嘘つきメッセンジャー

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「この……悪者が!」  わざとらしい台詞を吐く新郎におもいきり顔を殴られた。そしてチャペルの外に投げ出される。参列者から拍手の嵐が巻き起こった。おそらく、これはただの余興として処理されたのだろう。さすが結婚式場だ。不測の事態にうまく対処している。参列していたチンピラ連中も、このイレギュラーをむしろ楽しんだようだった。 「がはは。ありがとうな、メッセンジャーの兄ちゃん。おまえのおかげで盛りあがったよ。昨日、アパートですれ違ったときからなんか怪しい動きをしていたからうちの人間に調べさせたんだ。あの事故は警告のつもりだったんだけどな、結果、これでよかったみたいだ」  おれを投げ出した新郎がななめ前方にあごをしゃくる。黒塗りスモークのセダンが停まっていた。ナンバープレートは八のゾロ目。おれをはねた車だった。 「兄ちゃんの活躍とピエロっぷりに免じて勘弁してやる。じゃあな」  そう言うと、やつはおれの腹を蹴飛ばして結婚式に戻っていった。おれの目から見えない場所で式は滞りなく進みチャペルがまるごと空になる。開けっぱなしの木製扉の奥、ヴァージンロードの先に配達し切れなかった封筒が転がっていた。よろよろと立ちあがったおれは木製扉を抜け、白い絨毯から拾いあげて開封した。そこには、ぐにゃぐにゃの文字で真矢さんの思いが書かれていた。 「さようなら。幸せに」  おれはその手紙を読んで、なぜか涙があふれてきた。  数時間後、総合病院で簡単な手当を受けたあと、おれはエレベーターに乗って八階に向かった。おれが病室に行くと真矢さんは驚いた声をあげた。 「あー、どじだの?」  おれは「なんでもない」と答えた。 「それより、手紙渡してきたよ。ゆうなさん、泣いてた。そして、あんたのことを愛しているって言っていた。でも、この手紙を読んで、真矢さんの優しい気持ちを尊重しようって思ってくれたみたい。頑張って忘れてまえを向いて生きていこうって言ってたよ。それから、風俗の仕事を辞めるとも言っていた。思い出のあるこの街から遠く離れて、新しい生活を頑張ってみるんだって」 「そうか、そうか……」  そう言いながら真矢さんはボロボロと涙を流した。彼の涙が悲しみの涙なのか、喜びの涙なのかおれにはわからない。だが、彼は震える手でおれに別の封筒を差し出した。 「ご……れ……」  そのなかには一万円札の束が入っていた。 「全部?」 「ありがどう」  おれは封筒を受け取り、それをそのまま受付で看護師に渡した。事情を伝えると、彼の治療費に当ててくれると言った。 「まいどあり」  ガラス扉を抜けると、入口に止めてある傷だらけのロードバイクにまたがった。おれは嘘つきだ。だが、自分のついた嘘に後悔はない。おれたちメッセンジャーが届けるのはいつだって、荷物ではなく人の心だ。たとえそれが嘘だとしても人の幸せにつながれば、それでいい。
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