第一章「視えない私のキャンパスライフ」

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「どうしたの? 怖いものでも見ているような……そんな顔をしているわよ、前田郁恵(まえだいくえ)さん」 「試験監督さんじゃなくて……サポートスタッフさん?」  聞き覚えのある声、そこにいたのは入試を手伝ってくれたサポートスタッフの女性だった。 「ええそうよ、三回生の河内静江(かわちしずえ)。探していたのよ、今日からこの慶誠大学に入学されるって聞いて」 「河内静江(かわちしずえ)さん……綺麗な名前ですね。  驚きました、わざわざ会いに来てくれたんですね」  試験最終日以来の思わぬ再会だ。私は心ここにあらずの状態から目を覚まし、意識を覚醒させて会話を続けた。 「それはまぁ、これから私があなたの面倒を見ることになりましたから。  サポートスタッフとして、これからもよろしくお願いします」 「本当ですか?! あの時は大変お世話になりましたから、それは心強いです。こちらこそ私のパートナーのフェロッソ共々、よろしくお願いします!」  キャンパスにやって来て早々、嬉しい気持ちでいっぱいになって、私は大きくお辞儀をした。  幸先よく河内静江(かわちしずえ)さんがこれからサポートしてくれると言ってくれたことに私は感謝した。  正直に言えば私のような人間であれば大学に通うことはハードルが高い。  学業に専念しても、誰かの手助けなしでは出来ないことは多い。迷惑を掛けてしまって落ち込むこともあるだろう。  盲導犬を連れているような私では、どう接していいかも分からない人は大勢いる、それが現実であることも無知ではない私はよく分かっていた。  そうした不安が払拭できない限り、たとえ大学に入学できても卒業を諦めてしまう。そんな未来も容易に想像できた。  やる気があってもどうにもならない、そういうことは世の中には沢山ある。   それが社会の厳しさだと分かっているから、サポートスタッフをしてくれると申し出てくれた河内静江(かわちしずえ)さんには心から感謝しなければならない。 「盲導犬を連れて通学して来るとはびっくりしたよ!  学生寮に入ることになったって事前にサポートスタッフだから知らされてたんだけど、実物を見ると本当に可愛くてたまらないですね!」  静江さんは盲導犬を連れている私に驚いているのか、すっかりテンションが上がって気さくな口調へと変化していた。長い付き合いになる以上、親しみを持って接してくれた方が助かる。  それにしても、相棒のフェロッソにこんなに興味を示すとは意外な一面だった。 「フェロッソは三年前からの付き合いなんです。  いつも隣を歩いてくれる、大切なパートナーなんですよ」  私はフェロッソのことを静江さんに紹介した。  言葉を発した後に気付いたが、何故か恋人を紹介するような言い方になってしまった。無意識というのは恐ろしい……。 「毛並みもとても綺麗で体格もしっかりしていますね。  何とも羨ましいったらないですね!」 「そうですか…! そんなに興味を持ってくださるなら、今度ブラッシングしてみますか? あまり無闇に私以外が触れると警戒してしまいますが、横に付いていれば大丈夫ですので」 「本当に?! それはもう、約束ですからね!  失礼のないように心がけますが、先輩とはいえ、聞き捨てなりません。  是非、ブラッシングさせてください」    本当に犬が好きなのだろう。本気で嬉しそうに静江さんは反応を示した。  フェロッソを他人に触れさせることはほとんどないが、恐らく大丈夫だろう。  これからお世話になる静江さんに喜んでもらえるようご褒美を用意したいから、私はそう思うことにした。  それから私は入学式に出ることになり、静江さんとは連絡先を交換して一旦別れた。  入学式自体はよくある歓迎の挨拶のようなもので、吹奏楽団の演奏もあったが、これといって特別な催しはなく短時間で終わった。  学業としては明日のオリエンテーションの方が重要で、説明を受けた上で期間内に一年間履修する講義を決めなければならない。  段々と慣れていくのかもしれないが、今はまだ勝手が分からず落ち着かない。無事に単位を取得して卒業に近づけるといいけど。  私はそんなことを考えながら、静江さんと待ち合わせをした食堂へと向かった。目的の食堂はキャンパス内でも分かりやすいところにあり、入口まで来ると静江さんがやって来てくれた。  食堂は二階席やテラス席もあって広々としているようで、席の確保は問題なくスムーズに席に着くことが出来た。  まだ昼食の時間には早いこともあって、私は静江さんのことやこれからお世話になる学生サポートスタッフについて詳しく聞いてみることにした。
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