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101Thank you for loving me all the time(微妙な展開と嫌な再会)
◇◇◇
バイト初日はクタクタになった。
着替えを手伝うのは思った程たいした事はなかったが、マリアの存在がキツイ……。
テツが迎えに来てくれたが、ミノルと別れて車に乗ったら、すぐにシートを倒して背中を預けた。
ガラス越しに見える小さな夜空を眺めていると、色んな事が頭をよぎった。
俺はテツが迎えにくると電話してきた時に、テツとマリアが顔をあわせる事を危惧したが、故意か偶然か、迎えに来た時にマリアは俺達の前に姿を現さなかった。
「おい」
うつらうつらしていると、不意に声をかけられた。
「んー?」
「お前、寺島になにかされたのか?」
気の無い返事を返したら、寺島の事を言われてヒヤッとした。
「いや、なんにもねーし」
できるだけ平静を装って返した。
「嘘だな、隠すんじゃねーよ」
テツは疑ってくる。
「隠してねー」
「あいつを庇ってるのか?」
「庇ってねぇし」
「正直に話した方がいいぜ」
こんな風に疑うのはいつもの事だが、今日はやけにしつこい。
「マジでそんなんじゃねーって」
「あのな、俺もあいつの事はよくわかってる、殴ったりしねぇから、本当の事を言ってみろ」
殴らないと聞いて一瞬気持ちが揺れたが、やっぱりダメだ。
「なんにもねーって」
「そうか、だったら言うが……、水野から聞いたぜ、寺島がお前に迫ってたそうじゃねーか」
「えっ……」
のらりくらり誤魔化そうと思っていたが、水野があの時の事を話してしまったようだ。
寺島並みに連絡が早い。
恐るべし……ヤクザ間の連絡網。
「おい、やっぱりちょっかい出してんじゃねーか」
感心してる場合じゃなかった。
マズいと思ったが、しらを切るしかない。
「あれは、ちょっとふざけてただけだ」
「ふざけてただと? ほお、水野から聞いた話じゃそんな感じにゃ思えねーが、どうしても言わねーつもりだな」
「本当になにもねー」
「だったら、寺島に聞くまでだ、ちょいと強引にいくか」
だが、また嫌な事を言い出した。
「ちょっと……、さっき殴らねーって言ったじゃん」
「それはおめぇが正直に白状したら……の話だ」
「ひでぇ、そんなの脅しじゃねーの」
「じゃ、言え」
あんまりしつこいから、段々腹が立ってきた。
言わずにおこうと思っていたが、もう……言ってやる。
「なんだよ、俺ばっか疑って……、あんただってマリアと付き合ってたんだろ?」
「ほお、マリアから聞いたのか」
「ああ」
「という事は……寺島となにかあったんだな?」
「自分の事はスルーするわけ?」
「おお、あいつとはとっくの昔に終わった、おめぇは現在進行形だ、どっちがやべぇかわかるよな?」
確かに終わった事を出しても意味が無いかもしれないが、寺島とは寝てない。
意地になって隠す必要はないんだが、ここであっさり白旗をあげるのは……なんかムカつく。
「だから、寺島さんとはなにもねーって、それより……よくあんなカマと付き合えるよな、信じらんねー」
「おい、ちょっと待てコラ」
テツは急にスピードを緩めると、車を左に寄せてとめた。
「な、なんだよ……、なに止めてんだよ」
ちょっとびびった。
「おいコラァ、おめぇ妬いてんのか?」
腕を乱暴に掴んで聞いてきたが、キレ気味に聞かれたら余計にモヤモヤした気持ちになる。
「誰があんな……、あんなのと付き合う気がしれねーって、そう思っただけだ、惚れてたんじゃねーのか?」
かっこ悪いってわかっていたが、マリアは美人だし、どうしても妬ける。
「ちょい待て、なあ友也、俺は過去のこたぁ正直に話したよな?」
