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#5転校生
エージの家には3人の人間がいる。サラリーマンの父親と、専業主婦の母親だ。
父親は少し頭が弱いが正義感の強い性格で、社内では頼りにされているらしい。万引き犯を捕まえたことがあるし、若いときに酔っぱらいから若い女性を救ったこともある。
その救われた女性というのが、母親である。母親は優しさに溢れ、困っている人がいたら放っておけないタチである。専業主婦をやる傍ら、小さい頃から続けている趣味であるテニスをしている。そのおかげか、締まった体をキープしている。
エージは二階の自分の部屋から起きてきた。
「おはよー」
目をこすりながらリビングに行くと、すでに父が新聞を広げて朝ごはんを食べていた。
「......英人か。もう少し早く起きた方がいいぞ。早起きは三文のなんちゃらだ」
すると、母親がエージの朝ごはんのトーストをテーブルに置きながら言った。
「三文の徳よ。ほら英人。早く食べちゃいなさい。学校に遅れるわよ? 」
「ん、うん」
言いながらエージは、ムシャムシャと食べ始めた。
父は新聞を読み終えると、畳んでテーブルに置いた。そして、エージの方を向いた。
「英人。ちょっといいか? 」
「ん? 」
トーストを加えながらエージは聞いた。
「実はな、父さんと母さん、しばらくしたら旅行に行こうかと思ってな」
「へー、いーじゃん。どんぐらい? 」
母親が座って答えた。
「一泊二日よ。お父さんが有給とってくれるっていうから、久しぶりに二人でゆっくりしてくるわね」
「温泉旅行なんて何十年ぶりだろうな。まだ父さんと母さんが名前で呼び合ってた頃かな? 」
「ふふ、やだわお父さん」
エージは二人のやりとりが微笑ましかった。
「いいよ。行ってきなよ。家の事はオレに任せてさ」
そう言うエージを見て父親と母親は、安心したように微笑んだ。
「お前のように頼りがいのある息子を持ってよかったよ俺は。本当に幸せもんだ」
「何かあったらすぐに電話しなさいね。お母さんいつでも駆けつけるから」
「ダイジョブだよ。オレのことは気にせずに、二人で楽しんできて」
にっこり笑いながら言うエージ。
「......じゃあそろそろ、父さんは会社に行ってくるよ」
席から立ち、ネクタイを締めてスーツを着る。カバンを持って玄関に行くと、母親が駆けてきた。
「お父さん、お弁当忘れてるわよ」
「あ、ああッ。うっかりしてたなぁ」
「もう、しっかりしてよね」
二人はしばらく笑っていた。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね」
父親が玄関から出ていくのを見届けると、母親はエージに言った。
「ささ、英人もはやく食べちゃいなさい。ゲンくんが待ってるんでしょ? 」
「あやべ」
エージは爆速で朝ごはんを食べ終わると、歯磨き着替えをささっと済ませ、玄関まで走っていった。
「じゃ、行ってきまーす!! 」
母親はリビングから顔を覗かせて見送った。
「気をつけてねー! 」
エージは走って、待ち合わせ場所である駅まで来た。
「ふう、セーフ」
するとゲンは怒って言った。
「バカッ! あと1分で電車出るぞ!! 走れ!! 」
「えぇ!? また走るのか!? 」
「あったりまえだろ!! 」
二人でホームを爆走(現実では絶対にやってはいけません)し、なんとか電車に間に合った。
「はあ、はあ......とんだ朝だぜ」
「つ、疲れたぁ......」
走って疲れたので二人で席に座ると、前を同じ学校のギャル集団が通った。
その中には、マリナもいた。
「お、お人好しコンビじゃん。やっほー」
「なんじゃそりゃ」
「お人好しな二人組ってこと。じゃーねー」
そう言いながら、マリナはギャル友達と一緒に去っていった。
「......そーいやあいつ友達いたんだな」
「当たり前だろ。ギャルだぞ? 出会って5秒でズッ友だ」
他愛もない話をしていると、降りる駅についた。その最中でも他愛もなさすぎる話をしていた。
やがて学校につくと、いつもとは雰囲気が違っていた。教室に入ると、それがさらに強く感じられた。
エージがクラスメイトに聞いた。
「どったの? 」
「ん? なんか転校生来るらしいよ」
「へー、珍しー」
