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#2きっかけ
「なんで......? 」
「ふふん、よく聞いてくれたな」
これを見ろ! とスマホの画面をゲンに見せる。
そこには、勧善懲悪のバナー漫画の一コマが映っていた。世直し人が、法律で裁けない悪人を裁くのだ。
「かっけえだろ!? だから自警団をやるんだ!! やりたいんだ!! 」
「......」
ゲンはすぐに漫画に目線を戻した。
しかし、男はイスから立ち上がってゲンの視界に執拗に入ってくる。
「なーあー、自警団やろうぜー」
「......エージ、お前バカか? 」
ゲンは勢いをつけて上体を起こした。そしてエージに話す。
「俺らは高校生だ。たかが高校生。ツーブロック禁止なんていう校則に縛られてるようじゃ、とっても自警団なんてやれないだろ。わかったか?」
「うーん......わかった! 」
「よろしい。じゃ、そろそろ戻るか」
二人揃って屋上から出ていく。あとは少しの授業を終わらせるだけで帰ることができる。しかし、現代ではそう甘くなかった。
校内放送が流れる。
「臨時の全校集会を行います。生徒は速やかに体育館に移動しなさい」
生徒指導担当の教師の声だ。
「だってよ、行こうぜ」
ゲンが促す。
「いやーな予感すんなぁ」
エージはスマホを内ポケットに隠した。
そして体育館。もうすでに多くの生徒が集まっており、エージたちは最後の方だった。
全員で体育座りをして待つと、何やらイライラしている生徒指導の教師が前に出てきた。マイクを持ってそして、全校生徒に話しかけた。
「......うんざりしたよ。お前らには」
ポケットに手を入れて、輩のように目つきを尖らせて生徒たちを見る。
「うちにはツーブロック禁止とか、パーマ禁止って校則がある。これはお前らが、危険な事故や事件に巻き込まれないためにあるんだよ。だから絶対破っちゃいけねぇんだよ」
どんどんイラつきを溜める教師。
「でもよ、近所の方から報告があったんだよ。夏休み中に、うちの生徒が、髪染めてパーマしてたって......」
すると次の瞬間、教師は手に持っていたマイクを地面に叩きつけ、大声で叫んだ。
「だれだッ!! 出てこいッ!! 」
生徒たちは全員、驚いて肩をビクッと震わせた。
教師はまだ続ける。
「本人が名乗り出るまで全員帰るなッ!! 連帯責任だッ!! 」
その一言で、体育館は一斉に犯人探しムードになった。一人一人がキョロキョロ周りを見ている。早く帰りたい者もいた。
そんな最悪な空気の中、一人の女子生徒が手を挙げた。
「......」
挙げた手も震えるほど緊張しているようだ。
「来いッ! 」
怒れる教師を前に、恐る恐る立ち上がって教師の元に歩いていった。
すると教師は言った。
「下がれ、後ろに」
「......え? 」
「早くしろッ! 」
威圧に押され、彼女は教師とは反対方向に立った。
教師は言う。
「俺の右横を走って通り過ぎろ」
?のオンパレードだった。なぜそんなことをさせるのか。全校生徒の前で怒鳴られ、反省文でも書かされるかと思ったが、全然違った。
よくわからないが、彼女は言われたとおりに教師の横を通り抜けるように走り始めた。なかなかのスピードがついている。
ついに教師の横を通り過ぎることになる。すると、教師はいきなり右腕を彼女の頭の位置まで上げて、拳を握った。
「うぶッ! 」
当然のことながら、拳は顔面に衝突した。その勢いで、彼女は鼻血を出して後ろに尻餅をついた。おそらく、鼻を骨折している。
「今のはお前がぶつかってきたんだ。俺が殴ったんじゃない。お前が俺の拳に走ってきて当たったんだ」
衝撃の文句に全生徒が唖然としていたが、誰もがその間違いを正すことはできなかった。
自分もああなるのが恐ろしいから。
「他の奴らは帰ってよし。くれぐれもバカなことをするなよ? 」
そう言ってこの場を締めると、生徒たちは立ち上がって各々教室に帰っていった。
その後も、彼女の頬を叩く音と苦痛の悲鳴が体育館に響いていた。
ゲンとエージは、授業を終わらせるといつもゲームセンターに寄り、格闘ゲームをしていく。しかし、エージの心のなかでは今日の出来事が引っかかっていた。
「......」
試合が終わると、エージは何か思い出して俯いた。
「......どうした? そんな思い詰めた顔して」
ゲンがそう話しかけると、エージは言った。
「......今日みたいにさ」
「ん? 」
「......今日みたいに困ってるやつがいたら、助けてぇと思わねぇか? 」
エージは少しゲンの方に視線を寄せた。
「......俺は、思わねぇかな」
エージは顔を上げてゲンに言う。
「な、なんでだよ」
