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100Thank you for loving me all the time(強者揃いのニューハーフ)
◇◇◇
シャギーソルジャーで働く、記念すべき第1日目。
テツは無理だったので寺島に送って貰ったが、初日という事もあり、駐車場に車を止めて車内でミノルが来るのを待っていた。
今夜は水野が連れてくるとわかっているので安心だ。
「へへっ、ミノルとは仲いいんだな」
「はい」
「おめぇをこんな風に送り届けるのは久々だな、いやあ、懐かしいな~」
寺島はやけに機嫌がいい。
それは結構な事だが、念の為、あまり相手にしないようにした。
「そうですね」
「朱莉んとこによ、女装して行った時、俺が口紅を塗ってやったよな?」
「はい」
「おめぇ……、よく似合ってたぜ」
そうくると思ってはいたが……、何食わぬ顔で言いながら肩を抱いてきた。
「あの、それはもう忘れてください、それと……、そういうのも無しにしてください」
寺島とはクリーンな関係に戻したい。
「へへー、そうかてぇ事を言うな、俺とおめぇの仲じゃねーか、宴会の時に女装したのは俺の為だろ?」
「いや、あれはテツが悪ノリしてあんな事になっただけです」
さりげなく、肩に乗る手を払い除けた。
「どのみち俺に見せるつもりだったんだろ?」
あれは浮島組に身売りする覚悟をして、極限状態で言った事で……冗談半分だった。
「そりゃ、確かにそう言いましたが、兎に角あれで約束はちゃらです」
「ちゃらか……、へっ、おめぇ言ったよな? キスまでなら許すって」
「あれはあなたが迫るから仕方なく……」
いい加減、俺との事は忘れて欲しかったが、また肩を掴んでくる。
「仕方なくだと? こいつ、俺はよ、おめぇが朱莉んとこへ行ってる間、ずっと待ってたんだぜ」
今ここで……それを出すのは卑怯だ。
「わかってます、あの時は世話になりました、でも……それはもう終わった事です」
「まだ終わっちゃいねぇ」
過去の事を蒸し返すなら、俺だって蒸し返してやる。
「俺じゃなく……、イブキに言ってください」
寺島が迫ってくるので、ドアに背中を預けて両手で肩を押し返して言った。
「イブキか……」
すると、寺島は急に動きを止めた。
「そうです……、イブキはまだあなたの事を、もう一度やり直したらどうです?」
イブキは寺島に未練がある。
2人がよりを戻せば……俺は安泰だ。
「あいつ……重いんだよ」
「重い?」
「ああ、下手な女より甲斐甲斐しく尽くす」
「別にいいんじゃ? ほら、豆太郎の世話も頼めるし」
「そりゃまあ……、ただ、俺はな、好きにやりてー、女遊びもする、あいつは、俺の帰りをひたすら待つんだ、そういうのが積み重なって、耐えられなくなった」
「それって、贅沢な悩みなんじゃ?」
「あのよー、そんなのは人それぞれだ、俺には負担になる、それによ、女装して真っ暗な部屋で待たれてみろ、あいつ背が高ぇからな、暗闇からぬっと現れたらビビるだろうが」
寺島は尽くされるのを疎ましく思うらしい。
それに、暗闇から女装して現れたら……確かに俺でもびびる。
上手く丸め込んでくっつけてやろうと思ったが、そう甘くはなかった。
「そりゃ、まあー確かに」
「やっぱりよ……、おめぇだ」
イブキの事は諦めるしかないが、また俺に矛先を向けてくる。
「えぇっ……、いや、それはおかしいでしょ」
「俺がバイになったのは……おめぇのせいだ、おめぇに責任がある」
そんな無茶苦茶な……。
「はあ? 俺の責任って……、それはあなたが勝手に……」
「うるせー、つべこべ言うな!」
結局、ゴリ押しでキスしようとする。
「いやあの、マジでテツに言いますよ」
この先世話にならなきゃいけないのに、初っ端からこれじゃ参る。
「それができりゃ、とっくにやってる筈だ」
しかも、脅しも通用しそうにない。
「寺島さん、狡い……、テツの前じゃビビってる癖に」
「へへっ、わりぃな、それとこれとは別だ、何も……痛めつけようってわけじゃねーんだからよ、おとなしくしろ!」
「いやあの、だからってキスは違うと思います……、ほんとやめてください」
分厚い唇が迫り、腕を突っ張り棒にして阻止した。
「あのな、俺は親愛の情を示したいんだ」
寺島は相変わらずビールっ腹で、前より太っているが、力は衰えてない。
「くっ……、遠慮します!」
突っ張り棒も限界がきそうだ。
「おい、何してる……、俺だ、水野だ、ミノルを連れて来てやったぜ」
力負けしそうになった時に、窓をコンコンと叩く音がして水野の声がした。
振り返ってみたら、スモークのかかった窓越しに、水野が車の中を覗き込んでいる。
「水野さん……」
地獄に仏、渡りに船だ……。
「あっ! こりゃあ……どうも、兄貴……」
寺島は慌てて運転席に戻り、窓を開けて水野に挨拶すると、急いで車から降りた。
「お前……、今、なにやってた?」
水野は不審感を露わに聞いた。
「ああ、ちょいとふざけてただけで……」
寺島は笑顔でペコペコ頭を下げている。
「ふざけてた? 俺にはお前が友也に迫ってるように見えたが?」