「そりゃ、まあ……」
「よし、じゃあ、マリアの事も話してやる、マリアはな、親父が気に入って店に連れてきた、俺は親父について行った時にあいつと会ったが、その後で何度か付き合っただけだ、どうよ、正直に話したぜ、文句あっか」
テツは軽く付き合っただけのように言ったが、俺は引っかかる事がある。
「でも……たったそれだけの付き合いで……、俺達が住んでるあのマンションの場所を知ってるんだ」
「マンション? おお、マリアに話したかもしんねぇが……、それがどうした、そんだけでヤキモチか?」
だが、テツはさらっと言った。
「っ、そんなんじゃ……」
全然スッキリしなかったが、そんな風に言われたら……ぐうの音も出ない。
「じゃ、マリアの事ぁいいな、話を戻すぞ、寺島だ、さあ言え」
テツは再び尋問を開始したが、モヤモヤした気持ちが口を重くさせる。
「本当に……なにも無い」
「いい加減にしねぇか! 宴会の時は追求しなかったが……、ようし、わかった」
しらを切り通すつもりだったが、テツはいきなりブチ切れて声を荒げ、そのまま車を出そうとする。
万一寺島が殴られたりしたら……さすがに気の毒だ。
「わかった、言う! 言うから……待って!」
完敗だ。
全部話す事にした。
「よし、言え」
だけど、念の為確認しておきたい。
「話したら、ほんとに寺島さんを殴ったりしねぇ?」
「ああ、約束する、早く話せ」
「わかった、あの……寺島さんに……、押し倒された事がある」
「おお、で? やっちまったのか」
「いや、ヤバかったから、マズいと思って玉をギュッと……」
「ほお~玉をな、でー、問題はそっから先だ」
「やってねー、俺、金的みたいなそんな卑怯な真似はしたくなかった、でも……寺島さんがあんたの事を崇拝してるのは事実だし、俺のせいであんたとの関係にヒビが入ったら……そんなの嫌だ、だから、絶対に一線を越えちゃ駄目だと思って」
「なるほどな~、てこたぁ~、寺島は生殺し状態ってわけか……、それで怪しげな真似をするんだな、おめぇ、それ1回きりじゃねーだろ」
「俺が女装したから……それがきっかけになった、あんたが調子に乗って変な格好させるからだ」
「知るかよ、まさかあいつがそっちに行くとは思わなかったんだ、でー、どうなんだ? なんべんも迫られたんじゃねーのか?」
「ああ、だからその……、キスだけなら許すって条件で……そういうのは無しにしてくれって言った、朱莉さんの事で寺島さんに世話になってた時にキスされたけど、マジでそれ以上は無い」
「あのな……何やってんだよ、寺島の奴、イブキに手ぇ出しておめぇにまでちょっかい出してたのか」
「あの……、イブキと付き合い出してからは……なくなった」
「ちっ……、ったくよー、しょーがねー奴だな、寺島は送迎から外す、これからはケビンに行かせるからな」
取り敢えず、なんとか納得してくれたようだ。
「わかった……」
「おい」
ホッとしたら、いきなり腕を引っ張られた。
「わっ……、な、なんだよ……」
バランスを崩してテツの方へ倒れ込んだが、まだ疑うつもりなら、もう勘弁して欲しい。
「浮気すんじゃねーぞ、もししたら……身の毛もよだつような恐ろしい事が起こる、わかったな?」
でも、違ったようだ。
テツは耳元で脅すような事を言ったが、ドスのきいた声で言われたら、背すじが寒くなってくる。
身の毛もよだつような変態プレイは……ごめんだ。
「わ、わかった……、絶対しねぇ」
力強く頷いたら、テツは車を出した。
マリアとの事は若干引っかかるが、寺島との事を明かしたから、これからは寺島の事で気を使わずに済む。
マンションに帰ったら、真っ先にシャワーを浴びる事にしたが、テツはすぐにやれるように準備しろと言う。