大人しく座っていると、担任が教室に入ってきた。そして案の定
「よし席つけー。今日は、転校生紹介するぞー」
クラス中がざわめいた。どんなやつが来るんだろうと期待に胸を膨らませている。
担任に入りなさいと言われ、教室に入ってきたのは、男子だった。髪型はマッシュで黒マスク。そして相当な美少年だ。
クラスの男子は少し盛り下がり、女子はさらに盛り上がった。
「じゃあ、自己紹介を」
すると、チョークを持って黒板に名前を書き始めた。
書き終えるとチョークを置いて、みんなの方を振り返った。
「名前はこうやって書きます。まあ気軽に、サクヤとかサッくんって呼んでもらえればいいかなって思います。よろしくお願いします」
「はい、じゃあ空いてる席に座って。これで朝のホームルームは終わりだ。1時間目の準備しとけよー」
そう言って教師が教室から出ていくと、ほぼ全員の女子がサクヤに群がった。
やれどこの学校にいたのだの、彼女はいるのだの、男子から見ればくだらない質問ばかりだった。
その日一日は学校中がサクヤの話で持ちきりだった。様々な噂が飛び交い、女子の憧れの的になっていた。
そして放課後。ゲンとエージはいつものように屋上でたむろしていた。
すると、マリナもやってきた。
「おっすー、お人好しくんたち」
「ああ」
「おお」
マリナはその気のない返事にガクッとしながら言った。
「って、なんかテンション低くない? どーしたの? 」
「......俺は、もっと自警団としての活動をしたいってので」
「オレは何か日々に刺激が欲しいってので」
はあ、とため息をつくマリナ。
「なんか、ウチまでテンション低くなりそうだよ......じゃあ、依頼人連れてきたらどっちの悩みも解決する? 」
マリナがそう言うと二人は目を輝かせて言った。
「「する!! 」」
「うおっ、急にテンション高いな......じゃあ、なんか困ってる人いないか探してくるから」
屋上に来てそうそうに、マリナは依頼人探しに出かけていった。
「まーそんな都合よく依頼人なんて現れるわけ」
とそこまでエージが呟くと、すぐに屋上の扉が開いた。
「よいしょー! 連れてきたよ! 」
「早ッ! 」
「この学校、困ってるやつ多すぎだろ......」
マリナが連れてきたのは、純粋そうな男子生徒だった。
「あの、自警団やってるって聞いたんだけど......」
「おう、やってるぜ。どんな依頼だ? 」
「......実は、1ヶ月前から付き合ってる彼女がいるんだ。僕にとっても優しくてさ、2人でいつも一緒に帰って、カフェに寄ったりしてたんだ。学校でも仲は良いんだけど、今日はなんか変でさ。僕は違うクラスだからあまり見てないんだけど、転校生が来たんだって? それでその転校生に、その、なんか......」
そこで言葉に詰まった。しかしエージたちは、諭すようなことはせずに、男子生徒の口から出てくるのを待った。
「......ぞっこんなんだ」
それを聞いてマリナは、顎に手を当てて目を瞑って言った。
「なるほど。恋人に関しての依頼ね」
「それ、自警団がやることか? 」
「関係ねぇ! オレらは困ってるやつを助けるんだ! 別に自警団っぽくなくてもいいんだ! 」
そうしてエージは、男子生徒の肩に手をバシッと乗せて言った。
「オレらに任せとけ! 絶対に解決してやるからな! 」
「う、うん。頼むよ! 」
男子生徒は屋上から出ていった。そして、3人は作戦会議を開いた。
「とりま、男子はあの転校生のサクヤくんを。ウチは依頼人の彼女をマークする」
はい解散! とマリナは、ゲンとエージの背中を押した。
「じゃーとりあえず、尾行か? 」
「そうだな。丁度今から下校するぞってぐらいの時間になったし」
屋上から出た二人はまず、昇降口に向かった。
そこには転校生のサクヤと、1人の女子生徒がいた。
会話が少し聞こえてくる。
「いいの? 本当に。彼氏と帰らなくて」
それに女子生徒はルンルンで答える。
「いいの。どうせ気が付かないよ」
女子生徒はサクヤの腕に抱きついて、そのまま一緒に歩いていった。
「なあエージ。あれってもしかして」
「いや、あいつは依頼人の彼女じゃないな」
「......分かるのか? 」
「いや、なんとなく」
「なんとなくかよ......」
歩いていった二人を尾行する。しかし特に変わったことはなく、そのまま駅についた。
「なんだぁ? ただの浮気か? 」