「水野の兄貴ぃ、俺ぁこいつとは長い付き合いなんで……、それでバカみてぇな真似を……、ハハハッ、な、そうだよな? 友也」
俺は車に乗ったまま2人の様子を眺めていたが、寺島はあくまでも単にふざけてただけだ……と言いたげに言い訳すると、俺に聞いてきた。
「はい、まあ……そうです……」
なんだか呆れて、力なく答えた。
「ふーん……、長い付き合いか」
水野はまだ疑っているようだったが、浮島組の人間だし、深く追求してくる事はないだろう。
「おお、ミノル、こっちへ来な」
振り向いてミノルを呼んだので、俺も車から降りた。
ミノルは走って俺のそばにやってきたが、ちゃんとスーツを着てネクタイをしめている。
「へえ、似合うじゃん」
見るからに高そうなスーツだが、多分日向が誂えたんだろう。
「へへ、うん、ありがとう、友也君も似合ってるよ」
「これ、おさがりなんだ」
「そうなんだ、でも、高そう」
ミノルは意外と価値がわかるらしい。
テツが作ってくれたやつは特別な時に着る用で、今着てるのは翔吾のお古だが、翔吾はお坊ちゃまだからお古でも高級品だ。
外国製の生地でオーダーしたやつらしい。
シャツは開襟シャツじゃなく、普通のシャツでネクタイもつけて貰った。
「それじゃミノル、お前の事だ、また緊張するだろうが、ま、頑張りな、迎えは2時でいいか?」
「は、はいぃ……」
水野が時間を確認すると、ミノルは遠慮がちに頷いたが、俺はあれからカオリとどうなったのか、地味に気になっていた。
「あの、水野さん、あのあとどうなったか、良かったら経過を聞かせてください」
「おお、はははっ! また電話するわ」
「あ、はい……」
水野は笑って誤魔化したが、笑顔が出るという事は、テツが言ったようにカオリとは上手くいってるんだろう。
「じゃ、また後でな」
そのまま車に乗り込んで車を出した。
「ご苦労さまです」
寺島は頭を下げて水野を見送り、俺とミノルもそれに倣って頭を下げた。
「友也、俺も2時に来るが……、俺はちょいと寄る所がある、2人共しっかりやりな」
水野の車が見えなくなると、寺島は焦るように言ってきた。
「あっ、はい……」
さっきまで俺に迫っていただけに、唖然とした。
「よし、じゃ、まただ」
寺島はさっさと車に乗り込んで、あっという間に駐車場から出て行ったが、多分、女の所に寄る予定でもあるんだろう。
どこへ行こうと勝手だが、他にあてがあるなら……俺に迫らないで欲しい。
「ミノル、行こっか」
「うん」
ミノルを促して一緒に店の裏口に向かった。
ドアを開けて中に入ったら、すぐ側にニューハーフらしき人が居た。
「ん、あら~、雑用の新人?」
声はハスキーだが、茶髪ロン毛、ナイスなボディ、オカマと呼んだら悪い位美人だ。
「はい……」
思わず固まっていたが、ミノルは俺以上にカチコチに固まっている。
「ふーん、へえー、2人共可愛いじゃない」
テツが言った事は本当で、実際にこの人は美人だが、背はイブキ並みに高く、上から見据えられたら緊張する。
「あら、なに~新人?」
なのに、もう一人ニューハーフがやって来た。
「そう、ね、2人共可愛いと思わない?」
後から来た人はストレートのロン毛で黒髪だ。
「歳はいくつ?」
「あ、あの、あの……」
黒髪の人がミノルに聞いたが、ミノルは到底話せそうにない。
「っと……、俺もミノルも20歳です」
俺が代わりに答えた。
「やだ、同級生? うーん、そうね~、うちで働くなら……君は性格キツそうな美人で~、君はロリってとこかな~」
黒髪の人は勝手な事を言っている。
「アハハっ、ね、あなた達、女装似合いそうだし、あたし達と一緒に働かない?」
茶髪の人が誘ってきたが、ニューハーフになるつもりはない。
「いえ……、俺達は雑用でいいです」
「ああ、こらこら、そこでなにやってるの~、ハエみたいにたかるんじゃないの」
そうこうするうちに店長の蒲田がやって来た。
「やだぁ、店長ったら~、あたし達ハエ? 酷いな~、それより、この子達雑用じゃ勿体ないわよ、あたし達のメンバーに加えたらどう?」
茶髪の人は店長に俺達の事をお勧めする。
「なに言ってるの、この子達は浮島さんと霧島さんとこの所有物なんだから、勝手な真似は出来ないの」
「え、そうなんだ、どっちが霧島さん?」
店長が俺達の事を言ったら、黒髪の人が興味津々に聞いてきた。
「俺です」
俺だから、俺が答えた。
「名前は?」
すると、俺の前にやって来て顔を覗き込んくる。
「矢吹友也です」
「矢吹って……、霧島組の矢吹さんと同じ名前だね」
黒髪の人はテツの事を口にする。
「その友也君は、矢吹さんの息子なんだって」
店長は俺がテツの息子だとバラしたが、黒髪の人は目を見開いて驚いた顔をした。
「えっ、そうなの? あ、そっか……養子?」
黒髪の人は少し考えた後で聞いてきた。
「はい」
「なんだ~、びっくりした、隠し子がいたのかと思ったわ、でもあの矢吹さんが養子をね~、そうなんだ~、へえ」
俺が頷いたら、改めて俺の顔を覗き込んでジロジロ見る。
「あっ、じゃあ君が浮島さん?」
間近で見られて目のやり場に困っていると、茶髪の人がミノルに聞いた。
「は、はいぃ……」
「名前は?」
「さ、佐藤……ミノル……です」
