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「いいい……いえいえ、何も見つけてなどございませぬ。
私のことを知っている、お知り合いの方ではないですよね……?」
「あぁ、初対面だよ。何か公園の入口から目立ってたから話しかけただけだからな」
声年齢というものがあるくらいだから、声には人それぞれ個性というものがありますが、確かにこの男性の声には覚えがなかった。
「やっぱりそうですよね。私は長く日本を離れていましたので。
もしかしたら私を知っている方かもと淡い期待してしまいました」
大変な誤解をされているのではと怖くなってしまったせいで、反射的に私はアタッシュケースを背中に隠してしまいました。
「それさ……困ってんだろ? 一緒に交番行くぞ」
「はぁ……でも私がドロボーしたわけじゃありませんよ?」
「そんなことわざわざ言わなくても分かってるよ。何で目の見えない奴がそんな大金を盗むと思うんだよ」
そう言われてしまってはぐぅの根も出ません。
私は立ち上がってアタッシュケースを差し出した。
目の前に男性がいるのを肌で感じて一気に緊張が高まる。
混乱状態と相まって顔が熱くなっていく中、アタッシュケースは男性の手に渡った。
「それじゃ、遅れず付いて来いよ」
無感情ではないが素っ気なく男性は言う。どういう心情をしているのかよく分からない。
そもそも、男性と親しくなった経験すらない私に相手の気持ちを理解しようなど出来るはずがない。
オドオドしてしまって上手に話せないが、それでもこの男性が話しかけてくれた意味を私はつい考えてしまった。
「どうしてそんなに優しくしてくれるんですか?」
気になってしまった私は問い掛ける。
生唾を飲み込み、さらに胸の鼓動がトクンと高鳴る。すると失礼な問いをしてしまったにもかかわらず、答えはすぐに返って来た。
「優しくするのに理由が必要か?」
男性が不意に振り返って私の方を見つめた気がした。
あまりに予想外の返答だった。
男性という生き物は自分の気持ちを伝えるのが苦手というイメージがあったが、この男性はとてもシンプルに自分の気持ちを伝えてくれた気がした。
こんな経験は今までなかった。
「……そうですね、疑ってしまってすみません。お言葉に甘えることにします」
彼は何の迷いもなくそう言ってのけた。私はどうしてか胸が熱くなり、感情の高まるままにこの男性を信頼することにして、白杖片手に上腕を掴んだ。
「ちゃんと付いて来いよ、後で俺がカネを盗んだって疑われたかねぇからな」
いきなり腕を掴まれたのに振り払うことなく男性は言った。
でも、鈍感な私でも緊張は微かに伝わって来た。
私と比べるほどではないけど、感情を表に出してくれているのだ。
それと、近づいて見て分かったが男性からはつい最近付いたと思われる絵の具の匂いがした。
「もちろんです! さっきスマートフォンの充電が切れたので、地獄まで付き添ってもらう所存です」
慣れない男性相手に気が動転しているのか、そんな返しをしてしまった私に男性は”それはすげぇうぜぇからやめてくれ”と率直に発言した。
私の言葉を聞いてすぐに返事を返してくれる。ごく普通のことのはずなのに、私はとても嬉しい気持ちでいっぱいになった。
「なぁ、あんたはお金に興味はあるか?」
「えええぇ?! 興味と言われましても……」
交番までの道中、男性に聞かれても意味が分からず私は動揺丸出しでたじたじ返答を返した。
「あぁ……意地悪な聞き方して悪かった。
中身はどうも札束だけだ。ケースにも名前は書いてないから持ち主不明の謎の金ということで間違いない。警察に預けて持ち主がすぐに申し出て来るかは分からないけどさ、そのアタッシュケースに入ってる金、少しでも貰えるとしたら欲しいか?」
「いえ……そんなこと考えもしないです。アタッシュケースを返して、私が盗もうとしてるって誤解さえされなければ私は安心して家に帰れますから」
「そっか、じゃあこれは俺が拾ったことにして俺が書類を書く。それでいいな?」
「いいんですか? 面倒じゃないです?」
「面倒じゃねぇよ。別に金に困ってるわけじゃねぇが、その方が早く済ませられるだろう」
男性はその言葉通り、交番に着くと言葉を詰まらせることなく慣れた様子でアタッシュケースを渡して警察官と話し、心配をよそに書類を書き終えた。
交番を出た私はモバイルバッテリーまで男性に借りて駅まで送ってもらうことになった。
「あの、背が高いですね。何センチあるんですか?」
私は別れが惜しくなってくる中、男性に聞いた。
上腕を掴んだまま声を聞けばある程度身長差があることは推測できた。
「175だよ、そんなに高い方じゃねぇよ」
「いえ……十分高いと思います。私が背伸びしてもなかなか届かないと思います」
私は男性の頭に手を置いて身長差を確かめる勇気は出なかったが、頭の中でイメージを膨らませた。
お父さんとあまり変わらない……そんなことを思いながら、背伸びする自分を妄想してしまった。
「それにしても、よく見たら君の姿、どこかで見覚えが……」
「えっ? 先ほどは初対面と言いましたよね?」
「そうだったな……気のせいだよ、気にしないでくれ」
視力が悪いのだろうか、今の会話の時だけ、距離を近づけて話しかけてきたようだった。
少し動揺しているように感じたが、すぐに歩幅を戻し駅へと向かって歩いた。
「ほら駅に着いたぞ、それ返せよ」
「あっ……はい」
急に足を止めて、急かしてくる男性に私はスマホを取り出した。
「ここまで来れば無事に帰れるだろう。俺は色が判別できなくてね。それでも君の目になって助けになれてよかったよ」
「えっ……」
優し気な声色でそう言った直後、男性は接続端子からケーブルを抜き、モバイルバッテリーを持って駅の反対方向に歩いて行ってしまった。
取り残された私は空虚な感覚に囚われ茫然としてしまい、駅から聞こえてくる雑踏も気にならないほどだった。
「あ、あの……行ってしまいました。でも……とても親切な人でした」
感謝の言葉を伝える間もなく、名前も聞きそびれてしまった。
冷たい寒気が駅の構内まで流れ込む。しかし、それが気にならないくらい、私の身体は熱く紅潮したままだった。
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