第2話

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第2話

「ずいぶん過保護なんじゃないのか?」  白川の消えた扉からこちらへ視線を移した男が呆れ気味に言葉を告げた。 「放っておけ」 「桃花、君、戻ってくる気はないか」 「俺は案外今の暮らしを気に入っている」 「君の魔法量ではあまりあるだろう」 「さあ」 「魔法防衛長官殿。君の席は空けてある」 「面倒事を押し付けられるのは御免だ。お前がやれ。要件はそれだけか」 「……白川、だったか」  男がもらした名前に桃花は引き止められる。 「彼女の将来を奪っていたとしてもか?」  桃花は男の言葉に反論することができなかった。 「君が適応できているのは彼女がいるからだろう? 白川の査定が一位だったのは気づいているはずだ」 「……彼女は私の部下だ。くだらない話をこれ以上するつもりだったらその指へし折るぞ」 「そう怒るな。君と私の仲だろう桃花」  朗らかに綻ぶ顔に似合わず目の前の男から向けられる空気は肌に痺れを纏わせ場の圧が揺らいでいた。  明らかに挑発してきていたものに内心舌打ちを吐くだけでこちらから交戦するつもりはない。 「どれだけ抑えられているかは知らないがいずれ爆発する。君もわからないわけではあるまい。いつまで持つか。君から発する魔素に引き寄せられる。さてはていつまで持つか。いずれ君は帰ってくるだろう。賭けてもいい。私は待っているよ、桃花」 「……烏谷」  桃花の声に踵を返した男の足が止まる。 「その手に持っているものを置いていけ」 「……これはこれは。どうしてこんなものが私の手にあるんだか」  どさくさに紛れて小脇に抱えられた禁書がするりと烏谷の手を離れカウンターへと舞い戻る。 「いやはや、歳はとりたくないものだねぇ」  朗らかに話す男とは裏腹に桃花は舌打ちを吐いた。  防衛の要であるアウロディーテも反応無し、か。  狸め。 「あ、そうだ。君知ってる? 魔素の光源が新たに発掘されたって話。なんでも地殻変動の影響らしいけれど、君んとこのまだ若いでしょ。気をつけてくれよ。私としても部下を失いたくはないからねぇ」  踵を返した烏谷は外へ出る前に差し込む光に溶け入るように姿を消していた。  図書館が設立されて数百年あまり。対魔素に関してのいくつもの議論が積み重ねられ魔法庁が設置された。  魔法職は多岐に渡り、魔獣から這い出た魔素を二分化し封印または対魔素武器に応用している。  魔素に毒された獣が魔獣となり暴れるが、魔素が人間に寄生することはまずない。  数百年もの戦いの中で変異したその過程で稀に胎内を住処とするものが報告されたのは数世代前の話だ。  母胎を栄養源とすることで魔素が枯れることはなく、結果として前線の資源とされたのが魔素が寄生した人間の子供だった。  守られるべき存在である彼らが戦争の教育を施され一番に被害を被っていた。  彼女の能力値が高いのもそれ故だろう。  我ながら厄介なものを抱え込んだと思う。  白川を自宅に帰したところでアウロディーテが主張するように蔓の先で軽く床を叩いていた。 「これが彼女のためだ」  白川が魔法館職員として入庁し半月余り。  彼女に惹き寄せられる魔素の気配もない。  奴がわざわざ話に来たのならばまあそれなりにまずい状況なのだろうが白川の住居にはあらかじめ防壁を張ってあるから大丈夫だろう。  こちらは俺ひとりで事足りる。  石造の壁に沿うように本棚と通路が設置され、館内中央部には一段と大きい木製の螺旋階段が交差するように左右通路へと伸びて一段と目を引いていた。  国内有数の魔法書を保有する本館では禁書も多く貯蔵されている。  その管理をするのが管理官の役目だった。  硝子張りの外扉と蛇腹式の内扉を閉めレバーハンドルを倒すと稼働し下降しやがて際大きな音と足の下から伝わる揺れに目的の階へと到着したことを報せていた。  壁から出た揃いのランプが奥へと明かりを灯しフロア一面を照らしていく。  烏谷から取り戻した禁魔法書はフロアへ踏み出すと手を離れひとりでに棚へと戻っていった。  禁書が多く貯蔵された棚にはその魔素によって意思を持つことがあると聞く。  おそらく鳥谷に惹かれたのだろう。  彼に教えを乞うていたのはずいぶんと前になる。  あれでも高名な部類に入るのはこれを抑え込んだのがあの男だったからだ。  桃花が進むごとに本棚が猫脚を生やし行手を開けていく。  その先の中心部には天井まで届く硝子が四方を覆い内部から吐き出された酸素が泡となり水面へと上っていた。 「……千歌」  見上げた先には少女が眠っていた。  硝子に触れ名前を呼ぶが声に反応することはない。  魔素が発現し数百年あまり。  禁書も増えていたが目的のものは未だ見つかってはいない。  踵を返し巻き戻るように来た道を帰り一階へと着くと、エレベーターとは別の揺れに気づいた。 「なんだ? 地震か?」  本棚が派手に揺れて薙ぎ倒されていた。  脊髄反射で後退しカウンターへと滑り込む。  空間にばちばち爆ぜて空間を割くように手が出て裂け目を押し広げ続いて顔が現れた。 「日日てめぇ……自分の魔力がどれくらいあるかわかってんのか」 「ごめんごめん、危うく殺すところだったねえ」  崩れ折り重なった本棚に降り立ったのは年端もいかない子供だった。 「桃ちゃんならいけるかなぁって思って。えへへ」  日日の魔素に反応し大破した本棚から崩れでた書籍の間からは蔓が遠慮がちに這い出し「やあやあやあやあ、アウロディーテ。元気だったぁ?」日日の指先に巻きつけた蔓に花々を咲かせていた。 「うんうん、そうかそうか。ずいぶん大切ににしてもらったんだねえ。シラカワちゃん。へぇ、新人ちゃん。桃ちゃんが。うふふ」 「なぁ、日日。お前がここに来たのはアウロディーテに会うためじゃないだろう?」 「……新しい光源が出たのは桃ちゃんの耳にも入ってるでしょ?」 「……ああ」 「その鉱脈が結構深くてさぁ、鉱脈師だけだと手に負えないってことでその役目がまわってきたんだけれど、ほら、僕の魔法だと枯らしちゃうでしょ? だから、桃ちゃんが来るかもしくはアウロディーテを貸してくれない?」 「それはお前たちの仕事だろう。こっちに面倒事を押し付けるな」  踵を返した背中に声がかかる。 「桃花」  白川を帰らせて正解だったと桃花は内心で舌打ちを吐いた。  日日が名前を正確に呼ぶ時は大概にして有無を言わせないことだと知っていた。  足を止め振り返る。 「……それは命令か?」 「えー……うん、そうだねぇ。上司命令」 「ちっ」 「ねえ、今舌打ちしたよね、舌打ち。僕これでも上司だよ、そこんところわかってる?」 「……あーうるせぇ。お前も烏谷もなんなんだいったい」 「えー烏谷も来たの?桃ちゃんモテモテ〜。僕も会いたかった」  アウロディーテを動かすことなどはできるはずがない。館内の魔素を抑える役割をしているからだ。 「……俺には拒否することなど出来はしないとわかっているんだろ」  日日のその提案はもとより選択肢がない話だった。 「……ふふ、桃ちゃんがいてくれたら安心だね」
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