旅の始まり

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旅の始まり

 勇者にしては質素極まりないであろうスタートを切った俺は、王国の門を潜り抜け長めの一本道を歩いていた。 天気も悪くないので鼻歌なんかも挟んでいられる。緊張感がないかもしれないがまだ他の人の足跡もあり全然警戒するところでもない。 散歩とも言えてしまう。 「軽い、やっぱ装備少なくして正解だった」  長めな道なこともあり、早速先程の自分のしたことの効果を実感した。 あの装備のままだったら既に根を上げていたかもしれない。 「聞いてた以上にこの辺りは見晴らしがいいな」 周りの木々も適度に伐採されていて、見渡しがいい。  聞いた話によるとなんでも、王国の門までの道を一本に絞る事で敵からの侵入をわかりやすくし、対処を迅速に行う狙いがあるそうだ。 この直線だけでも急いでも10分はかかると思う。 焦ることはないしまだまだこれからだ、のんびり歩こう。  歩いている中で、これからについて考える事にした。ノープランは流石に不味い。 俺が全てを備えた勇者ならば、魔王のいる城へ最短ルートで行きすぐさま打倒しようと考えるだろう。 しかし現実はそう甘くない。  俺の実力でこのまま地図通りに魔王のいるとされる城へ直行したとしよう。仮に辿り着いたとしても瞬間に必然的な死が確定する。 そのくらいには自分の弱さを自覚している。 だとすれば、出来るだけ街や村に寄り道をして歴代勇者一行の様な腕利きを集めるしかないと判断した。  最悪俺が弱くても、周りさえ強ければなんとかなる可能性がある。そんな考えは勇者としては情けなくダメなのかもしれないが、事実俺は勇者じゃない。 悲しい事に表向きは、仮だが名前すらも勇者ということになっている訳だがそれは今は置いておこう。  ともあれ、まずは仲間を増やすことに尽力することにした俺は地図から近くに街や村がないかを確認する。 「あ、ある」  王国から雑木林を経由して南に少し行ったところにある【シレクス村】。 大きい村とは言えないが、もしかしたらこういう場所にこそ良い人材がいるかもしれない。 取り敢えず目的地として設定する。  地面に他人の足跡がなくなってきた頃、目の前には分岐した道が出てきた。 「シレクス村へ行くなら雑木林の方か……これを通り抜けるのか」  広範囲な雑木林に気が滅入る。 出来ればもう帰りたいが、しょうがない。 めちゃくちゃに広いわけでは無いから何もなければ普通に抜けられるだろう。 「よし」  1つ深呼吸を入れ、背中に掛けていた(武器)を取る。今目の前に魔物が出てきても鍬を振った瞬間鍬が飛んでいくだろう、そのくらい不自然な量の手汗が出ており自分の緊張を表していた。    「怖いけど、男の(さが)ってやつなのかね?」  緊張とは裏腹に、さあ冒険の始まりだ、勇者の冒険らしい感じが出てきたじゃないか。と、若干の興奮を感じている自分もいる。 不意に昔絵本で勇者の冒険を読んだ時のことを思い出した。 未知の感情を抱きながらも俺は、いつもより小さな歩幅で雑木林へと踏み入った。 「やっぱ自然はいいな。心が安らかになる」   中に足を踏み入れて数分が立つ。 始めこそ一歩踏み締めるのにすら勇気を有していたが、魔物の気配や痕跡も無ければ罠があったりすることも無い。 豊かな自然の香りに包まれ、肌を撫でる様な柔らかな風に吹かれ、完全に警戒心が解かれていた。 「ふんふん~ふっふー」  今では鍬をしまい、小さく鼻歌混じりに歩く余裕すらある。 「ふっふー……ん、あれは何だ?」  目の前には一本、明らかに他とは一線を(かく)した木が堂々と(そび)え立っていた。  違和感を覚えよく見ると、その木の周りの植物だけが元気が無さそうで、枯れているものも中にはある。 「この一本が周りの栄養を吸い尽くしているのか? にしては奇妙というか……。」  