ミノルは緊張していたが、ギリギリ答える事が出来た。
「ミノル君か~、あたしはアキナ、で、こっちはマリア、よろしくね」
茶髪の人は名を名乗り、黒髪の人の名前を言った。
「はい、じゃもういいでしょ? さっさと行った行った、開店までに上も下も、隅から隅までしっかり磨いときなさい」
店長はゲスいジョークを言って2人に行くように言う。
「やだ~、下も? アハハっ、わかりました~、マリア、行こ」
茶髪の人はケラケラと笑って黒髪の人と一緒に立ち去ったが、2人と入れ替わるようにハルさんがやって来た。
「や、どうも、早速来てくれて助かるよ」
昨日と同じように、オールバックに蝶ネクタイでビシッと決めている。
「あ、はい、お世話になります」
ようやくまともな人に会えた気がして、ほっとしながら頭を下げた。
「ハルちゃ~ん、あと頼める? あたし疲れてんのよ」
「はい、お任せ下さい」
店長は怠そうに言ったが、ハルさんはそれとは真逆にキビキビとした動きで会釈する。
「うん、じゃ、お願いね~、あ、そうそう、2人共バッグを預かるわ、金庫に入れておくから貸して」
店長は踵を返しかけたが、思い出したように振り返って言ってきた。
「はい、じゃあ、お願いします」
「大丈夫よ、盗ったりしないから」
俺とミノルがバッグを渡したら、冗談めかして言って店長室へ歩いて行った。
「えっと、それじゃあ、友也君にミノル君、行こうか」
「はい」
ハルさんに促され、ミノルと一緒に後について行ったが、着いたのは廊下の突き当たりで、掃除道具の入ったロッカーの前だ。
「昨日も言ったけど、モップや雑巾、掃除機も、道具はこの中に揃ってる、それで……掃除の時はこれを着てくれるかな?」
ハルさんはロッカーを開けて説明すると、俺達にエプロンのような物を渡してきた。
「あ、はい」
俺は早速手渡された布を広げてみたが、真っ白なそれは……裾にフリルのついた割烹着だった。
うちに居た時に、母さんや姉貴ですら割烹着をつけて料理をする事はなかったが、掃除をするのに割烹着はおかしい。
「っと……、あの、これは料理する時に着るものじゃ……?」
言いにくいが、一応聞かなきゃ気が済まない。
「いやいやそれは違う、さ、これもつけて貰うよ」
ハルさんは俺の質問を否定して、また白い布切れを渡してくる。
「あ、っと……、はい」
仕方なく受け取って広げてみたら……三角巾だった。
「あの……、これを頭に?」
普通のエプロンだけでいいと思うのだが……。
「割烹着に三角巾、これさえあれば完璧だ、割烹着は腕から体まですっぽり包むからね、スーツを汚さずに済む、さあほら、着てみて」
ハルさんはもっともらしい事を言って促してくる。
「は、はい……」
マネージャーが言う事には逆らえない。
渋々割烹着を着て頭に三角巾を巻いたが……小学校の給食当番のようだ。
「ぷっ、ちょっと……」
「友也君……、これ、料理屋の……女将さんみたい」
間抜けな格好が笑えたが、ミノルが悲しげな顔でボソッと呟いた。
「ぶはっ! アハハっ! ちょっとミノル、なははっ!
笑わせるな」
───吹いた。
ミノルだとガチで小学生に見えるが、茫然と立ち尽くす姿が堪らない。
「友也君、掃除する時は必ずそれを身につけるようにね、ああ、洗濯は各自でしてくれ、替えにもうひと組渡すから」
ゲラゲラ笑っていたら、ハルさんが真面目な顔で言ってきた。
ハルさんにとっては当たり前の事らしく、これまでも雑用係に割烹着と三角巾を渡してきたに違いない。
花車では防護服を着ていた位だ。
これ位、大した事じゃない。
「わかりました」
笑うのをやめて返事を返した。
「じゃあ、早速掃除をして貰おうかな、ステージと客席側を先に頼むよ、裏は後で出来るからね」
ハルさんは背筋を伸ばし、メガネをクイッと引き上げて言った。
「はい」
ミノルと手分けして必要な道具を持ち、踵を返して歩き出した。
「ふっ、くっくっくっ……」
背後でハルさんの笑い声が聞こえたような気がしたが、気のせいだと思ってステージの裏へ回り込んだ。
踏み台を踏んでステージに上がったら、雑巾をかけたバケツを床に置き、ミノルと一緒に床をモップで磨いていった。
それが済んだら、一緒に階段を降りて客席側の床を磨いていったが、大して汚れてない。
フロアをざっとひと回りして、ミノルの側に戻ってきた。
「ふうー、何の因果で……シャギーソルジャーの床を磨かなきゃならねぇのか、やれやれだぜ」
すると、三上が現れた。
「三上さん」
「おう、真面目にやってるぜ」
最近は出てくるのを楽しみにしているが、俺は何も言ってないのにわざわざ言ってくる。
「あ、はい」
「テーブル拭かなきゃマズいだろ」
決して楽しそうじゃないが、真面目に掃除をやる気になっている。
「はい」
花車でも掃除をしてたし、慣れてる筈だが、花車の場合は裏で朱莉さんに悪さをしたりしてたから、贖罪の気持ちがあってすんなりやれたんだろう。
けれど、ここは違う。
性的なサービスなしな上にニューハーフが働く店だ。
三上はきっと生きてた時に偉そうにして、ニューハーフをバカにしていたに違いない。
だから、その店を掃除するのは複雑な気持ちになるんじゃないか?
