勇者

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「頼み事、でございますか?」  なんとなくだが、この王の事だ。 嫌な予感がする。むしろそれ以外無い。 追加でとんでもないことを言ってきたらどうしようなどと一抹の不安を胸に、質問する。 「ああ、そうだ。なに、そう構えずとも良い」 「はあ。それで、その御用件は」 「お主の発見した勇者の剣は、通称「破魔のつるぎ」と言ってな。昨日も言った通り真作。本物な訳なのだが」  そんな大層な名前がついていたのか。話の腰を折らないように頷くことで相槌をうつ。 「腕利きの鍛治師に渡したところ、なんと再び使用できるところまで復活させてくれたのだ!」 「おぉ!!」  武器がそんな良いものなら、俺が振り回すだけでも当たれば何かしら傷は負わせられるかもしれない! 勇者になる事は不本意だが、英雄の武器を使用できると思うと少年心が刺激され少しばかり興奮する。 「つまり、その剣を私が使用し 「ええい! 話の腰を折るでない!」 申し訳ございません」  興奮が思っていたよりも大きく、王の話を遮ってしまった。不思議と申し訳ないという思いはない、どうせこの後旅に出るのだ。敬意などない。 「つるぎは使わせてやれん」 「今なんて?」  思っていたのと違う。 てっきり使わせて貰えるのだとばかり思っていた、仮にも勇者って事になった訳だし。 「破魔のつるぎはな、それはそれは本当に貴重でな? 国に本当に魔王軍が侵入してきたピンチの際に使おうということになったのだ。もしお主が旅先で死んでしまったら敵に渡ってしまうことに「なる故じゃ。頼みというのはこのつるぎを使ということなのだ」 「……勇者は使って倒したのに?」 「のにだ」  この国王(くそじじい)は本当に国を救いたいと思っているのだろうか? 俺を勇者として向かわせる時点で救いたいと思っていない気もするが。 「無理じゃボケェ(承知、しました)」  少し不機嫌になりながらも返事はした。 「そうか、良かった! ではもう一つあるのだが……」 「まだ何かっ!?」 「そう吠えるでない。どちらかといえばこちらが本命なのだ」  遂に王に嚙みついてしまったがこればかりは許してほしい。 「それで、何ですか?」  もうどうでも良くなって言葉遣いも最低限になる。 別に良いだろう、無礼講だし。 「うむ。お主は勇者であるが、農民であったことも事実」  というか、農民であったことしかない。勇者要素は皆無だ。 というか心の中ではまだ農民だ。 「しかし、もし万が一魔王軍の奴らにそれが知れれば当然舐められるであろう。名前もお主、農民の名であるしな」  確かに、俺は農民に多い名前だ。だからと言って魔王軍にそんなことがわかるとは思えないし、舐められる前に殺されてしまうと思うが。 「それで、どうすれば良いのですか?」 「そこだ、お主には匿名で勇者活動を行ってもらう。言ってしまえば「勇者」が名前だ。育ちに関しても、前勇者の血筋で直に戦闘術も学んだということにしてもらう」 「それは流……」  ハッとして口を手で塞ぐ。「対策としては流石に馬鹿すぎませんか?」と言いそうになったからだ。いくら無礼講といってもこの朝食中に斬首とかになりかねない。 「なんだ? 不服なことでもあるというのか? この王自ら考案したのだぞ」 だからこんな酷い内容なのか。 「いえ、ありません」 「そうであろうともよ」  不服しかない。王室にまともな奴が居ないのではと思ったが、この(バカ)が馬鹿なだけだった。 「それで話は終わりだ、頼んだぞ。旅の幸運を祈る」 そう言い残し、王は席を立ち部屋を後にした。俺は心を鎮まらせたいのと、残すのが勿体ないので朝食を続けた。 朝食を食べ終わると、流れるように荷物を持たされ甲冑などの装備をつけられて城を追い出された。我勇者ぞ? 出るまでの間にいろんな人から勇者様!勇者様!と声を掛けられたが曖昧な返事しかできなかった。  馬車を呼んでくれていたみたいなのでそれに乗ってとりあえず家に帰ることにした。流石にこのままさあ出発だとはならない。家のこととかあるし。 