘となった。
相手は大型の熊魔獣。予想外の速さと力の強さに圧倒され、一時はどうなることかと思ったが、突如現れたシレクス村の少女「ミリア・ホーネット」の業火とも呼べる炎魔法により討伐。その後、手当を受けミリアが仲間として同行してくれることになった。本当に心強い。』
これだけ書くだけでペンを握る指には疲労が出る。普段どれだけ文字を書かなかったことか。
「......よし、こんな感じでいいだろう」
パタンと、本を閉じて再び鞄にしまう。
疲れていない訳ではなかったので、普段使わない頭を使い、少し文に集中したら眠気が出てきた。
それに逆らうことなく、身を委ねると深い眠りの世界へと堕ちていった。
激動の一日目を終える。
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