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109Best partner(小さな暴君蒼介)
◇◇◇
蒼介は風邪ひとつひかず、日々すくすくと成長している。
「あ~、あ~、う~、う~」
前に手をつかなきゃ倒れるが、お座りは余裕で出来る。
「あう~、あ~」
独り言を言いながら、ぬいぐるみのクマを弄って遊んでいる。
でもお気に入りのクマは、カジカジされまくって耳や手足がヨレヨレだ。
「蒼介、へへ~」
だから、俺は蒼介の為にコッソリ新しいぬいぐるみを買っていた。
「あのな、お前にプレゼントだ、ほ~ら」
キュウリのぬいぐるみを蒼介の前に差し出した。
これは抱き枕にもなるやつだが、子供用の小さいやつだ。
「……う~」
蒼介は動きを止めてキュウリをじっと見た。
「んー、どうした、気に入らないかな~」
キュウリには、丸い目とニッコリと笑った口がついている。
蒼介の方にキュウリの顔を向けて左右に揺らしてみた。
「ほら、新しいお友達、キュウリさんだよ~」
「うう~、だっ、だあっ!」
すると、蒼介はキュウリを睨みつけてぶん殴った。
「あ~あ、蒼介、そんな事しちゃ可哀想だよ、ほら、キュウリさん泣いてるよ~」
気に入らないらしいが、めげずにもう一回やってみた。
「ほらほら~」
「キャヒッ! うー、だあー!」
蒼介は奇声をあげてキュウリを奪い取り、噛み付いて床に叩きつけた。
「おお~、すげー、さすがは火野さんの遺伝子」
つい感心したが、蒼介はキュウリを床にバシバシ叩きつけ、キャッキャッ言って喜んでいる。
どうやら、気に入ってくれたようだ。
「あははっ、良かったな~、お友達が増えて」
頭を撫で撫でしてやった。
「おお、蒼介、来てたか」
「おかえり~」
テツが帰って来たのはわかっていたが、夕飯は出来てるし、床に座ってキュウリが痛めつけられるのを見ていた。
「姉ちゃんはまだ帰らねーのか? こんな時間に出かけるのは珍しいな」
「うん、姉貴、友達と飲み会だって」
通常なら夜に蒼介がいる事はまずないから、今夜は貴重な夜だ。
「帰りは火野が迎えに行くのか?」
「らしいよ、火野さん、相変わらず姉貴にラブラブだから」
「ははっ、まあーいんじゃねーか、で、その妙なぬいぐるみは……お前が買ってやったのか?」
テツはキュウリに気づいた。
「うん」
「キャヒッ、キャヒッ、だあー! だあー!」
蒼介は両手でキュウリをバシバシ殴っている。
「やけにはしゃいでるが、ひょっとして……キュウリか?」
「うん」
「おめぇな……、普通は兎とか選ぶだろ」
「こっちの方が絶対ウケると思った、現に蒼介、滅茶苦茶喜んでんじゃん」
キュウリはカオリにオモチャ屋へ連れて行って貰って、そこで買った。
「おお、まあー、そうだな……、で、おめぇバイトは?」
「休ませて貰った」
「そうか……、へへっ、蒼介~、コラ、こっちへ来い」
テツは蒼介の背後に回り込み、ひょいと抱え上げて抱っこした。
「だあ~」
「おい、わりぃ面ぁしやがって」
「う~、う~」
蒼介はテツの顔をぎゅうぎゅう摘んだ。
「お~、悪さぁ~しやがるな、おもしれぇか?」
テツはほっぺたをグ二グ二されたが、楽しそうに笑っている。
「あ~、うう~」
だけど蒼介がこれでやめる筈がなく、手を伸ばして目を突いた。
「いてて、コラ、目潰しは卑怯だぞ、こいつ~お前は相当な悪だな、へへっ」
なのに、まだ笑っている。
「まるで……孫を可愛がるお爺ちゃんじゃん」
率直な感想だ。
「なわけあるか、自分のガキじゃねーからよ、無責任に可愛がりゃいいだけだからな」