「さあ、到着したよ」  良い馬車の乗り心地にうとうとしていたが、この一声で意識がはっきりした。 駄賃を払い、地面に足をつける。 「ありがとうございます」 「ああ、御贔屓(ごひいき)に」  馬車に揺られもう少しゆったりしていたかったが、しょうがない。  何はともあれ家に着いた。 「ただいまー」  言葉はただ家の中へと吸い込まれていく。 待つ者のいない俺にはこの言葉は意味をなさないが、この言葉だけは何故か言ってしまう魔力がある。 玄関先ですぐ重い装備を脱ぎ、どれを捨てるべきか考える。全部装備が普通なのだろうが生憎(あいにく)そんな筋力は持ち合わせていない。 「頭部の甲冑はは重いし視界が狭まるから却下、胴はサイズが少し大きくて、走ると上下にカタカタ動いて擦れて痛いしイライラするので却下、脚もガチャガチャ無駄に音が鳴るし重いし走りにくいので却下。残るのは・・・」  ぶつぶつと呟きながら選別した結果、腕の装備だけが残った。 なんとも貧相な感じになってしまったのだが、動きやすくなるためなら致し方ない。 「あとは、(かばん)の中身を整えるか」  支給されたものだし一式揃っているとは思うのだが、追加で何か必要ならばと一応確認。 「中に入っているのは乾燥されたものを中心とした食料、これは腐らないことに重きを置いていてありがたい。あとは地図と小型のナイフやらマッチ、蝋燭(ろうそく)に……ん?」  他にもいろいろと入っていたのだが、下の方に固い、無駄にスペースを食っている物があった。正体を確かめるべく取り出すと、一冊の本だった。 「なになに……って、真っ白じゃないか」  中は白紙。強いて言えば全てのページに罫線があるだけだ。ペラペラと捲っていたら、一枚のメモがページの間からひらひらと落ちた。もちろん拾う。 「勇者殿、長旅になることと思います。さぞ様々な出来事がありますでしょう。そこで私め、日記をつけることをお勧めいたします!きっと役に立つこともあるでしょう」  と、書いてあった。 絶対あの側近だと思う。 まあ、日記はもしかしたら必要になる時が来るかもしれないので(振り返るその日まで生きていられるかが分からないが)持っていくことにした。 「それにしても分厚いな」  こんなに書くことはきっとないけれど。 後は適当に自分で何かに使えるかもと思った農具等を入れて準備が完了した。 「意外と軽くなったな」 装備が重すぎたのもあるのだろうが、これから魔王討伐に向かう者の持ち物だとは誰もわからないだろう。 重いのは勇者という肩書きだけで十分過ぎる。  すぐに出発とは言ったもののもちろん名残惜しい。今まで住んでいた家だ、思い入れがない方がおかしい。 また、ここに戻って来たいな。 どんな姿になってしまっても。 「……行ってきます」  もう一度、誰も居ない家へと言葉を残す。 それと同時に、もうただいまは言うことがないのだろうな。そう思うと、寂しい気持ちになった。 あと心残りといえば、この愛情かけていた畑。 王城を出る前に側近の男に畑を何とかしてくださいと約束してもらったが、やはり自分の手で最後まで作りたかった。 付近の農夫仲間には、お世話になっていた事もあったので一声掛けていきたかったが、何と言えばいいかもわからなかったので何も言わずに出ることにした。 そして、 「戸締りは、もうしなくて良し! どうせ盗られる物も無いしな!」  さあ、何日俺は生きられるだろうか?  魔王を倒すことなんてこの時点で諦めてはいるが、やはり生きるのは諦めきれない。 「ふぅ......よしっ!」  気付けの意味を込め、両の頬を思いっきり叩く。 「いってぇ! 強く叩きすぎた」  思いの外力が入っていて声を上げてしまったが、ヒリヒリと痛みが残るうちに脚を動かす。 振り返ることは、しない。  何はともあれ俺の人生最大、砕身粉骨な旅の幕開けである。 「まて、武器ナイフしか貰えてなくないか?」  とんでも無いことに気づいた俺は、すぐさま家に戻り1番武器っぽいものを手に取る。 「これくらいしか無いが、手には1番馴染んでるな」 鍬である。
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