嘘つきメッセンジャー

5/9
前へ
/9ページ
次へ
「マリーナのチャペルでの結婚式、楽しみだな。これで、おまえも卒業できる」  そんな台詞をおれの耳に残し、二人は二階の角部屋に入っていった。なぜだ? 真矢さんの借金を返済するためにみずからの身体を売ってまでお金を作っていたはずの彼女が、なぜ別の男と結婚しようとしているのだ?  ゆうなさんの暗い顔と先ほどのチンピラふうの男の言葉を思い出した。 「これで、おまえも卒業できる」  その台詞から察するに、もしかしたら彼女は真矢さんを救うためにあの男と結婚しようとしているんじゃないだろうか。あの男と結婚する代わりに借金をチャラにしてもらう。真矢さんから聞いたゆうなさんの人物像ならば、その可能性は十分あり得る。彼女はまた自分を犠牲にしようとしている。  止めなければ。そう思った。そんなことをしても、誰も幸せになんてならない。たとえ、真矢さんの身体が麻痺して、ひとりでは生活できない状態だとしても、愛しあっている者同士が助けあっていけばいい。おれのなかのおせっかいな正義感がフツフツと沸いた。 「だが……」  状況は極めて剣呑(けんのん)だ。相手はあきらかにカタギではない。今、部屋に乗りこんで、事情を話したとしてもおいそれと言うことを聞いてくれるとは思えない。  それならば、と思った。おれが唯一できる『配達』という行為で、彼女を説得しよう。真矢さんの気持ちと、ゆうなさんの立場を白日のもとにさらせば、彼女も考えを改めざるを得ない。それに人目の多い場所では、あのチンピラふうの男も無茶はしないだろうと予想ができた。かなり強引だが、二人を幸せにするためにはこれしかない。さいわい、マリーナのチャペルは配達で過去に何度も足を運んだことがある。それならば、明日の式に乗りこんで、結婚式をぶち壊してやる。  翌日、おれはロードバイクに乗り、結婚式場に配達に出かけた。埋立地の道路を走り、チャペルを目指す。歩道と車道の区別のない道。ときおり真横を通過する大型トラックの風に煽られるが、力いっぱいペダルを踏んだ。  ハンドルに取りつけたスマホで時間と距離を確認する。残り距離はあと三キロ。埋立地の道路から旧国道に合流すればすぐにマリーナのチャペルが見える。あの式場で行われる式のタイムスケジュールは頭に入っている。いつも配達時間を指定されているからだ。 「十二時から十三時は式とブーケトスが行われるから、配達は避けてください」  それならば逆にその時間にいけば、確実に式をストップさせられる。現在時刻は十一時四十分。このペースで進めばチャペル到着まで十分にお釣りがくる。 「よし」  ラストスパートに気合いを入れてペダルを踏みこんだ。瞬間、ロードバイクが異常なほどに加速した。おれの身体が衝撃を感じたのは、その直後のことだった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加