嘘つきメッセンジャー

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「え?」  視界に映る無人のロードバイク。その車体に描かれたシマノのロゴを見て初めて、おれは自分が車にはねられたのだと気づいた。はねた車は黒いセダンで、窓もスモークで真っ黒。ナンバープレートは八のゾロ目。その車がおれのロードバイクに車体を軽く引っかけて、そのまま走り去った。  体感時間で数秒間、宙を舞ったおれは重力のまま地面に肩口から落下した。ロードバイクも真横に落ちる。 「痛たたた……」  さいわい、打ちどころは悪くなかった。痛みはあるが腕も足もなんとか動く。タイヤを空転させるロードバイクを拾いあげた。傷だらけになっているが、こちらも平気だ。なんとか動く。右足をあげてサドルにまたがる。その瞬間、股関節に激痛が走った。視線を落とすと、蛍光イエローのユニフォームのしたにある下半身が血まみれになっていた。 「くっ」  おれは激痛に耐えながらペダルを踏みこむ。足を回転させるたび、股関節に激痛が走った。  ひび割れたスマホの画面を確認しながら、ゆっくりだが確実にチャペルに向かう。時間はすでに十二時をすぎている。たった三キロの距離が長い。残り二キロ、残り一キロ、旧国道と合流する道に入るころには、すでに十二時三十分をすぎていた。 「あとちょっと」  血まみれになりながら、マリーナのエリアに入る。このまままっすぐ走ればチャペルに到着する。時計は十二時四十五分。まずい。急がなければ。  おれは全身全霊をかけてペダルを踏みこんだ。チャペルはもう目のまえだった。  チャペルの入口にロードバイクが到着する。そのまま倒すようにしてロードバイクを乗り捨てチャペルに走る。木製の扉のまえには式場のスタッフがいた。顔見知りだ。向こうもおれを認識している。傷だらけのおれになにか声をかけようとしているようだが、そんなよゆうはない。おれはそのまま木製扉を力いっぱい押して開ける。 「お届けものでーす」  その声が厳かな雰囲気のチャペルに響いた。まわりにいた連中の視線が一気に集まる。どいつもこいつも決してカタギではない雰囲気だったが、そんなの気にしていられない。真っ白のヴァージンロードを歩き新婦のもとに向かう。股から盛大に血を流しているおれにこの道を歩く資格はないのかもしれない。しかし、ここを歩く義務と責任がおれにはある。ウエディングドレス姿のゆうなさんの目のまえまでくると、蛍光イエローの上着の内ポケットから、しわくちゃの封筒を出して彼女に渡した。
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