「まあどっちにしろ、あのサクヤってやつは黒確定だな」
すると、女子生徒の方がサクヤに手を振った。
「じゃああたし向かいの電車だから。じゃーね! 」
「うん。またね」
そうしてサクヤは、ゲンとエージがいつも乗る電車に乗った。
「このまま帰るのかぁ? 」
そのまま電車に乗って、サクヤはある駅で降りた。それに合わせて、ゲンとエージも尾行しに降りていった。
すると、サクヤは駅の改札の方に軽く手を振った。
「あれは......? 」
改札で待っていたのは、さっきとは違う女子生徒だった。
「あららぁ、二股ヤロウだったのか......」
さらに尾行を続けると、二人でコンビニに入っていった。出てくるのを待つと、二人は薄暗くなった夜の街に消えていった。
「こりゃ、確定演出だな」
ゲンはその状況の写真を撮って、スマホに保存した。
ついでにゲンとエージで記念写真も撮った。
それからというもの、数日をかけてサクヤを尾行し、証拠写真を撮っては保存するという日々を送っていた。
-ある日-
エージが朝起きると、昨晩に支度を済ませた両親が、外行き用の服を着て朝ごはんを食べていた。
「お、英人。起きたか」
「ああ、おはよ」
エージの座る場所のテーブルには、すでに朝ごはんが用意されていた。
「お母さんたち、これ食べ終わったら行くから。家の事、よろしくね」
「大丈夫だよ。心配しないで」
エージは、二人には羽を伸ばしてきてほしいと思っている。今まで育ててくれた恩はこんなものでは返しきれないが、一生懸命留守番をしようと思ったのた。
やがて朝ごはんを食べ終わると、両親は荷物を持って玄関に行った。
「じゃあ、行ってくるぞ」
「お留守番、頼んだわね」
「うん、任しといて」
笑顔で出かけていく二人。それに応えるように、エージも笑顔で送り出した。
ドアが閉まってしばらくすると、車が出る音が聞こえる。父親の車で出発したのだ。
「さてと、オレも支度するかな」
-学校 放課後-
「やっぱりね。そんなことだろうと思った」
放課後。屋上でマリナは二人の報告を聞いていた。
「そんで、お前の方では何かわかったか? 」
「うん。彼女ちゃんはやっぱり、あいつにぞっこんみたい。一緒に歩いてるところも見たよ。妙に優しくされたりとか、甘い言葉をかけられたとかそんなカンジかな」
「うーむ、証拠は押さえたが、どうやってやっつけてやればいいんだ? 写真をバラまくのは気が引けるしな。被害にあった女子にも迷惑だし」
決定打を決めかねていると、いきなり屋上の扉が開いた。
屋上に来たのは、前の依頼で代わりに講演会に行ってやったあの男子生徒だった。前と違うのは、腹部を押さえて痛そうにしていることだった。
「ど、どうしたんだ!! 」
ゲンが急いで駆けつけると、男子生徒は苦しそうに言った。
「あの、キノコ野郎......俺の女に手ぇ出しやがった......抵抗したら、俺もあいつも殴られて......」
するとエージが急いで聞いた。
「どこだ!! 」
「二階の、使ってない......」
そこまで聞くと、エージはダッシュして屋上から出た。
「おいエージ! どこ行くんだよ! 」
後ろからマリナが言う。
「二階で使ってない、ってことは、一つしかない。二階で使ってない教室は、一つしか」
「ッ! そうか! 」
ゲンたちも、急いでエージの後を追った。
一方エージは、もうその教室についていた。
「おいッ!! サクヤッ!! 」
教室の扉をガラガラッと開けるとそこには、右手の拳を左手でスリスリとしているサクヤと、地面に這いつくばる女子生徒がいた。
「あれ? もう誰もいないのを確認したんだけどな」
「......屋上には自警団本部があるんだ覚えとけこのクソ野郎ッ!! 」
そしてすぐに、エージは這いつくばる女子生徒に駆け寄った。
「大丈夫か? 彼氏の頼みで来たぞ」
「タツミ、の......? あんたが、自警......」
すると、サクヤがまた喋り始めた。
「ダメじゃん、助けたりなんかしたらさ。その女は僕の誘いに乗らなかったんだよ? そんなの、人権ないじゃんか」
その発言は、エージの怒りをフツフツと溜める要因になった。
「テメェ......」
エージは立ち上がってサクヤを睨んだ。
「フフ、その女も、大人しく僕のものになってれば良かったのに。僕だったらあんな男より、もっと幸せにしてあげられるのにさ」