正直そういう気分じゃなかったが、テツはやると言いだしたら意地でもやる。
指図に従って準備を済ませ、シャワーを浴びた。
伸びすぎた髪が鬱陶しい。
水圧をMAXまであげて目を閉じると、顔を叩く湯の感触がやたら心地いい。
立ち上る湯気の中でうっとりとしていたら、突然後ろからガシッと抱き締められた。
「わっ!」
びっくりしたが、温かな素肌が背中に密着し、逞しい腕が体を包み込んでくる。
「テツ……びっくりするじゃん」
話しかけたが、テツは黙ったままだ。
不思議に思って振り向こうとしたら、乱暴に壁に押し付けられた。
「うっ! ちょっと……」
咄嗟に両手をついたが、ケツに腰を押しつけてくる。
「なに、いきなりやんの?」
ケツの割れ目に熱い塊が押し当てられ、狼狽えてるうちに体を貫かれた。
「う"っ! んううーっ!」
ローションは塗ってあったが、鞭で打たれたような衝撃が走った。
「あっ、くっ、待っ、待って……!」
こんないきなりやられるとは思ってなかったので動揺したが、後ろからガンガン突き上げられたら、身体中が痺れたように麻痺する。
「はっ、はうっ! あっ、あっ、ああっ!」
テツは腰を両側からしっかりと掴み、荒々しく竿を往復させるから、体が大きく揺れて頭が浴室の壁にコツコツぶつかった。
「ハァ、うっ、くっ、んんっ!」
出しっぱなしのシャワーが湯気を生じさせ、浴室内の熱気はぐんぐん上昇する。
「おい、おめぇは俺専属の奴隷だ~、ああ、たまらねぇ、ナニを締め付けてきやがる、おいコラァ、好きだと言え、言ってみろ」
テツはようやく喋ったが、顔を近づけた時に酒の匂いが漂ってきた。
「酔ってる……のか……、はっ、はあ、あっ!」
酔っ払って乱入してきたらしいが、滅茶苦茶に突かれて体が反応し始めた。
「あっ、う"っ、くうっ!」
「なあオイ……、早く言えよ」
テツは起立したナニを捕え、慣れた手つきで扱いてくる。
「んんっ、はあっ、イク……」
中を突かれながら扱かれちゃ、ひとたまりもない。
「す、好きだ……、んううっ!」
要求通りに答えた瞬間、体液が壁に飛び散った。
「おお~、いいぞ、よし、種付けすっぞ」
快感と熱気で頭がぼーっとしていたが、テツは腰を持ってガンガン突いてきた。
「はあっ、あっ! あっ! ああっ……!」
頬を壁に押し付けて熱い蒸気を吸い込んだら、体の中をぐちゃぐちゃに掻き回され、頭がイカレそうな程気持ちいい。
「イクぞ、そ~ら、孕め!」
「っぐっ! ん、あぁっ……!」
ズンと突かれて息が詰まった。
「おいコラ奴隷~、気持ちいいか、あぁ"?」
テツのナニがビクビクするのがわかる。
「ハァハァ、あぁ……テツ」
手を後ろに伸ばして密着する腰を弄った。
「この野郎~、いっつも心配かけやがって」
大きな手が俺の顔をグイッと捻り、苦しい体勢で唇が重なってきた。
「ん……」
テツの乱暴なやり方に呑まれてしまい、自ら唇を欲しがったら、テツはキスをやめて竿を抜き去った。
「んだよコラァ~」
「うっ……」
竿がズルッと抜け出す時に、乱暴に摩擦された襞が痛んだが、テツなら許せる。
俺はヤクザなこの男が……どうしようもなく好きだ。
「はあ……、へへっ、友也ぁ~、チューしてやっからよ」
反対に向き直ったら、テツは両手を壁についてキスしてきた。
「んん……」
背中を抱き締めて唇を貪った。
馬鹿みたいに興奮して舌を絡めあっていると、体内から生温かな体液が溢れ出し、太ももを伝い流れていった。
這うようにつーっと下へ流れ落ちる感触は、やたら擽ったく感じたが、その擽ったさは興奮を煽っていた。
◇◇◇
翌日、目を覚ましたらテツは居なかった。
ゆうべは……浴室からベッドに場所を移して好きなだけ求めあったので、体が異様にだるく、腰に鈍い痛みが残っている。
