戦場からのラブレター

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 ボンドの故郷は花が咲き乱れる緑豊かな土地らしい。穏やかなボンドにきっとお似合いの土地なのだろう。慈しむような表情で故郷について語るボンドの姿を思い出して涙が滲みそうになるのをぐっとこらえて走り続ける。脱走兵であるはずの俺を構う者は誰もいなかった。それほど戦線は既に崩れているのだ。こんな負け戦に巻き込まれた僚友の姿を、ボンドの亡骸を思い出してはらわたが煮えくり返る。誰かのためにこんなに怒りを覚えたのは初めてだ。  そもそもなんでボンドは従軍なんてしたのだろうか。彼の話し方も立ち振る舞いも育ちの良さを感じさせた。それこそ戦地には似つかわしくないほどに。  どうやら軍上層部は負け戦に上等な軍人を使い捨てにする気はなかったらしい。前線に配置されたのは新人ばかり。その新人というのも軍学校を出たようなのはいなくて、農村の口減らしやらで従軍した連中だけ。俺ももちろんその一人だ。いや、俺は家族のためにというのでもない。  家族と呼べる人間はいない。顔も知らない。ずっと一人路上で生きてきた。頼れる相手なんて一人もいなかった。あそこにいるのは奪う者か奪われるものだけだ。  盗みなんて当たり前にやった。体が小さかったから殺しや暴行なんかはやってないが、動けなくなるまで殴られることはあった。もちろん暴力は痛めつけられるだけのものではなく、体を暴かれるようなものも。俺は男であるはずなのだが、妙に「そういう趣味」の男に目を付けられやすかった。本来排泄機関であるはずの穴や口に男の欲望を突っ込まれた。そして好き勝手された後には雀の涙のような金を置いていかれる。道端の便所のような扱いをする割に金だけ置いていくというのは罪悪感を注いでいるつもりなのだろうか。そんなこと俺の知る由ではないけれど。  いつしか盗みをするよりもソッチの方が稼げることに気づいた俺は買い叩かれながらも小銭を稼いで食いつないできた。しかし俺も路上ではすっかり年長になってしまいソレでは稼げなくなってしまった。他の仕事をしようと思っても俺はソレ以外何も知らない。何もできない。途方に暮れる俺に声をかけてきたのは最後まで俺を買っていた軍人の男だった。軍に入れば食うに困らないと唆されて検査を受けたのが運の尽き。そもそも俺みたいな不健康なチビが引っかからずに入隊できた時点でおかしかったのだ。使い捨ての駒としか思っていなかったのだろう。しかも軍人になっても食料なんて前線には回ってこないときた。つまり俺は完全に騙されたのだ。  俺が今までやってきたことは僚友に言ったことはない。言うはずがない。だが俺の育ちを知ると「そういう目」で見てくる連中は少なからずいた。なんなら女に飢えた世界だ。関係を迫ってくるやつだっていた。無理やりヤられなかったのだけが救いだったが、揶揄われることはなんどもあった。  ……果たしてボンドはどうだったのだろうか。俺の出自を聞いてもボンドが俺を見る目は変わらなかった。しかし今になって不安になる。誰にどう思われようが今更知ったことではないが、なぜか彼には己の汚れた過去を知られたくなかった。
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