餞別

1/2
前へ
/12ページ
次へ

餞別

「ふぁ〜あ、良い朝だあ」  特に夢を見ることなども無く、ぐっすりと眠りにつけた俺は、スッキリとした清々しい朝を迎えられた。 「早起きは慣れてるけど、ここまで目覚めが良いのも久しぶりだな」  上半身を起こした後「んっ」と、癖のように両腕を上方へと伸ばしたところで思い出す。 そういえば怪我をしていたはず。 「やばっ!」 くるはずの痛みに備えて身体を強張らせても何も起きない。 「え、痛くない」  結構思いっきり伸びをしてしまったので相応の痛みを覚悟したのだが、治りが良かったのかミリアの腕が良いのかはわからないが、 痛みはなくなっていた。 不思議だが、とにかく良かった。 コンコン、ガチャ。 「おや、早起きさんじゃな。おはよう、勇者殿」 「あ、村長さん。おはようございます。昨日はありがとうございました」  村長さんがノックの後に部屋に入ってきた。村長さんの家だし帰ってきたが正しいのか?  「良いんじゃよ、儂もこの通り年じゃ。残り少ない人生に救えるものはできるだけ救ってやりたい」  笑顔で、当たり前の事を言うように続ける村長さん。こういった台詞をなんの躊躇(ちゅうちょ)も曇りもなく言えてしまうのは、この人の今までの生き方がそうさせているんだろうと思う。そう思えるくらいに暖かい笑顔だ。 「あぁ、そうそう。ミリアには昨日のうちに渡したのじゃが、お前さんには朝食の後にでも餞別(せんべつ)を送らせてもらおう」 「俺も頂けるのですか!」 「ああ、もちろんだよ。食べ終わった頃にまた来るよ。できるサポートはしてあげたい老人のお節介だよ」  勇者様じゃしな。そう続けて村長さんは出ていった。 昨日怪我でお風呂に入れなかった分、今入ってきても良いとも言ってくださったのでお言葉に甘えることにした。 「あぁ~気持ちいいいいい死んでないけど生き返るううう」  まさかお湯まで準備していてくれたとは、本当にありがとうございます村長さん、いや村長様。 それにしても気持ち良い、一生浸かっていたいくらいだ。 そう思っていたが、少し経ったらのぼせそうになったので出ることにした。 「……え?」  着替える前、に気づき体中を見渡す。 「……」 「おはようございます勇者さん、どこにいます……きゃあ!!」 「え、ミリア!?」  全裸で体を見渡している時にあろうことかミリアが俺を探して入ってきた。 目を見開き、顔を真っ赤にしたミリアを見て咄嗟に色々と隠すが間に合わなかったかもしれない。 「ご、ごめんなさい!」  ミリアは謝ると物凄い勢いで出ていった。 「なんか……こっちこそごめん」  年頃の少女に、ましてやこれから旅をしようという少女に全裸を見せてしまった。これで付いて行くのやっぱ辞めますとか言われたら何も言い返せない。 無言で着替えを済まし、再び部屋に戻ると丁度ミリアが朝食を運んできていた。 俺は謝ろうとミリアのもとへと急ぐ。 「あ、ミリア。さっきはなんか本当にごめん!」  ミリアの前に膝をつき、頭を床に擦り付ける。 そう、土下座である。 「そんなやめてください!顔を上げてください、不注意だったのは私ですから! あなたは何も悪くありません!」  優しい言葉に顔だけ上げる。 「本当に? 旅、付いてきてくれる?」 「はい、女に二言はありませんよ!」  ミリアはドンと、年相応で控えめな胸を叩いてみせる。 「ミリア様!!!」 「変な呼び方恥ずかしいのでやめてください!!それじゃあ、朝ご飯にしましょう! 差し支えなければ私もご一緒しても良いですか?」  確かに、良い匂いのするトレイには二人分のご飯が乗っている。断る理由は無い。 「もちろん! 二人で食べたほうが美味しいもんな」 「ありがとうございます!」  二人、同じテーブルを囲んで手を合わせる。 「それじゃあ、いただきます!」 「召し上がれ、じゃあ私も。いただきます」  本日の朝食は、焼いた川魚を中心としたあっさりしたものだった。昨日の晩御飯もだが、色々な食事をこの若さで作れるのは尊敬する。 「うん、やっぱり料理上手なんだな。美味しいよ」 「へへへ、ありがとうございます、作った甲斐があります」  ミリアは照隠しで頬をぽりぽりと掻きながらも嬉しそうに返す。 少しの間、他愛もない会話をしながら食事を進めていたのだが、だんだん緊張も解けてきたのかミリアが話を切り出した。 「そういえば、さっきのことなんですけど……私が勇者さんを探していた時、最初不思議そうな顔をしていたような気がして、それが気になっていたんです」 「ああ、そのことか。俺もこんな体験初めてなんだけどさ」 「え? はい」  いや、本当に今でも信じられないよな。 「......よ」 「え!?」  平然と言い放つ俺にミリアが盛大に驚き、咳込(せきこ)む。 「ゴホッゴホッ!」 「ちょ、大丈夫か!」  背中を擦ってあげ、落ち着くよう促す。 「は、はい。ありがとうございます……いや、嘘ですよね?」 「え? さっきの話は本当だぞ?」 「いやだって……」  何かを思い出したかのような表情をし、その直後から徐々に顔が赤くなっていき、最後には俯く。 本当ミリアはよく赤くなるな。 「……ぃて……たもん」 「へ? なんて?」  俯きながら発せられた声は小さくてよく聞き取れなかったので聞き返す。 「私しっかり見ちゃいましたもん! ちゃんと勇者さんのもん!」 「ちょっと! ミリアさんご飯中に何を言ってるんですか!?」  ミリアはカッと見開いたかと思えば、俺の下部辺りを指差しながら、少し涙を溜めて大きな声で言い放った。 何を言い出したかと思いびっくりしたが、すぐさま状況を振り返り気づくことができた。そういうことか......本当申し訳ない。 「あの、ミリア、ミリアさん。落ち着いて聞いてほしいんだ」 「へぁ?」  まだ若干の羞恥心を顔に残しながらもキョトンとするミリア。 「無かったのは、だ。別にその、シンボル的なものが無くなった訳ではないんだ」  できるだけ優しい声で言ったのだが、効果はいまひとつだった。 その証拠にミリアの目から光が消え、顔は先ほどとは比べ物にならない程に赤く、紅く、朱く。 どの赤が正しいのかが分からない程に染まっていく。そして少しした後にものすごく冷たい声でミリアが呟いた。 「……私は、とても卑しい人間です。勘違いをしてしまい、すみませんでした」 「いや、俺が悪いんだ……。ミリアは何も悪くない、本当なんと言って良いか」  俺も、というか俺が悪い。どうにかこの話を終わらせなければ。 「よ、よしミリア。お互い思うところがあるわけで、2人とも謝って終わりにしないか?」 「わかりました......では誠意を込めて謝罪します」 「俺も、もちろん誠意を込めるよ」  互いに静かに、椅子から立ち上がり少し横にずれる。 そして両者同時に、それはそれは綺麗な土下座をした。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加