起き上がってソファーの所へ行くと、テーブルの上にメモが置いてあった。
『行きも帰りもケビンだ』
達筆な文字で短いメッセージが書かれている。
「またかよ……」
テツはメールが好きじゃないから、たまにメモを残して外出するが、勉強なんかろくにしてない筈なのに、どういうわけか字が上手い。
この感じだと、多分今日は帰って来ないだろう。
「はあ~あ」
ゆうべはハイになって抱き合っただけに、なんだかガックリくる。
でももう昼だし、夕方にはケビンが迎えに来るから、あと数時間我慢すれば、孤独から解放される。
そういえば、ケビンは姐さんとあっさり別れていたが、テツから聞いた話によると、親父さんとは相変わらず関係を持ってるらしい。
それにしても……、親父さんのタフさには驚く。
サプリメントを飲んでると聞いたが、還暦過ぎてるのによく次から次へと付き合えるものだ。
テツは浮気するなと言ったが、田上組長宅へ行く前の事はデリートして、組長邸から帰還した後から……って事で考えたとしたら……。
俺は親父さんと寝たし、ミノル兼三上とキスをした。
『テツ、ごめん……』
こっそり懺悔した。
まあでも、キスくらいは構わないだろう。
それに、親父さんと寝たのは無理矢理だが、俺は正直言えば……そんなに嫌じゃない。
だからといって、好んで抱かれたいと思ってるわけじゃないが、テツが親父さんを尊敬するように、俺も親父さんを慕っている。
だから、たとえ無理矢理だとしても、腹を立てる気持ちにはなれない。
あれはある意味『おつとめ』だ。
兎に角、腹が減ってきた。
なにか食おうと思って立ち上がったら、ピンポンが鳴った。
ここ最近はテツの言いつけを破り、玄関のドアを開けるのが定番となっている。
「はい」
「やあ友也、ははっ、良かった、居たんだな」
すると、ケビンが笑顔で立っていた。
「あ、はい、あれ? でも……まだちょっと早くないですか?」
「ああ、早い、暇だから来た、兄貴は留守だろ?」
「あっ、はい」
「お邪魔してもいいかな?」
「っと……、今起きたばっかで、頭ボサボサだし、服もこんな感じでヨレヨレだし、それでもよければ……」
「はははっ、ああ、構わないよ」
「あ、じゃあ、どうぞ」
部屋はそんなに散らかってないが、ひとまず上がって貰い、ソファーに座って貰った。
「あの珈琲いれますから、すみません、ちょっと待ってて下さい」
「ああ、悪いね、気を使わなくていいよ」
「ええ、はい」
返事を返し、珈琲メーカーを作動させて急いで顔を洗いに行った。
それが済んだらクローゼットの前で着替え、クシャクシャになったシーツをなおした。
「すまないな、バタバタさせて……、んん、新しいドールがあるね」
「あ……、はい」
ケビンの声がして振り向いたら、ケビンはいつの間にかこっちへ来ていたらしいが、ドールの方へ歩いて行った。
テツはあれからず~っと、ヒロシとセイコをベッドの横に置いている。
4Pはまだ実現してないが、2体に褌を巻いて壁際に座らせ、ヒロシのバズーカ砲はつけたままだ。
ヒロシはセイコの肩を抱いた格好で、2体仲良く並んで座っているが、バズーカ砲は当然褌内におさまらない。
「男で外人だな、なかなかいい体をしてるじゃないか」
ケビンは2体の前にしゃがみ込み、興味ありげに眺めているが、俺はもう完全に冷めている。
「それ、テツの趣味です」
事実を口にするまでだ。
「兄貴の趣味か、ぷっ、クックっ……、それにしても随分立派なモノがついてるな、これは褌だろ? 入りきらないじゃないか」
「それもテツが選びました」
「しかし裸に褌、面白いな、写真を撮っておこう」
ケビンはすっと立ち上がり、上着のポケットからスマホを出して、2体の写真を撮り始めた。
「っと~、一応言っておくと、女はセイコで男はヒロシです」
