プロローグ「春を待つ坂を上って」

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 家に無事帰ることの出来た私は、その日の夕食時に現金の入ったアタッシュケースを拾って交番に届けた話をした。    父は私のことを心配してくれたが、大事に至らず安堵したようだった。  後日、公園に置き去りにされていたアタッシュケースの真相が分かったと、 実際にはニュースサイトの記事から推測したに過ぎないそうだが話してくれた。  公園に現金の入ったアタッシュケースが置かれていたのは、喫茶店でスーツ姿のサングラスを掛けた男性客が椅子にアタッシュケースを置いてお手洗いに行っている間に、他の客が興味本位で中身が気になって盗んでしまったからで、公園で中身を見てしまったその客は怖くなって現金を抜き取ることなく一目散に逃げ出してしまったそうだ。  その盗まれたスーツ姿の男性は辺境の古びた館を買い取るために、相手からの現金要求に応えてお金を用意したそうだが、何とも無警戒に災難に巻き込まれてしまったようだ。  買おうとしていた古びた館についての場所などは当然、プライバシーのため載っていなかったそうだが、現金で用意しろと要求するのはなかなか強引な交渉相手だなと父は話していた。  そんな災難もありつつ大学入試は終わり、オーストラリアに帰り日常へと私は戻っていった。  入試の方は無事に合格通知を受け取り、念願叶い四月から日本の大学に通うことになった。  巡り廻る季節。  オーストラリアの夏を過ごした私は現地の人々に別れ告げて日本へと向かう。  赤道の反対側にあるオーストラリアから日本まで、春の訪れに導かれて。
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