「それって、お爺ちゃんと一緒なんじゃ?」
「ったくよー、そんな事ぁどうでもいいだろ、コラ~、鼻もダメだ」
蒼介はテツの鼻の穴に指を突っ込もうとしたが、テツに阻止されて不満げにうーうー唸っている。
「悪ガキめ、へへー、キュウリが気に入ったのか? ちっとも可愛くねーぞ、おい、いいのか? はははっ」
テツはキュウリを拾い上げて蒼介に見せているが、いっつもこんな感じで、蒼介の機嫌を取る事に余念が無い。
そんなに子供好きなら、普通に結婚した方がいいんじゃないかと思うが……。
それだと俺は捨てられる。
やっぱ捨てられるのは嫌だから、余計な事を言うのはやめよう。
そう思った時にピンポンが鳴った。
「あ、俺、出るから」
テツは蒼介を抱っこしてるし、俺が出た。
「おう、友也」
ドアを開けたら火野さんだった。
「悪ぃな、蒼介預かって貰って」
火野さんは頭を掻いて詫びる。
「いえ、全然大丈夫です、テツは喜んでますから、あっ、どうぞ上がってください」
とにかく上がって貰う事にした。
「う"~、あう~」
「いてて、ちっこい癖して、結構力あるじゃねーの、なははっ!」
テツはソファーに座って蒼介を膝に乗せているが、向かい合わせに抱いてるから、蒼介のオモチャにされている。
「兄貴、すみません……、いっつも世話になりっぱなしで」
火野さんはテツの側に行って頭を下げた。
兄貴分のテツに、我が子の面倒をみて貰うのは気が引けるんだろう。
「いいんだよ、こいつ、なかなか見込みがあるぞ」
けど、テツは蒼介の両脇を抱えて体を揺らし、あやす事に夢中になっている。
「おい、はははっ、あぁ"? どうだ、ほら」
「だあー! ぶ~、あ~」
蒼介は両手でテツの顔をパチンと叩いた。
「うっ、やべぇ、今のは効いた~」
テツはわざと顔を顰めてやられたふりをしている。
「ぶ~うっ、あっ、あ~!」
蒼介はしかめっ面を見て自分も顔を顰め、テツのほっぺたを揉みくちゃにした。
「うう~、こいつは……なかなか手強い、やられた~」
テツは蒼介には何をされても構わないらしく、メロメロで骨抜きだ。
「蒼介、コラ……、兄貴すみません、蒼介をこっちへ」
火野さんはさすがにマズいと思ったのか、焦って蒼介に手を伸ばした。
「ん、おお……」
テツはようやく蒼介を手放したが、何気に残念そうだ。
「まったく……悪さばっかしするもんで、すみません」
火野さんは蒼介を抱っこして詫びたが、蒼介は一瞬キョトンとした後で、火野さんの顔面をパチーン!と思いっきり叩いた。
「だあぁ~っ!」
興奮気味に叫び、ほっぺたをグ二グ二掴む。
「コラ、いてて、お前いきなり……、全く……ハハッ」
火野さんは眉を下げて困ったように笑っているが、テツ以上に骨抜きだ。
父親だから当たり前だが、この3人の中で言えば、間違いなく……一番蒼介を愛してるだろう。
「ま、とにかく座りな」
「あ、はい、それじゃ失礼して」
火野さんは促されてテツの向かい側に座り、俺もテツの隣に座ったが、蒼介は俺達の方へ向けられている。
「あ~、う~」
目の前をキョロキョロ見回し、落ち着かない様子だ。
「もうアレっすよ、日に日に悪くなるもんで……、目が離せねーから困ったもんです」
火野さんは愚痴めいた事を言って、前のめりになる蒼介を自分の方へ抱き寄せた。
「けどよ、可愛くて堪らねーだろ」
「あ、はい……、そりゃ……ハハッ」
でも、本心をテツに見透かされて照れたように笑う。