俺が奇妙というか、異常に感じたのはそのだ。 周りの木が大体低くても十メートルくらいなのに対して、周囲の木や植物の栄養を吸っていると考えられるこの木は俺よりも少し高いくらいだ。 「これだけ養分を蓄えておきながら、二メートルもないとは。欲張りな癖に結果を残せないと嫌われるぞ? 畑でもそういう野菜いたからなあ」  指をさし、木に言うことではない台詞を吐き捨てる。木からすればいい迷惑だろう。 珍しいので、もっとよく見ようと寄り添うように近づくと、ある存在に気づく。 「これは、果実?」  よく見ると、葉に隠れるようにして一個だけ丸い、果実の様なものが()っていた。近いものを上げるとすれば林檎だが、色はボヤっとした暗い黄色、表面は周りを軽く反射するようにつるつるしている。  見た目はまずそうだが、あることを思い出した。 「そういえば朝食に出てきたのも似たような感じだった気がする……」  そう、とてもこの世のものとは思えないほど美味しく感動した朝食。それに出てきた果物にそこはかとなく似ているのだ。 できるのならもう一度食べたいと思っていた。 「考えてみれば、あんなにおいしいものなら周りの分の栄養を吸収しているのだろうな、きっとそうだそうに違いない。そうだ、俺は見た目で判断しない男だった。さっきは悪く言ってごめんな」  人間の三大欲求に数えられる食欲。 その食欲に惑わされた俺は、気づけば口から涎を出し、右手を果実へと伸ばしていた。  ブチッ  一個だけ(みの)っていた果実をもぎ取ると、確認することも無く、急かされるようにシャクッと音を立てて食べる。 「これは……!!」  口に入れるや否や、舌先に走る稲妻にカッと目を見開く。 「うまい! うまいぞおおお!」  結論、朝食べたのとは違ったが非常にうまかった。物凄い勢いでガツガツと果実を食す。 「自然に感謝」  御馳走様と、木に向かって手を合わせる。 さっきは嫌われるなんて言って悪かったと、そんな感じに謝罪をし終わった時だった。 「あ、あなた。そこで何をしてるんですか!!」 「わ!?」  急に後ろから発せられるハッキリとした女性の声、その声があまりにも大きかったのでびっくりして尻餅をついてしまう。 この歳でびっくりして腰を抜かすなんて情けない。  声の主は俺よりも少し若い(十七歳くらいだろうか)少女だった。綺麗な黄色の瞳に薄緑の髪を肩まで伸ばしている。 少女は何やら焦った様な感じで質問してきた。 「もしかして食べたんですか!? その果物を!」 「え、美味しかったけど」 「馬鹿なことを言わないでください! その果物は……」  彼女が果物の説明をする直前、その後ろに大きな、黒い影が猛スピードで迫ってきていた。 キラリと鋭い眼光が不気味に輝いている。 やばい、魔獣ってやつか!? 「あっ危ない!!」 「きゃっ!」  素早く立ち上がって少女まで走り、怪我をしない様に配慮しながらも遠くへ突き飛ばし自分も距離をとる。 「イテテ……急にあなた何なんですか! 突き飛ばすなんて!」 「それは謝るけど、今はそれどころじゃない!」  全身に緊張が戻り大量の汗が出てくる。 これは不味い。鍬を再び取り出し構えるも手が震えてしまってきっと使い物にならない。そもそも鍬って戦えるのか!? 先ほどまで少女のいた場所に視線を移すと、獲物を喰いそびれたであろうがさっきの俺同様、涎を垂らして立っていた。 グルルルルと両腕を広げ、威嚇をするように恐怖を煽る(うめ)き声をあげている。2メートルはあるだろうか?  「ほんと、何なんですかもお!?」  少女は小刻みに震えながら疑問と恐怖の入り混じった様な表情を浮かべている。こんな凶暴そうなのと遭遇したんだ無理もない、俺だってすごく怖い。人前でなければ絶対漏らしている。 その自信だけは負けない。
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