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勇者
何か聞き間違えたのだろうか?
今まで信じてきた、国民の安心材料だった勇者の存在が王の口から虚偽のものだと告げられた気がしたがまさかそんなわけないだろう。
若くして耳が悪くなってしまったんだな、やだなあ俺ってば、あはは
「嘘なのだ。初めの勇者は本当に居たのだがな」
二度も言いよった、それも聞き返す前に。
「嘘、と言いますと?」
「話は相当遡る。皆に語られておる勇者が魔王を倒して王国に帰ってきて、妻を娶った。そこまでは良かったのだがな……子が出来なかったのだ」
子供がいなかったのか、だとすると
「勇者は、早くして死んでしまわれたとかですか?」
「否、老衰で他界した。夫婦共に愛し合ってもいた。しかし、残酷なことに天は二物を与えずとでも言うのだろうか、勇者には子種が無かったのだ」
「なんと」
「故に勇者の死後、英雄の後釜不在に陥り焦った先代の王は、お主も知っておったような噂を国中に流して魔族に対しての牽制と国民の安心を得続けてきたのだ」
「そんな事実があったとは……。」
衝撃的な真実だった。
家臣たちも隅で噛み締めるように頷いている。
それならば、なぜ攻めてくるのだろうか?
今まで牽制できていたのなら今後だって大丈夫なのではないか?
「しかしながら陛下、その事実は私が知らなかったように国民も知らないということですよね?」
「ああ、その通りだ。王国のほんの一握り、上層部の者しか知らないはずだ」
「ではなぜ、攻められるようなことが?」
俺の質問に王の顔色はさらに暗いものとなる。
「なんか……王城内部の誰かから漏れたみたい、でな」
「ナントイウコトデショウ」
国家機密が敵に漏れるとは、誰かということはまだ特定できていないということだろう。 この国は大丈夫だろうか?
というか王様が「なんか」とか使うな。
「しかしそんな杞憂も本日限り! 勇者殿がこうして文献通り剣を見つけ目の前にいる。未来はもう明るいも同然だ」
急に開き直ったかのようにはっはっはと豪快に明るく話しかけてくるが、その話には同意できない。
「いえ、私は剣よりも鍬が手になじんだ根っからの農家でございます」
「なるほど変わっておるな.....あぁそうか、武器は鍬が良いと申すのか?」
「そうではありません!! 敵を倒す術など知らないということです」
膝をつくのをやめ、立ち上がり両手を広げて抗議する。
「それでもお主は勇者なのだ。言い訳のしようがない程に、文献通りのな」
どちらも譲らず、一声上げるごとに声のボリュームは上がっていく。
「剣は買い取っていただかなくても結構です、もちろん献上致します! その代わり、勇者候補は他を当たって下さい」
「ならん! どの道お主は国の重要機密を知ってしまった。口封じのためにも返してはおけぬ。」
「そんな!!」
絶望する俺に、王は拍車をかけて畳みかける。
「さあ、選ぶがよい。王国の為に勇者となって戦うか、剣のあった場所に自分の亡骸を埋めることになるのか!」
理不尽。その一言に尽きる。
どちらにしろ、生きて農家を続ける選択肢など無かった。
この暴君からはもう逃れられない。
恨むならお金に目がくらんだ自分自身......あ、あとおっちゃん。
「わかり、ました。俺は、勇者です」
王へというよりも、自分へ言い聞かせるように宣言する。
「やはり、そうであるな。そなたは勇者だ! さあ、出発は明日だ、準備をさせよう。勇者殿は用意した部屋でくつろいでいるとよい」
「……。」
案内人が俺を呼ぶ。振り返り際に王を強く一睨みしたが、王は意に介しておらず、笑顔を浮かべた。
【用意した部屋】とは本当に用意をしてある部屋だった。昨日の時点で俺を勇者として旅立たせることを前提として部屋の中には兵士が着けていたような甲冑や剣が置いてある。
こっそりと逃げようとしたがご丁寧な事にドアノブがなく内側から開けられないようになっている。
いっそ壊してしまおうと扉に体当たりをしたのだが、屈強な兵士が入ってきて「勇者殿何か御入り用ですか?」ときたものだ。
ノックと間違われる勇者の体当たりがあってたまるか。
兵士の鍛え上げられた体を見て、あなたが勇者やった方がいくらかマシだと思いますよと言っても「滅相もない、私はしがない一般兵です故」と笑って返ってきただけだった。
俺はしがない農民なんですけどねぇ!!!!
