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シレクス村の少女
筈だった
一向に死なない。いや死にたい訳ではないが、何も起きていないのが俺には理解できなかった。
もしかしてもう死後の世界にいるとかだろうか?
いやいや流石にそれは無いだろう、ズキズキとした激しい痛みは未だに続いている。
目を閉じてから熊魔獣の攻撃を受けるくらいの時間は経過した筈だ。
なのに、何も変化が無い。まさか攻撃を受けてない?
それとも感覚すら麻痺してしまったのだろうか?
ガアアア!? グガアアアァア!!!
急に、苦しそうに叫ぶ魔獣の声が脳に響いた。
とどめを刺すだけだった筈だ、何があったのかと思い諦め閉じていた目をゆっくりと開く。
(……え?)
ぼやけながらも視界に入り込んだ色は赤。
強く煙をあげながら燃える中で熊魔獣が苦しそうに悲鳴を上げながら暴れている!?
(なんだ、何が...あれは、人か? 誰か来てくれた、のか?)
苦しむ熊魔獣を挟んだ奥に誰か居る。
じっと見続けるうちにピントが合ってきた。
見覚えのある、薄緑髪のショートヘアー。
「そんな! あぁイダダダダ……嘘にだろ?」
思わず張り上げた声に傷を痛めながらも掠れた声で呟く。
そこに居たのは一人の少女。
先程逃すことができた少女だ。
まさか魔法が使えるのか!?
魔法。それは勇者の冒険の本にも載っていた、才能ある選ばれた者にしか扱うことの許されない力。無から様々なものを創造・使役できると読んだことがある。勇者の仲間にも扱える者が居たそうな。
そんな力をこんな若い子が......。
程なくして、苦しそうにしていた熊魔獣が燃え尽き、灰となる。
「ふぅ、これで仕事は終わりですね」
少女は疲れた様子もなく一息ついた感じに平然と台詞を吐く。
(なんて格好良い。ていうか......え、そんなに強かったんですか?)
本当無駄に突き飛ばしてごめんなさいと心から思っていると、瀕死の俺に気づいたみたいだ。
「あ!」
惨めに転がっていた俺に少女は、パタパタと駆け寄ってきた。
「さっきの!大丈夫ですか!? うわ、酷い怪我……私の村まで運びます!」
心配そうな瞳で俺を見つめ、声を掛けてくれた。
「ありがたいけど、流石に君一人じゃ俺は運べないだろう?」
「大丈夫です! あれを持ってきたので!」
ビシッと指を刺した方を見ると、そこには俺も畑仕事で使ったことがある様なリアカーがあった。
なるほどあれなら大丈夫そうだ。
「準備が、良いんだな。それじゃあすまないが、
頼めるか?」
「任せて下さい! 意外と村までは遠くないので!」
少女は逞しげに力こぶを作るようなポーズをとって見せると俺をよいしょよいしょと近くに持ってきたリアカーに乗せ始める。
脱力して力が入らない成人男性は想像以上に重いらしく、何度か傷の部分を強く触られたりしたが救って貰う側な上に俺は何もできないのでせめて気を遣わせないように痛みに無言で耐える。
「じゃあ、進みますね。揺れで傷が痛んだり体勢が辛かったりしたら遠慮なく言ってください!」
言葉を発すると腹部が痛むので親指だけなんとか立てて理解を示した。
歳下であろう少女にリアカーを引かれ、再び雑木林の中を進む。
少女に運んでもらうなんて、親父が生きていたらぶん殴られていただろう。本当に申し訳ない。
「……」
「……」
やはり無言では気まずいので、無理してでも会話をしよう。
先程の事について聞くとにした。
「イテテ……助けてくれてありがとう。君は、一体何者なんだい?」
「私はシレクス村のただの村娘ですよ? ていうか怪我人は喋らないでください!」
「はいごめんなさい」
少女に咎められてしまった。
というか信じられない言葉を聞いたぞ。ただの村娘だって?
シレクス村の民、戦闘力どうなってるんだ。
でも、希望が見え始めた。
シレクス村の誰かが仲間になってくれれば嬉しいな。そんな淡い期待を胸に、キュルキュルと音を立て、リアカーは進む。
「もう少しで着きますからね」
「ああ、ありがとう。いててて」
「だから喋らないでください!!」
十五分程もすると、道も舗装されてきたのか余りタイヤがガタガタいわなくなってきた。少女の言う通りもうすぐ着くのだろう。
体格の違う男性を結構な間運ぶというもはなかなか大変だと思う。本当に頭が上がらない。
あれ以降先程の様な魔獣がでてこなくて良かった。あんな凶暴なのがもう一体とか考えたくもない。
まあ、あの魔法を見た手前この少女なら大丈夫と思うけれど。
というか魔獣の「ま」の字すら感じなかったが、それもこの少女のおかげなのだろうか?
そんなこんな思考を巡らせて痛みから現実逃避していると、少し先から年季の入った男性の声が聞こえる。
「ミリア、ようやく戻ったか。お仕事ご苦労様」
ミリアというのはこの少女の名前だろうか?
「あ、村長!」
「そのリアカーに乗せているのは、人か?」
「はい、かなりの傷を負っているようで。治療しようと思い運んできました」
「それは大変だ、儂の部屋に治療道具がそろっておる。連れてきなさい」
「助かります!」
シレクス村の村長さんだったか、声色からして優しそうだが体勢が体勢なので姿を見れないのが残念だ。
「あ......ありがとうございます」
礼は大事だ。顔こそ見えないが、感謝は伝えよう。
「よいよい、体中痛いのだろう? 今はあまり無理をなさるな」
温かい言葉が心に、沁みていく……
ここ最近こんな優しい言葉をかけられていなかったせいで、なんだか泣きそうだ。この人が国王であってほしかったと思う、切実に。
「だから喋らないでください!!」
村長の家らしき場所へ着いた。
が、ここで思わぬ緊急事態発生。
ベッドに運んで貰ったまでは良いが、少女が手当てを始めますと言って俺の服をグイグイ脱がせようとしてきた。
「ひゃん!」
「男がそんな声出さないで下さい! やりにくいです!」
反射的に乙女な自分が内から顔を出し、少女に再び咎められる。
「ごめんなさい」
だって、年頃の娘に粗末な裸みられるの恥ずかしいし。しかし、脱がないと始まらないので我慢する。畑仕事をやっていたと言っても筋肉は自信がない、もう少し鍛えておくべきだったかな? 女性を意識しているというよりは、ただの羞恥心である。
少女の手当は手際が良く慣れたものだった。理由を聞けば、よく雑木林で負傷した動物たちの手当を日頃よりやっているそうだ。
因みに人間の手当は俺が初らしい。
「よし、とにかく今日一日はここで安静に寝ててくださいね! 折れてたりこそしなかったものの、打撲と擦り傷切り傷が酷かったですからね」
パンッパンッと、手に付いた埃などを払うように叩いた少女は、使用した道具を片付け始める。
先ほどよりだいぶ楽になったので声を普通に出しても大丈夫そうだ。
「本当に助かった。ありがとう、えーと名前……」
「ミリアです。ミリア・ホーネット。あなたは?」
遂に、名乗る時が来てしまった。
あの王様から授けられた名を。
恥ずかし過ぎるけど、言うしかない。
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