「今のうちに楽しんどけ、こっから先は大変だ、俺達のような稼業だと、学校に行き始めたらちょいと面倒だ、俺は若をみてたからわかる、まあー俺がついた時にゃ若はもうある程度成長してたが……、まずツレができねー、この友也が初めてだ、まぁ若の場合は親が一家の親父だからな、余計そうなるんだが、どのみち親がヤクザだと子供はそれなりに苦労する」
テツは急に真面目な顔で語り出した。
「ああ、はい……」
「で、あれだ、発表会だなんだとあるだろ?」
「ええ」
火野さんも真面目に聞いている。
「若は嫌がって親父にゃ来るなと言ってたが……、親父は親父で若が可愛くって仕方がねぇ、だからよ、参観日に行っちまうんだ、親父自体パッと見目立つだろ? それプラス、当たり前に何人かついてる、そこらにいる奴らはドン引きだっただろうよ、ハハッ……」
テツは翔吾の事を例に出して言ったが、翔吾の母親代わりだったし、テツ自身何かと気を使ったりしたんだろう。
「そうっすか……、俺は途中からしか知りませんが、若もつれぇ目にあったんでしょうね、おやっさんは再婚しなかったが、後妻も良し悪しで……、まあー若の場合、女嫌いになっちまったんで、尚更難しいでしょう」
火野さんは神妙な表情で翔吾の事を話しているが、蒼介は前のめりになってテーブルに手をついた。
「あ~う~、あ~」
「へへっ……、ほら、キュウリさんだ」
退屈そうなので、キュウリを目の前に差し出した。
「キャッ、キャヒッ!」
蒼介は目を輝かせてキュウリを掴み取り、テーブルにバシバシ叩きつけた。
「ん、蒼介なにやってるんだ? お、こりゃなんだ、キュウリに見えるが……」
火野さんは首を傾げてキュウリを見ている。
「そりゃな、友也が買ってきたんだ、ふっ……、変なぬいぐるみだ、もっと可愛らしいやつを買やあいいのによ、なかなか悪趣味だろ? へへっ」
「友也が買ってくれたのか、わりぃな」
テツはキュウリを腐したが、火野さんは礼を言ってくれた。
「いえ、そんなのいいです、蒼介は甥だから」
「そうか、ま、そうは言ってもわざわざすまねーな、おい、よかったな蒼介」
火野さんは蒼介に話しかけたが、蒼介はキュウリにぞっこんだ。
「だあ~! キャッ、キャヒッ!」
「ははっ……、キュウリ、ボコボコにされてるな……、ところで火野」
テツは蒼介を見て笑ったが、ふっと表情を曇らせて話しかけた。
「はい」
「寺島はよ、例の産廃んとこでなんとかやってるが、あいつ、だいぶん参ってるようだな、まあーこれに懲りて悪い癖がなおりゃいいがな」
何かと思えば寺島の事をぼやいたが、寺島は産廃工場で働いてるらしい。
「そうっすね、寺島は女にゃちょいと癖がわりぃ、これで反省したらいいんですが……」
火野さんも寺島の事を気にかけてるようだ。
「あの馬鹿、指を詰めなきゃ分からねぇかもな」
テツは厳しい事を言ったが、数日に1回は必ず寺島に電話を入れている。
「そうならねーように、戻ってきたら俺もそれとなく監視します」
火野さんは監視を強めるようだし、寺島は次こそ悔い改めるしかなさそうだ。
「おう頼むぜ、ははっ、蒼介コロッと寝ちまったな、あれだけ暴れりゃ当たり前か、友也、布団を敷いてやれ」
テツの言葉を聞いて目を向ければ、さっきまで暴れていたのに、いつの間にか嘘みたいに眠っている。
「あ、うん、わかった」
床に布団を敷いて寝かせる事にしたが、目が届くようにソファーの近くに敷く事にした。
布団を敷き終えたら、火野さんが蒼介を連れて来て寝かせた。
「友也、俺は寄る所があってまた行かなきゃならねぇ、悪いが舞を連れて帰るまで、こいつのもりを頼む」
「あ、はい、わかりました」
火野さんは俺に蒼介の事を頼むと、蒼介の頭を撫でて立ち上がった。
「兄貴、それじゃ、すみませんが」
「おう、心配するな」