夜。
夕食が部屋へと運ばれてきたのだが、当然のどを通らずそのまま放置してある。
普段ならお目にかかれないような食事の筈なのだが、食指が全く機能しない。
「はぁ、あきらめるしかないのか」
結局何も食べれないまま、食事を下げてもらって部屋の明かりを消し、考えることをやめ倒れるようにしてベッドに身を投げた。
「寝れない。不安で全く寝れない」
ベッドに身を沈めて数時間。寝れるはずが無く、枕に頭を埋め思考を巡らす。内容は勿論勇者の件(剣)について。
そもそも拾ったのが間違いだった、見て見ぬふりをすればこんな事には......おっちゃんの口車に乗らなければ等々考えれば考えるほど後悔しかない。
勇者となり魔王討伐の旅に出る? ふざけている。
この先起こるであろう不幸を考え過ぎたせいで、一周回って悟りすら開けそうだ。
眠いのに眠れない、胃が痛い。
ああもう、自分が偽りの勇者でも何でもいい。
考えるのは辞めだ、疲れるだけ。
今は少しでも寝て気持ちのリセットだ。
やっとそう思えたのだが、時すでに遅し。
俺の心情とは反して部屋が徐々に薄く明るい色になっていくのを感じた。
「……朝か」
明らかに苛立った低いトーンで呟く。
人間誰しも今やろう、やりたい。そう思ったことが出来ないとわかると少なからず機嫌が悪くなるものだ。
俺の開きかけた悟りは完全に閉じた。きっともう開くことはない。
いや、ここで諦めてはダメだ。
少しでも睡眠を取らなけ『コッココココココ.....』まさか『コォーーーケ!......コッコォオオオオオオオオオオオ!!!』はぁぁぁ。
タイミングを見計らったように外から鶏による魂の叫びが追い討ちを仕掛けてくる。こんな叫ばれては眠れない。
今までに感じたことのないストレスを孕んだ溜息と共に完全に俺の敗北が決定した。
結局一睡もできず、目の周りが引っ張られているように感じる。
鏡で確認すると、睡眠できなかったことと過度なストレスによる墨のような濃い隈ができていた。
重たすぎる腰を上げ、朝の身支度を始めた。
どれだけ体調や気分が優れなくてもこうして動き始めることができるのは普段の畑仕事の賜物といえる。
コンコンッ!
軽快なノックの音の後に王の側近の方が部屋に入ってきた。
「勇者様、おはようございます。よく眠れた様で何よりです。気持ちの良い朝でございますね」
「え? はあ、おはようございます」
反射で返したが、「おはようございます」以外全て的外れだ。この目の隈が見えないのだろうか?
ミントの様な爽やかさが逆に煽りにさえ感じる。
要件は国王からの朝食のお誘いだそうだ。
正直、今は胃に何か入れる心の余裕があるのか不安ではあったが、イライラしている以外に特別断る理由もないので身支度を整え終わらせ、案内されるがまま国王のいる食卓へと向かった。
昨日ぶりの再び長い廊下を渡り終え、豪華な装飾の扉の前に立つ。ふんだんに金が使用されたこの扉1枚でさえ、俺が一生農夫として汗水流して働いたとしても買うことはできないのだろうな。
なんて無駄なことを考えていたからか疲れているからか既に扉が開いていることに気づかなかった。
遅れて部屋に入る。
目の前には、ニヤニヤした王が豪華な椅子に鎮座している。
「どうした勇者殿? 止まっておらず入ってくるとよい」
「失礼いたします」
王の手前まで進み、膝をつく。
なんの気無しに勇者とか言ってやがる、蹴りの一つでもお見舞いしたい。肥料投げてやろうか。
「よい、面を上げるがよい。これからこの国を救う勇者殿だ、無礼講で構わん。朝食がまだであろう? そこの椅子に掛けるがよい」
手をひらひらと仰ぐようにして王が言う。
「ありがたきお言葉に感謝いたします。では、そのように」
言われた通り立ち上がり、横にある食事用の椅子へと腰を掛けた。俺が腰を掛けたのを確認すると、王は二回大きく手を鳴らした後に俺と対面するように椅子に座った。
「すぐ食事は運ばれてくるだろう。めでたい旅立ちの前だ、豪勢にいこう」
ワシにとっては普段と変わらぬ食事であるがなと要らん一言を付け足し、一口水を飲んだ。
手を鳴らすのが合図だった様で、本当にすぐに食事が次々と運ばれてくる。これは壮観だ。
運ばれてくるものはどれも見たことがないものばかりだが香りも良く、不思議なまでに食欲がそそられる。
さっきまで不安に胃を痛めていたというのに。
「いただきます!」
「うむ」
両の掌を合わせて食事を開始した。まずは目の前のスープを一口。
「!」
あまりの美味しさに言葉を失う。学のない俺の語彙ではとても表現の仕切れない深み、こんな美味しいものがあるのか!!
「口に合った様でなによりだ」
スープを口に運んだのを横目で見ていた王はフッと笑みを溢す。
その後、しばらく未知の美味を堪能していると、咳ばらいを挟んで王が口を開いた。
「勇者殿を招いたのは食事の他にもう一つ理由があるのだ」
「もう一つ、でございますか」
「ああ、これはこの国王自らの頼み事なのだが……」
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