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「真美? 真美なの?」
「…………」
「どうしてここにいるの……真美?」
かつての友人である真美の気配を感じ取った私は堪らず声を掛けていた。
しかし反応はなく、虚しい沈黙の時間が流れる。こんなところに真美がいるわけないはずなのに、私は何を感じ、そこに何を視ているのだろう。
こんな経験はオーストラリアにいた頃からずっとなかった。
魔が差したように心がざわつく。とても強く見つめられているという不思議な感覚。
一歩二歩と進んで手を伸ばすと、桜の木の太い幹に触れていた。
無理矢理に心を落ち着かせ、私は懐かしい夏の日の思い出に思いを巡らせた。
四年前、まだ病院に入院していた私は、オーストラリアに住む父からプレゼントで届いた砂絵に触れ、海岸にある砂浜への憧れを抱き想いを募らせた。
ザラザラとした砂に触れているだけで、貝殻のある砂浜の姿や波の音が聞こえて来るような非現実的な体験。
私は同じ病室の仲間、真美の言葉もあって、病院を抜け出して人気のない砂浜のある海を目指した。
病弱な私が一人始めた無謀な旅、勇気を持って繰り出した大冒険。出発したのはまだ陽が昇る前、夜明け前のことだった。
あの日、真美が背中を押してくれたから私は前に進むことが出来た。
この経験があったから、父のことを許して、勇気を持ってオーストラリアに行って一緒に暮らすことが出来るようになった。
だけど、海に着いた私はその同じ頃、真美が病院で亡くなったことを知った。
じりじりと照り付ける夏の日差しを受けながら、汗を流し海を目指した。
海に着き、心地いいくらいの潮風を浴びた。
冷たい海の塩水に触れて、新鮮な外の世界の美しさを知ったのに。
信じたくはなかった、でも受け入れなければならなかった。
真美はどうしてかその日手術を受けることを私に教えてはくれなかった。
もし教えてくれていれば、真美のことを応援することが出来た、励ましの言葉を掛けて上げられたのに。
だけど、今更それを口にしても何もならない。
現実には真美はそれを望まず、私を遠い場所へと向かわせたのだ。
結果として私は真美の手術が失敗に終わったことを後になって知り、真美が何を考えていたのかは闇の中に消えて行った。
整理しきれない忘れることの出来ない出来事。
あの日の事は……今でも不思議な冒険譚として胸に深く残っている。
「―――どうして今になって現れたの? 真美……もしかして、日本に帰って来るのを待っていたの?」
何も分からない……触れることも出来なければ、声を聞かせてもくれないのだから、分かるはずがない。
でも、私は確かにここで真美の存在を感じた。幻影か死んだ真美の幽霊かどうかなんて分からないけど、確かに気配を感じたのだ。
時にはからかって来ることもあったが、心優しくて、入院する私のことを心配してくれた真美。
真美は私に知らない花や色のことを興味深い話しぶりで教えてくれた。私に似合う服を教えてくれたりもした。
病院にいるのが不思議なくらい明るく接してくれるルームメイトような年の近い女友達だった。
過去にしてしまうのは悲しいくらい、辛い別れとして今も記憶に残っている。
私がじっと桜の木の下で立ち止まっていると、背中をトントンと叩かれた。私は慌てて後ろを振り返った。
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