戦場からのラブレター

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 地獄なんてたくさん見てきたつもりでいた。でも、目の前で大切な人が傷つくのがこんなにつらいことだなんて。今まで俺は知らなかった。 「お……れは、もう……だめみたい、だ」 「んなわけねえだろ! 早く治療を……」 「前線にあるわけねえだろ!」 「つーか誰がそいつ連れて戻れんだっての」  うるさいうるさい。例え足が一本吹き飛んでいようがこいつは、ボンドはまだ生きてるだろうが。硝煙と土にまみれているはずなのに、ここだけむせかえるような鉄の臭いがする。止血しようと押さえているのに次から次へと血が溢れてくる。温かなそれはボンドの命が流れ出しているかのようだった。いや、違う。ボンドはまだ生きている。  目の前にいるはずなのにボンドの顔はなぜか滲んでよく見えない。うっすら見える顔はすっかり血の気を失ってしまったように白い。なんで俺みたいなのを庇ったんだよ。お前が生きていた方がよっぽどみんな喜ぶのに。 「泣くなって……」 「泣いてねえよ」  泣くわけない。だってお前が庇ってくれたから俺は何も怪我してないんだ。でも、どこも痛くないはずなのにどうしてこんなに胸が痛むのだろう。  ボンドは震える手をゆっくりと持ち上げ、俺の目から溢れる水滴を拭った。そして口元に弧を描くと胸に置いていた手でポンポンとそこを叩く。僚友にはボンドが何をしているか分からないだろう。これはボンドが俺だけにあてた合図であり、願いだ。涙を堪えて頷くと、ボンドは満足げに笑った。 「たのんだ」 「任せとけ」 「ありがとな……」  小さくそう呟くとボンドはゆっくりと目を閉じた。まるで眠っているような姿なのに、生気のないそれはまるで美術品のようにも見える。ああ、彼はもう。 「……ゼロ、前見ろ。敵さん来てるぞ」 「お前まで逝ってくれるなよ」  二人の言葉を背に受けながら立ち上がる。胸にはボンドから託された手紙を抱いて。この男がいないなら、こんなところに用なんてない。そもそも俺はただ食うに困って従軍しただけだ。しかも兵士なっても食料は満足に与えられなかった。飛んだ大失敗だ。だが全てを間違えて生きてきた俺の人生で唯一幸福なことをあげるとすればボンドと出会えたこと。だから、俺は上官の命令なんかよりも、国の命運なんかよりも、ボンドの願いを優先させてもらう。 「お前、なにして」 「悪いな。俺は抜ける」 「は、何言って……ここで逃げたら敵前逃亡扱いだぞ!」 「全部どうでもいい。俺の命は……ボンドに預けたから」  敵前逃亡は確か上官に見つかればその場で銃殺だっただろうか。しかしもはや総崩れに近いこの状況では今更なようにも思う。どの部隊もずるずると後退している。上官の姿なんてどこにも見えやしない。ほとんど意味をなさなくなった無線と備品である銃を置いて走り出す。目指すはボンドの故郷。ソアラという女性のもとへこの手紙を届けてほしい。それがボンドが唯一俺に望んだことだった。俺が唯一何の見返りもなく叶えてやりたいと思った願いだった。
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