「俺らまで一緒に殴られることない。何もしなきゃいいのに、髪染めたあいつが悪いんだ。そもそも、高校を選ぶときから校則は見れるだろ? じゃあ校則緩いところに入ればいいんじゃないのか? 入っといて校則にケチつけるのは当たり屋とおんなじだろ」
「......そうなのかなぁ」
2人が論争をしていると、見たことのある影をゲームセンターの外に見た。
「ん? 」
「......どーしたゲン? 」
「あいつって確か、今日ボコられてたやつじゃねぇか? 」
よく見ると同じ柄の制服を着ており、顔にはアザがあった。
「でもおかしい。確かあいつの家はこことは逆方向にある」
「......追ってみていいか? 」
「まあ......暇だしな」
二人は少し離れて追った。
しばらく歩くと、廃病院についた。なかなか大きな病院だが、医者の不正な手術が明るみになり、評判が落ちて廃墟になった。
「入ったぞ。いつ崩れてもおかしくなのに......」
「......」
倒壊に巻き込まれないために、少し離れたところで見守っていた二人。
やがて、彼女が屋上から顔を出した。
「......ッ!! まさか!! 」
ゲンはその時勘づいたが、エージは本能で既に察知していた。
エージはすぐさまダッシュして、倒壊寸前の廃病院に入っていった。
「あ、エージッ!! バカお前!! 戻ってこいッ!! 」
ゲンは一生懸命引き戻そうとするが、バカにそんな言葉が通じるはずがなく、エージはそのまま走った。
「くッ、なんで......! 」
ゲンにはわからなかった。人のためになぜそんなにも危険を冒せるのかが。ましてやそいつは、自分勝手に髪を染めて加工して、勝手に見つかって勝手に叱られているようなやつだ。
エージは階段を登りまくった。しばらく登ったところにあった非常口から外側に出て、強く踏んだら踏み抜いてしまいそうな錆びた階段をダッシュで駆け上がった。
やがて屋上に出た。今にも飛び降りてしまいそうな彼女に、エージは叫んだ。
「やめろッ!!! 」
彼女はゆっくりとエージの方を振り返り、アザだらけで生気のない顔を向けた。
そして口を開く。
「もう、嫌なの......ウチらが問題起こさなければ、髪型は自由にするってあいつら言ってたけどさ、問題起こさなければ起こさないで、そのまま校則変えないで、起こしたら起こしたで理由つけてぶん殴られて......ネットに晒しても、みんな励ましとか擁護とか、キモい誘いのコメント書くだけで助けてなんかくれない......」
彼女の目からは、自然と涙が垂れていた。
そんな彼女に、エージは強く歩み寄った。
「オレはそんな奴らと違う! お前のことを助けてやる。だからアホなことすんじゃねぇよ! 」
「そうやってあんたも、ウチを騙すんだよ......」
「おいよせ、やめろッ!! 」
彼女はそのまま後ろに倒れた。体は宙に浮き、重力によって地面に引っ張られた。
エージは急いで手を伸ばしたが、もう届かない位置まで落ちていた。
ゲンはそんな様子を見ていて、生きた心地がしなかった。
「ヤバい......ヤバいぞ! 」
そんな中、エージは。
「うおらぁッ!! 」
なんの迷いもなく宙に身を投げた。
空気抵抗をなるべく減らして、彼女よりも早く落ちるようにしていた。
やがてエージは彼女をキャッチして、病院の植木の方面に押し投げた。
自分の危険を顧みずに。
彼女は狙い通り茂みに落ちた。しかしエージは、体の右側を思い切り地面に強打した。幸い頭は手で守っていたようだが、それにも限界がある。
ゲンは急いでエージの元に駆け寄った。
「お、おい!! 大丈夫かッ!? 」
膝をついてエージを見ると、エージは力なく口を開いた。
「......あ」
「あ......? なんて、なんて言いたいんだッ!? 」
エージは力を振り絞って言った。
「あ、あいつ......ぶじ......」
ゲンはそれを聞いて、色々なものを通り越して呆れた。なんでこんなにお人好しなのか。なんでこんなにお節介焼きなのか。なんでこんなに優しいのか。
答えは全くわからなかった。
しかしエージの言う通りに、植木に落ちた彼女を見ると、多少の怪我を負っているが命に別状はないということが分かった。
「大丈夫そうだ! 」
それを聞くとエージは、安心して目を瞑った。
すぐにゲンは携帯を開いて、119に電話をかけた。
「......救急です! 一人は軽傷、もう一人は多分命が危ないです! 頼むから早く来てください!! 友達なんですッ!! 」
その後救急車が来て、二人を乗せて病院へ走った。ゲンはいつものように、そのまま家に帰った。
帰ったあと、ゲンはエージとの写真を見ていた。
(エージ、なんであんなやつのために、自分の命を賭けて......わかんねぇよ、俺には)
一番の友人を理解できない。そのまま終わってしまうのではないかという不安の中、ゲンはベッドに潜った。
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