「ったくよー、雑巾はどこだ」
「あっ、ちょっと待ってください」
雑巾はバケツと一緒にステージに置きっ放しだ。
慌てて取りに行った。
「あら、新入り?」
階段を上がったら、従業員専用ドアが開いてニューハーフ軍団がぞろぞろと入って来た。
軍団は美女揃いだったが、物珍しそうにミノル兼三上の側へ歩いて行く。
「けっ……」
三上はウザイとばかりに、軍団をジロッと睨み返した。
「ちょっとまた割烹着、やだぁ~マネージャーったら、趣味悪~い」
「まあ~いいんじゃない、なかなか似合ってるわよ」
「ねー大丈夫なの? この子中学生に見えるわよ」
「やだぁ、ほんとね、ふふっ、じゃあさ~、やっぱり新品だよね」
ニューハーフ達は5人いたが、三上を見て口々に好きな事を言っている。
「なんだよてめぇら、邪魔だ、どっか行け!」
三上は苛立って口汚く怒鳴った。
「ちょっと、今の聞いた?」
「なにこの子、やけに口悪いわね~」
「るせぇ、お前ら支度はどうした、ここに何しに来たんだよ」
「あなた新入りでしょ、礼儀がなってないわね」
「ふんっ、知るか」
「挨拶も出来ないの? 名前くらい名乗りなさい」
「佐藤実だ、分かったら行け」
「やだわ、こんなに可愛い顔してるのに、喋るとやけにガラが悪いわね」
俺はニューハーフ軍団にビビってしまい、三上の側に行けずにいたが、このままほっとくわけにはいかない。
雑巾のかかったバケツを持ち、6人のそばへ歩いて行った。
「あら、もうひとり居たんだ」
「そう言えば、店長が2人雇うって言ってたわ」
ニューハーフ達は一斉に俺に注目したが、バケツを床に置いて頭を下げた。
「あの……はじめまして、雑用でバイトに来た矢吹友也といいます、宜しく御願いします」
「あら、この子は礼儀正しいじゃない、こっちの子とはちょっと雰囲気が違うけど、なかなか可愛いじゃないの」
ニューハーフのひとりが俺を褒めたので、上手いこと三上から意識を逸らす事が出来そうだ。
「んん? 矢吹って、霧島さんとこに矢吹さんがいるわね」
けど、テツの事を言い始めた。
「違ってたらごめんなさいね、あなた矢吹さんとなにか関係があるのかしら?」
「はい、俺は息子です」
「えっ、息子? なにそれ、隠し子?」
正直に言ったら、マリアと同じように誤解している。
「バカね、そんなわけないじゃない、息子ならもっと小さい子になるわ、養子じゃないの?」
「あ、そっか、ね、君は矢吹さんの養子?」
別のニューハーフが呆れ顔で言うと、確かめるように俺に聞いてきた。
「はい」
「ふーん、あの矢吹さんが養子か~、あの人、昔はイケイケだったのにね、マリアとも……」
「そうよ、あの時マリアはデビューしたてだったから、随分熱をあげちゃってさ~」
ニューハーフ達はあの黒髪のマリアの名前を出して、何やら怪しげな事を話していたが、どうやらテツは過去にマリアと付き合っていたようだ。
テツが遊んでいた事は知っているし、朱莉さんやカオリもいた。
ただ朱莉さんとはマジで付き合っていたようだから、ニューハーフのマリアはカオリと同じく遊びだったのか?