「どこが幸せだよ。二股かけられんのは幸せなのか!? 」
「そんなの関係ないよ。僕と付き合えてるんだから感謝してほしいね」
その返答のすべてが、エージの怒りをどんどん増幅させていった。
サクヤは歩いていって、エージの目の前に立った。
「そんなに僕が気に食わない? 」
「当たり前だろ」
「フフ、怖いねぇ。僕、怖い人嫌いなんだぁ」
すると、教室にゲンとマリナが入ってきた。一触即発の雰囲気を感じ取って、マリナはエージに言った。
「先に手を出したら負けだよ!! 」
「......ッ! 」
「エージ......バカなことすんじゃねぇぞ......」
エージは怒りのあまり震えていた。この沸騰するような怒りを鎮めなければならないのだ。
そして次の瞬間、サクヤが言った。
「そんなに僕が気に食わないんだったらさぁ、殴れば? 」
その言葉はエージの怒りの最高点を超えさせた。
そして
「ぶへぁッッ!!!? 」
そのすべての怒りが集結した拳が、サクヤの左頬にクリーンヒットした。
その場にいる全員、驚きを隠せなかった。
やってしまった。
エージが捕まったらどうしよう。
しかしそれ以上に、スッキリしていた。
「え? え? 今、何が起こって......? 」
エージの拳が早すぎたことと、突然のことすぎて、何が起こったか分かっていないサクヤ。
「テメェはこんなもん着けてねぇで、真正面から人と話しやがれ」
その隙にエージは、サクヤの黒マスクを取ってやった。
するとそのマスクの下から、なんとも言えない顔面が姿を現した。
「え? 何あの顔? ウケる」
「お、おいエージwwマスク戻してやれwww」
屈辱に耐えられなくなったサクヤは、泣きながらその場から逃げ出した。
「うわあああああああんッ!! 」
エージとマリナは一件落着したと落ち着いていた。
「ふう、あんな顔面晒しちまったんだ。殴られたことをチクろうにも、顔面のことバラされるのが怖いからできないだろうな」
やったな、とゲンはエージに言うが、エージはまったく違うことを考えていた。
「......あいつも、可哀想なやつだな」
「え? 」
「自分の顔が人とは違う特徴を持ってるってだけで理不尽に非難されたんだろ。その悲しみが抑えられればいいけど、あいつはこんなことをして憂さ晴らしをして、それが体に染み付いちまったんだ」
「......」
なんとも言えぬ雰囲気になってしまった。
しかしエージは、ニコッと笑って言った。
「まどっちにしろ、あいつの性格はクズのクソのウンコ野郎だったけどな! 」
ゲンは、いつものエージが戻ってきたと安心した。
-翌日-
屋上には、いつもの3人と、それに加えて、前回の依頼人とその彼女だった女子生徒がいた。
「それで、なんだけどさ......」
「うん......」
「私たち、またやり直せない? 前のことは本当に悪いと思ってるからさ」
「......そうだね」
「ホントに!? 嬉しい! 」
そう言って女子生徒が抱きつこうとすると、依頼人はヒラリと身をかわして言った。
「って、んな理由あるかクソビッチがッ!! 」
地面に顔面をぶつけたクソビッチは、悔しそうに拳を握ったが、そのまま屋上から出ていった。
そしてマリナは、自分が調べたことを元に言った。
「あの女も相当なクズだったからね。サクヤほどじゃないにしろ、結構股かけてたっぽいよ」
「......まあ、これでスッキリしました! ありがとうございました! 」
依頼人はお礼を言って、屋上から出ていった。
「......ウチらも帰ろっか」
「そうだな」
「ハラ減ったぁ! 」
3人で電車に乗り、各々帰路についた。
そしてエージは、誰もいない家に帰ってきた。
「ただいまーっと」
バッグを置いてソファに座った。崩していた制服をさらに崩し、動きやすい格好になると、テレビをつけてくつろぎ始めた。
すると、家の電話が鳴った。
「ん? なんだろ」
ソファから立ち上がり、電話をとった。すると、聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。
「英人さん、ですか? 」
「え? はい......」
「実はですね」
ご両親が暴漢に襲われました。
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