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「だからな、お前、どうせ何やっても投げられんようになってまうんやから、悲しいことやけども、色々と痛いかもしらんけども、頭麻痺さして、今シーズンだけは何とか最後まで投げきって欲しねん。
いや、絶対やり切れ、やり切ったれ! 一人二人ぐらいぶつけてもかまへん、無茶苦茶やったったらえーんや! 」
日頃の冷静沈着なイメージから想像できない口調で発信されるまぁまぁにヤバい文言に、受け入れられる訳もないが、芝の心は不思議と熱いものを感じずにいられなかった。
「あの … 」
「何や? 」
「あの … 監督ってそんなキャラでしたっけ? 」
「何べんやってる思てんねん? 流石になぁ、十二回目やからなぁ … おーん」
振り返らずにミーティングルームを出た芝の顔は、何故か少しニヤけていた。
***
壬申球場は歓喜の渦に包まれている。
何とかかんとか、日本シリーズまで辿り着いて、今日勝った方が日本一。
ここまで七対五、パピヨンの二点リード。
先ほど七回裏パピヨンの攻撃が終わったところ。
── という事は ──
『八回の男、芝定虎』の登場である。
球場内は大歓声。
ブルペンからリリーフカーに乗り込む芝に、西田がいつものように声を掛けた。
「さあ! あと一回や! あと一回! 気合い入れて行こか!! 」
変わらぬ西田の言葉であったが、芝の耳には特別に聞こえる。
「あと一回か … よっしゃ! 無茶苦茶やったるでぇ!! 」
── 芝定虎!! 今、人生最初にして最大、そして最後の大舞台へ向けて、威風堂々の登場であります!!
芝は俯いて、誰にも聞こえぬよう、控えめな声でアナウンサーの声をまね、そう自分を鼓舞してからマウンドの感触を噛み締めると、珍しくワインドアップモーションから大きく振りかぶって、投球練習を開始した。
【八回の男 ─ 完 ─ 】
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