いずれにしても、ニューハーフにまで手を出していたのは、ちょっとショックだった。
「あのな、もういいだろ? 行けよ、俺らは掃除しなきゃならねぇんだ」
凹んでいると、三上がニューハーフ軍団に向かって言った。
「じゃあ君達、掃除が終わったら控え室に来てちょうだい」
ニューハーフのひとりが控え室に来るように言ったが、そういえば……着替えを手伝わなきゃならない。
「おう、わかった」
三上は偉そうに返事を返し、軍団は賑やかにお喋りしながら立ち去った。
急に静かになったが、俺はモップを掴んで突っ立っていた。
「おい友也、マリアの事が気になるのか?」
「あ、いえ……」
三上に聞かれてギクッとした。
「嘘つくな、あのよ~、矢吹が遊んでた事ぁ知ってるだろ」
「はい、知ってます」
「おめぇは朱莉やカオリにゃヤキモチを妬かなかった癖に、カマにはムカつくのか?」
「別にヤキモチを妬いたつもりは……」
自分じゃよくわからなかったが、朱莉さんやカオリの時には感じなかった、嫌な感情が湧き出してくる。
「いいんだよ、好きな相手と関係があったと聞きゃ、ヤキモチを妬くのは当たり前だ、むしろ、朱莉やカオリに対して妬かなかった事がおかしい、おめぇはバイだからそれでだろうが、俺から見て……おめぇは女にはあめぇな、姉ちゃんがいるからか?」
「そりゃ姉貴には……山ほどキツイ事を言われたし、使いっ走りにされた、でも俺は鍵っ子でいつも姉貴と一緒にいたから……、暇に任せて姉貴と話しをしたりしたし、姉ちゃんはなにかあれば俺の事を1番心配してくれた、だから、姉貴には内緒だけど……本当はありがたく思ってます」
「そうか、いい姉ちゃんじゃねーか、美人だしよ、まあ~けど、やっぱそういうのがあるからだな……、そもそもカマは男だ、それで対抗意識がわいてくるんだよ」
三上のいう事は当たってるような気もするが、はっきりとはわからない。
「うーん、そうなのかな~」
「ま、なにかありゃ相談しろ、矢吹に言えねー事も俺なら話せるだろ?」
でも、そんな風に言ってくれたら嬉しいし、気持ちが軽くなった。
「はい、わかりました」
気を取り直して掃除を続ける事にした。
店の掃除が終わり、一旦道具を片付けて割烹着を脱ぎ、三角巾もとって嬢達の控え室に行った。
さっきの5人はソファーに座っていたが、巨大なドレッサーの前にマリアとアキナが座っている。
「あら、友也君」
マリアが振り返り、手に口紅を持ってニッコリと微笑んだ。
「あ、さっきはどうも」
「こっちへ来て」
顔をあわせたくないのに、手招きして俺を呼ぶ。
「はい」
渋々そばへ行ったら、三上はハンガーの方へ歩いて行った。
「で、なんだ、ったく……、着替えか? 誰でもいい、早く来い」
三上はソファーの方へ向いて声をかける。
「じゃあ、あたし頼むわ」
「おう、早く脱げ」
アキナが立ち上がって三上の側へ行くと、三上は偉そうに命令した。
「やだ~、なんだかさっきと違う~、そ~んな子供みたいな顔して、案外ドSだったり? キャハハッ!」
掃除の前に現れていたのは本来のミノルだから、豹変したのを変に思われちゃマズいと思ったが、アキナは面白がっている。
「はしゃぐな、早くしろ」
「脱ぐけど~、ミノル君、どうしちゃったの急に」
これなら大丈夫か? と思ったが、やっぱり疑問に思ったらしい。
「俺はな、人格変わるんだ、今は別の人格だ」
俺から説明しようとしたら、三上は自分で説明した。
「えっ、そうなの?」
「ええっ、ちょっと~、なにそれ、どういう事?」
ソファーに座るニューハーフ達が興味を示した。
「多重人格ってやつだ」
三上は俺がいつも言っている事を口にする。
「え~、そうなんだ~」
「じゃあ、さっきのは大人しいミノル君って事?」
「おお、そうだ」
「じゃあ今は……柄の悪いミノル君?」
「おお」
「え~、多重人格って初めて見たわ、そんな風に人格が入れ替わるのね?」
「そういうこった、いいからさっさと脱げ!」
ニューハーフ達は三上を質問責めにしたが、三上は苛立ってアキナの服を引っ張った。
「キャー、強引、いいわ~悪くない」
「馬鹿野郎、ちんたらやってるからだ、このっ」
「あれ~、犯されるぅ~」
「ね、あたしもやって」
「馬鹿か、お前ら」
「ミノル君、ほらほら、引っ張って~」
「うぜーんだよ、このカマが!」
「キャッ、いや~ん」
アキナとその他のニューハーフ達は、三上の乱暴な振る舞いに興奮気味だ。
三上の周りに集まって勝手に服を脱ぎ始め、カオスな状態で着替えが始まった。
「ふふっ、あっちは盛り上がってるわね、ふーん、ミノル君は人格変わるんだ~」
マリアはその輪には入らず、口紅を塗った後で俺に話しかけてきたが、何もせずにじっとしているのは……居心地が悪い。
「あの、俺も着替えを手伝ってきます」
逃げ出す事にした。
「ああ、じゃあ……、ほら、座って」
だが、マリアは隣の椅子を引いて促してくる。
「はい……」
座るしかない。
「あ、後ろ、とめてくれる?」
「あ、はい……」
背中を向けてきたので、開きっぱなしのファスナーをひき上げた。
「これでいいですか?」
「ええ、ね、矢吹さんとは一緒に住んでるの?」
テツの元カノだし、聞かれるんじゃないかと思っていたが、やっぱりテツの事を聞いてきた。
「はい」
マリアにテツの事を話したくない。
「矢吹さん、前は組長さんのお屋敷にいたでしょ?」
なのに、マリアは嬉々として話し続ける。
「はい」
「じゃあ、マンションに移ったのね?」
「はい」
俺は余計な事を言わず、ただ頷いていた。
「今は彼のマンション?」
だけど、プライベートな事を聞かれるのは嫌だ。
「あの、そういう事はちょっと」
やんわりと断った。
「あら、どうして? なにか都合の悪い事でもあるのかしら?」
