嘘つきメッセンジャー

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「ご……ごれ……」  管の繋がれた腕をプルプル震わせる。全身不随でまともに動けないようだ。それでも、なにかをおれに伝えようとしている。ベッドサイドにしわくちゃになった一通の封筒があった。 「ご、れを、ゆうなに……」  どうやらこの封筒を特定の人物に届けてほしいということらしい。だが、ふにゃふにゃの字で『ゆうなへ』と書かれた封筒には、住所もなければ切手すらも貼られていない。これでは、ポストに投函することもできない。 「ゆうなって、誰?」  相手は耳がしっかり聞こえているかわからない。シンプルな言葉を一言一句はっきりとした口調で伝える。 「ごい……びど」  ごいびど。どうやら恋人らしい。それなら、見舞いにきたときにでも自分で手渡せばいいんじゃないかなと思った。 「彼女は、知らない。おでが、ごごにいるごどを。知っだら、迷惑がががる。でも、心配しでる。だがら、伝えで。大丈夫だと」  はっきり言って、これだけの説明では理解に苦しむ。時間をかけて詳しい状況をヒアリングした。濁点の多い彼の台詞の内容は、こういったものだった。  彼の名前は真矢(しんや)。半年まえのある日、デートに向かう途中で事故にあい、脳を損傷し、身体の自由がきかなくなった。このことを恋人のゆうなさんは知らないという。入院していることも事故にあったことさえも彼女には伝わっていないらしい。「なんで」と聞くと彼は言う。 「借金……返済」  彼は事故以前に友人の借金のために名義貸しをしたという。お人よしだったのだろう。なんの疑いもなく貸した。その友人は「一ヶ月後にはかならず返済できるから」と彼に伝えたらしいが、そんな口約束は百パーセント守られない。あとはよくある話で、その友人が行方をくらまし、彼の身には四百万円の借金が残った。  返済を余儀なくされた彼は正規の仕事の他にアルバイトをかけ持ちしたが、それだけでは利子を返済するので精いっぱいで生活は困窮。そこで彼と交際関係にあった彼女が、その負担を軽減するために毎月いくらかの金額を彼に渡すようになったという。
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