テツは煙草に火をつけて返事を返し、火野さんは直ぐに部屋を出て行ったが、俺はテツが気になっていた。
「テツ、タバコはよくないよ、赤ん坊居るんだし」
何度か注意したんだが、うっかり忘れるらしい。
「おお、そうだったな……」
注意したら、毎度素直に従って煙草を消す。
蒼介はぐっすり眠っていて、しばらくは起きそうにない。
「友也、俺は夜中にちょいと出てくる、おめぇバイトをちょくちょく休んでるが、いいのか?」
ソファーに戻ったら、テツは肩に手を回して聞いてきた。
「うん、ミノルには悪いけど、ミノルがいるから大丈夫だ」
今のバイトはあくせく働かなくていい。
接客の補助や着替えの際の手伝い、それに掃除もだが、花車と比べたら遥かに楽だ。
「そうか……、蒼介、よく寝てるな」
「そうだな、ん……?」
蒼介の寝顔を見ていると、龍王丸がこっちに歩いて来たが……。
布団を見て足を止めた。
「龍の奴、用心してるぞ」
「ああ、うん、こっちに来れるかな~」
龍王丸は蒼介を警戒している。
目を細めてじっと蒼介を見ていたが、俺の方を見てゆっくりと前に歩き出した。
「お、来る気か?」
恐る恐る、蒼介をチラ見しながら歩いて来たが、布団の横を突破した途端、急に足を早めて走り出した。
「おお、危険地帯を突破しやがったな」
そのままソファーの側へやって来ると、俺の方に回り込んでソファーに飛び上がってきた。
「ニャ~~ン」
滅茶苦茶嬉しそうな顔で長く鳴き、しっぽを立てて擦り寄って来る。
「龍、寂しかったのか?」
話しかけたら、頭を腕に擦りつけて喉を鳴らす。
「普段なら、この時間に蒼介はいねぇからな、我慢出来なくなったんだろう」
テツが隣にいても、お構い無しに膝に乗ってきてゴロンと寝転がった。
「俺が触ったら……、やっぱやべぇか?」
体を撫でていると、テツが聞いてきた。
「うーん、どうかな、わかんね」
こればっかりは俺にもわからない。
「よーし……」
テツは下からそーっと手を近づけた。
龍王丸は気配を察し、頭だけ起こしてテツを見たが、じっと動かずにいる。
「お、こりゃ……ひょっとしたら……」
テツはふわふわの毛を指先でつつき、俺は絶対逃げると思ったが、龍王丸は頭を元に戻して喉をゴロゴロ鳴らす。
「ん……、あれ?」
どういう風の吹き回しか……。
「やったぞ、逃げねー」
テツは体を撫で回していったが、リラックスして寝転がったままだ。
龍王丸はテツを攻撃するのはやめたが、懐いてはいなかった。
触ったりしたら嫌がって逃げていたのに、嘘みたいに大人しい。
「おい、友也……マジで逃げねーぞ」
テツが嬉しそうにニヤついて小声で言ってきた。
「あれだよ、蒼介が来るようになって、我慢しなきゃいけなくなっただろ? だから~この際、こいつでもいいや……、みたいな感じじゃね?」
「ヤケクソかよ……、おやつ買ってやってんのによ~、わざわざコンビニで選ぶんだぜ」
「選ぶ?」
「おう、あのな、コンビニ限定品があるんだよ、カツオやらササミやら……、どれにするか迷っちまう」
テツは面白い事を言う。
「ぷっ、限定品とか、ちゃんと見てるんだ、なははっ」
コンビニで猫のおやつを眺めてるのを想像したら……笑える。
「そりゃ一応見るだろ、けどよ~、これでようやくうちの猫になったな、へへー、随分柔らけぇ毛だな」
テツは毛の感触を確かめるように撫でているが、龍王丸は更にひっくり返って仰向けになった。
これなら、今までよりもっと仲良くやってくれそうだ。
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