マリアは強気に聞き返してきたが、好奇心で聞いてきたカオリとは、何かが違う。
「俺はバイトで来てるので、個人的な事は勘弁してください」
「ふふっ、ひょっとして事務所の近くにあるマンション?」
まるで挑戦するかのようにしつこく聞いてくるから、イラッとしたが、マンションの事を言われてズキッときた。
「あの、話したくないので……」
マリアはあのマンションの事を知っている。
知ってる理由を考えたら……憂鬱になってきた。
「あら、そお……、わかったわ、それじゃあ……、矢吹さん、元気にしてる? 前はあちこち顔を出してたけど、最近はめっきり見かけなくなったから」
それでも……マリアは話をやめようとはしない。
「すみませんが、プライベートな事を話すつもりはありませんので」
我慢できなくなってキツめに言った。
「あらら、怒らせちゃった? ふふっ、やだなムキになって~、か~わいい~」
なんだかおちょくられてるような気がしてきた。
「っ……」
「ちょっとマリア~、行くわよ」
ムカついて顔を背けたら、アキナがマリアを呼んだ。
もう着替えは終わったらしい。
「は~い、じゃ、友也君、あとでお店に来てね」
マリアは立ち上がり、屈み込んで顔を近づけてきた。
「え、わ……」
柔らかな唇が頬に触れ、びっくりして固まった。
「やだ、この子、意外とウブよ~、キャハハッ!」
マリアは面白がってケラケラ笑い、みんなと一緒に部屋から出て行ったが、俺は腹が立つやら情けないやら……で、フリーズしていた。
「おい、大丈夫か?」
三上がやって来て顔を覗き込んできた。
「うう……、ほっぺたにチュウしていいのは……カオリだけなのに」
ほっぺたが穢された気がする。
「ん、カオリ? おめぇは矢吹じゃねーのか、つかありゃ水野とくっついてるぞ」
「テツは当たり前過ぎるから……省きます」
こういう時のチュウは別物だ。
「当たり前過ぎるだと? コノヤロー、ちゃっかりイチャコラしてんじゃねーか、ほら、拭きな、キスマークがべったりついてるぜ」
「あ、すみません……」
三上にティッシュを渡され、思いっきりゴシゴシ拭いた。
「おめぇはな、マリアになめられてる、ガキだと思って見くびられてるんだよ」
「そうですか……ガキですか」
三上に言われて溜息が漏れた。
「ま、気にするな、それよりどうするよ?」
けれど、今はやらなきゃいけない事がある。
「あ、そうですね……、みんな店に行っちゃったし、店に出た方がいいっすかね?」
「だな、掃除は済ませたし、接客は奴らがやるから楽だ」
「じゃ、店に行きますか……」
嫌な事は考えないようにした。
「おう、そうしようぜ」
三上と一緒に店に行ってみた。
ハルさんに言われたように、三上と並んで隅っこに立っていたが、既に客が数人来ていて席に座っている。
「ん、あの子達は……見かけない子だね」
1番近いテーブルにつく客の男が、俺達を見て言った。
「ああ、あの子達は雑用よ」
「へえ、なかなか可愛いじゃないか、貞子、ちょっと呼んでくれ」
口元にホクロのある嬢は貞子という名前らしいが、貞子が説明したら、リーマン風のオッサンは嫌な注文をつけてきた。
「やだ~もう、あの子達はメンバーじゃないの、あたしじゃ不満なの?」
貞子はヤキモチを妬くように言ったが、俺達から気を逸らさせようとしているように感じた。
だが、それから後もおっさんはしつこく食い下がり、俺と三上は、結局おっさんのいるテーブル席に座る事になった。
「ああ、近くで見てもやっぱり可愛いね」
おっさんの隣に座ったら、貞子は酒のおかわりを持ってくると言って席を離れた。
俺は貞子に居て欲しかったが、貞子がカウンターの方へ歩いて行くと、おっさんは俺の手を握ってきた。
「名前は?」
名前を聞いてきたが、おっさんの手を振りほどいた後で答えた。
「友也です」
「はははっ、そうか、そっちの少年は?」
おっさんは誤魔化すように笑ってミノルの事を聞いたが、三上は俺の隣でそっぽを向いている。
「ミノルです」
代わりに俺が答えたら、また手を握ろうとする。
「っ……」
体を三上の方に反らして避けたが、おっさんは全くへこたれない。
「そうか~、年はいくつ?」
ニヤついた顔で肩を抱いて聞いてくる。
「俺もミノルも20歳です、あの……、そういうのはやめてください」
「ははっ、ただ肩に手を置くだけで、大袈裟だな~」
肩の手を振り払って言ったが、おっさんは懲りずにまた肩を抱こうとする。
「ちょっと……やめてください、俺達はそういうのは無しです」
「少し位いいじゃないか~、な?」
ハッキリと拒絶してるのに、酔いも手伝ってか、おっさんはやめようとしない。
「おい、おっさん、さっきから何やらかしてる、友也にちょっかい出すんじゃねー!」
参っていると、三上がブチ切れた。
「んん、ミノル君~、なにを言ってるんだ?」
おっさんはポカンとした顔をして聞いた。
「はーい、お待たせ~」
そうするうちに貞子が戻ってきた。
「おい、貞子~、こっちのミノル君が生意気な口をきいたぞ」
おっさんは貞子に文句を言ったが、貞子は運んできたグラスをテーブルに置くと、いきなりおっさんに抱きついた。
「もう、浮気しないって言ったじゃない、見てたわよ、友也君にちょっかい出してたでしょ?」
貞子はカウンターから俺達の様子を見ていたようだ。
「い~や、なにを言う、そんな事してない、気のせいだ」
おっさんは赤ら顔ですっとぼけた。
「あたしに言い訳は通用しないわよ、浮気したら~こうだから」
貞子は持ってきたグラスを口に運び、酒を口に含んで……おっさんにキスをした。
「お、ん"~!」
おっさんはジタバタ藻掻いたが、貞子は二の腕に力こぶを浮き立たせておっさんを抱き締めた。
口移しだ……。
俺もたまにテツにやられるが、もしかしてテツは……アレをここで習得したんじゃ?
