嘘つきメッセンジャー

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嘘つきメッセンジャー

 ピカピカの包装紙に赤いリボンがかけられた小さな小包。そいつを決して汚さぬように左手にかかえ、住宅街のインターフォンを押す。 「お届けものでーす」  チャイムが鳴るまえに声を出す。数秒あけてドアの奥からバタバタと走る音が聞こえる。鍵とチェーンロックが外れてなかから少女が顔を出した。 「はい、これ。お届けもの」  そう言っておれは、少女に小包を渡す。この家に今、母親がいないことは知っている。そして、インターフォンを鳴らせば、この子どもが不用心にチェーンロックを外して鍵を開けてしまうことも知っていた。 「ダメだよ。これからはドアを開けるまえに『どちらさまですか?』って確認しなくちゃ」 「えへへへへ」  少女の名前は絵美(えみ)ちゃん。年齢は五歳。ママがパートに出かけているこの時間は、一人でいつも留守番をしているのだ。おれは受け取り伝票にサインをお願いしようとしてやめた。この子がまともに文字を書けないことを知っていたからじゃない。彼女がすでに小包を開け始めていたからだ。 「これ、パパからでしょ」  彼女はこの小包の送り主を知っていた。一年近く会っていない大好きなパパ。それでも、誕生日には必ずプレゼントを送ると約束していたという。そんな彼女の楽しみを邪魔する権利はおれにはない。 「わあ、これ、ほしかったやつだ!」  そこには新品の色鉛筆セットが入っていた。四十八色という大ボリューム。これで、たくさん大好きな絵が描けるね。そんな台詞を伝えるまえに彼女が言った。 「パパ、なにか言ってた? いつ帰ってくるって?」  この年代の子どもは配送業者のシステムを考慮せず、ダイレクトな質問を投げてくる。通常、クライアントと配達員は直接かかわることはない。それは一般的な宅配ドライバーも、おれのような自転車便のメッセンジャーも基本は同じだ。そう、基本は。 「パパは元気だったよ。でも、お仕事が忙しいから、まだまだおうちに帰ってこられないみたい。でも、絵美ちゃんが、その色鉛筆を全部使い終わるころには帰ってこられるんじゃないかな」 「本当?」  彼女は目キラキラさせた。 「じゃあ、今日からたくさんお絵描きする。ありがとう、お兄ちゃん」  そう言って部屋の奥に走っていってしまう。おれは玄関先から彼女に声をかける。
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