貞子の濃厚なキスを目の当たりにするのは耐え難い。
立ち上がって席を離れたら、三上もついてきた。
「おい友也、俺も行く」
厄介な客に絡まれて気分が悪くなったので、従業員専用扉から外に出て、誰もいない廊下を歩いて控え室に入った。
しかし、営業時間中なのに何故かマリアがいる。
「あら、あなた達」
マリアはハンガーの側に立って下着姿になっていた。
この後、20分位したらショータイムになるから、ショーに出る為に早めに着替えてるのかもしれないが、即座に目をそらした。
「ちょうどいいわ、友也君~こっちに来て」
なのに、一難去ってまた一難だ。
マリアが俺を呼ぶ。
「待て、着替えなら俺が手伝う」
勘弁してくれって思っていると、三上がマリアのそばへ歩いて行った。
「あ、それ、そのドレスよ、そうそう」
マリアは別にミノル兼三上でもかまわないらしく、ハンガーにかかるドレスを指さした。
「おお、これか」
三上はハンガーからドレスを外し、マリアの着替えを手伝い始めたが、俺の気持ちを考えて俺の代わりにやってくれたんだろう。
『三上さん、ありがとう』
心の中で呟いた。
「ね、あなたは浮島さんって言ったわよね? 世話になってる相手は誰なの?」
マリアはスケスケドレスに足を通しながら質問する。
「日向だ」
三上はグイッとドレスを引き上げて言った。
「ん、若頭なんだ、へえー、じゃあ、2人共~迂闊に手を出せないわね、残念、ふふっ」
マリアは意味深な事を言って髪を束ね、上に持ちあげてひと纏めにした。
「ほらよ、もういいか?」
三上は背中をとめ終え、手をおろして面倒臭そうに聞いたが、マリアは近くの丸椅子に片足を乗せた。
「うーん、あとここ……ガーターベルトの付け根のところがズレてるの、ね、直して」
裾を捲りあげて三上に言ったが、細い足にはガーターベルトが巻かれている。
「んだよ、そんなのてめぇでやれ」
スタイルがいいからそれなりにエロいが、三上は露骨に嫌そうな顔をする。
「ミノル君は~バイトでしょ? これもバイトのうちじゃないの、ね、ほら~、早く」
けど、マリアはどうしてもやらせたいらしい。
「ちっ、わかったよ、ったく……」
三上は舌打ちすると、際どい箇所に手を突っ込んだ。
「いや~ん、そこはだめ~」
なんとなく予想はついていたが、マリアはわざとらしく恥じらってみせる。
「お前、チンコついてんじゃねーか」
どうやらナニを拝んでしまったようだが、巨乳にナニとくれば、親父さん&シーメールが浮かんでくる。
「ふふっ、そう……、だって~、切るのは痛いし~、あたしは切らなくても、注射でもつの」
マリアはすぐに裾を戻したので、どうやらソコを見せるのが目的だったらしい。
「ああ、そうか、そりゃ良かったな、もういいだろ」
三上は興味無さそうに言って、俺の方へ振り向こうとした。
「ふふっ、お礼をしなきゃ、ミノル君~」
ところが、マリアは三上を抱き寄せた。
「なにしやがる、よせっ、いらねぇ、近寄るな!」
三上は必死に藻掻いて逃げ出そうとしているが、背の高いマリアにとって、小柄なミノルを押さえつけるのは簡単な事だ。
「ちょっと~、暴れても無駄よ、ふふっ」
「やめろー! 俺はカマは嫌いだ、この野郎っ!」
助けたいが……足が固まって動けない。
「諦めて~おとなしくしなさい」
マリアは三上の顔を両手で挟み、唇にダイレクトアタックした。
「ん"~ん"~! ん"ん"ん"~!」
三上は呻いていたが、俺はマリアに近づきたくない。
『三上さん、ごめん……』
惨状から目を逸らし、心中でひっそり謝った。
「はあ~、ご馳走さま~、ふっ、柔らかい唇~」
マリアは思いっきり吸いついて三上を離した。
「ううう……」
三上はふらっとよろついて、丸椅子に寄りかかった。
「ミノル……!」
急いで走って行き、肩を抱いて支えた。
「大丈夫か?」
「だめだ……生気を……吸い取られちまった」
三上は口紅塗れの顔で弱々しく言う。
「ふふっ、じゃあね~」
マリアはニッコリと微笑んで部屋から出て行った。
「三上さん……、ほら、座って」
「お、おお……」
取り敢えず、ミノルの体を支えて丸椅子に座らせた。
「マリアさんって……、ヤバいですね」
テツはよくあんな人と付き合えたものだ。
俺には到底理解出来ない。
「あいつらは……みなあんな感じだ、俺はこの店にゃたまにしか来なかったが、元の姿の時は……あいつら、睨みつけるだけで逃げ出した、けどよ、ミノルじゃどうにもならねぇ、見ろよ、この腕、筋肉なんかねーぞ、それに、あんまり動いたら息切れするんだ」
三上は腕を晒して口紅を拭い、悔しげにぼやいた。
「ミノルは虚弱体質だから仕方ないです、けど……三上さんがミノルに憑依したから、俺はこんな風にあなたと仲良くなれた、だから俺にとっては有難いです」
俺はミノルで良かったと思う。
「なに言ってる、有難いのはむしろ俺の方だ、親父や若に会えたのは……おめぇのお陰だからな」
憑依してるのが三上だと気づいた時、改心する事を期待してタバコを渡したが、それはただのきっかけに過ぎない。
「いえ、俺は煙草を出しただけで、どうするか決めたのは、あなたです」
「煙草か……、ああ、お前に貰った煙草を吸った時、あんときゃ最高の気分だった、だからよ、つい『また煙草をよこせ』と言っちまった、もうな、成仏してやらねぇからな、ミノルの体を借りてお前に付き纏ってやる」
「あははっ……、いいですよ、三上さんは俺の身代わりになってチューされたし、滅茶苦茶助かります」
「こいつ、ちゃっかりしてるじゃねーか、へへっ、ったくよ~、さっきのチュウは参ったぜ、次はぜってーやられねーようにすっぞ」
「プッ……クックッ、は、はい……」
三上の変わり様には笑えるが、もしも出会った時からこんな人だとわかっていたら……。
堂々巡りな事が頭に浮かんでくる。
「なんだよ、なに笑ってる」
「いえ……、なんでもないです」
「嘘つくな、俺がマリアにキスされたのが笑えるんだろう、この野郎……、口直しにやらせろ」
「ん?」
一瞬意味がわからなかったが、三上はすっと立ち上がり、背伸びして顔を近づけてくる。
「なんだ、やっぱり嫌か?」
嫌か? と聞かれて何をするつもりなのかわかったが、マジな顔で聞かれたら……断れない。
「いえ……、いいっすよ」
OKしてじっとしていると、三上はか細い腕で俺を抱き締めてきた。
ミノル兼三上にキスされるのは、毎度不思議な気持ちになるが、ミノルは背が低いから少しだけ屈み込んで唇を重ねた。
華奢な体をハグしたら大胆に舌を入れてきたが、そこは三上ならではだ。
ギュッと抱き締めてやると、三上も抱き締め返してくる。
自然とキスにのめり込んでいたが、ヒールの音が聞こえてきたので慌てて離れた。
「やだぁ~、あなた達何やってんの、ふふっ、いいのかな~、今の……、ひょっとして浮気?」
まさか戻って来るとは思わなかったが、マリアがニヤニヤしながら俺達の方へ歩いて来た。
今のを見られてしまったらしい。
「あ、あの……」
なにか言い訳しなきゃと焦ったが、マリアを見たら言葉が出て来ない。
「バーカ、キスぐれぇ挨拶みてぇなもんだ」
すると、三上が言った。
「挨拶? 本当にぃ~? ガッツリ抱き合ってたじゃない」
マリアは意地悪くニヤついている。
「るせーな、俺らはツレで親友だ、おめぇは口出しするな」
三上はキレ気味に言い返した。
「あら、そう……、へえー、じゃあさ、あたしも仲間に入れてよ」
だけど、マリアは面白がっているようだ。
「けっ、冗談言うな!」
さっきみたいに三上を抱き締めようとしたが、三上はすっとしゃがみ込んでマリアを避け、ハンガーの所に走って行った。
「ちょっと~、なに逃げてんのよ~、キャハハッ!」
マリアは余計に面白がって三上を追いかけて行く。
「うっせー、来るな!」
ミノルは力がないから捕まったら最後だが、体が小さいだけにハンガーの下をくぐり抜ける事が出来る。
「ふふっ、鬼ごっこ? 待ちなさいよ~」
「来るんじゃねー!」
「キャハハッ! かーわいい、恥ずかしがらなくていいのよ~」
「誰がっ! お前にチューされんのは懲り懲りだ」
「あははっ、そんな事言わないの~」
逃げる三上に……追いかけるマリア。
2人はハンガーの周りをぐるぐる回り、追いかけっこをしている。
「友也、来い! 外に出るんだ、バケモンに生気を吸い取られちまうぞ!」
俺は唖然としていたが、三上はドレスの下から顔を覗かせて叫んだ。
「あっ、は、はい……」
ハッとして急いで出口に向かったら、三上もダッシュでやって来た。
「行くぜ!」
「なに人を化け物扱いしてんのよ~、まったく」
マリアは文句を言っていたが、三上と一緒に部屋から飛び出すと、店に向かって全力で走った。
ショータイムの前にどのみちまた控え室に来なけりゃならないが、マリアがハイテンションになってるし、今は緊急避難をするしかない。
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