「ああ、セイコ……、そうだったな、男はヒロシか、外人なのに名前は日本人なんだ」
「ええ、意味不明です」
シーツを整え終えて、振り向きながら答えた。
「はははっ、まあ、いいんじゃないか、それより友也……、寺島の兄貴となにかあったのか?」
ケビンは俺の前に立って聞いてくる。
「あ、まあー、兎に角……珈琲出しますから、座っててください」
テツが送迎はケビンだけにすると言ってたし、ケビンは急に自分が頼まれて不審に思ったんだろう。
取り敢えずソファーに座って貰って、珈琲を用意した。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ケビンの前に珈琲カップを置いたら、ケビンは爽やかな笑顔を浮かべて礼を言う。
「いえ……」
俺は向かい側に座ったが、寺島とのゴタゴタをケビンに話すつもりはない。
自ずとテンションが下がった。
「うん、美味しい、で、さっきの話だが、どうなんだ?」
ケビンは珈琲をひと口飲んで聞いてきたが、言い訳を考える余裕は充分あった。
「あの……、大した事じゃないんです、俺は浮島さんとあんな事があったし、テツはちょっと神経質になってる、それであなたに頼んだんです」
「そうか、確かにあんな事があったら、何かと心配になるだろうね、いや、それならいいが……、友也、君にだけ話すが、俺から見ても、寺島の兄貴はかなり遊んでるようだ、だから疑ったんじゃないかな、こんな事を言ったら悪いが……寺島の兄貴はそういう事に関しては少々だらしないように感じる、今のところトラブルはなさそうだが、女はヤバい、貢がせてる女もいる、しかも、俺は兄貴が女を殴るところを見てしまった、あれはよくない」
ケビンはしつこく聞かなかったので良かったが、代わりに寺島の素行について話した。
「俺もそう思います」
「ん、知ってたのか?」
「はい」
「そうか、まあー俺は立場上なにも言えないから、どうしようもないが、恨みを買うような真似は避けた方がいい、それに、気に入った女がいたらやたら手を出すのも危険だ、万一他所の組の持ち物だったら、ただでは済まないからな」
女に関してはテツも注意を促していたが、本人がセーブしなきゃどうにもならない。
「ですね……」
ため息混じりに返したら、またピンポンが鳴った。
「あの、誰か来たようなので、ちょっとすみません」
ひと言断って玄関へ向かったが、なんだかドアの向こう側が騒がしい。
「あっ……」
ドアを開けると水野が立っている。
水野は来た事があるから驚きはしなかったが、亀谷も一緒にいたのでドン引きした。
けど、よく見たら2人の後ろにカオリが立っていた。
「へへっ、友也、挨拶に来たぜ」
水野は挨拶しに来たと言ったが、『挨拶ってなんだ? ジョークのつもりか?』とか思った。
つーか、俺は亀谷とは会いたくない。
「え、あ、はい……」
「よお、久しぶりじゃねぇか、へへっ」
亀谷はニヤニヤしながら言ったが、俺にあんな事をして、よく平然とやって来られるものだ。
「あの……、はい」
話しかけられて困惑した。
「友也、俺はここに住む事になった、ご近所さんってわけだ、へへー、で、報告しに来たんだ」
すると、水野がびっくりするような事を言った。
「ご近所さん? 冗談……ですよね?」
「カオリ、来い」
「あ、うん……」
水野はカオリを呼び、カオリは俺の前にやって来た。
「カオリさん、水野さんが言った事……本当ですか?」
カオリに聞いたら、困ったような顔をして俺を見る。
「あのー、あたし……結婚したんだ、水野君と」
「えっ?!? あっ……、そ、そうなんですか?」
昨日会った時に、水野はまた電話すると言ったが、まさか籍を入れているとは思わなかった。
「昨日は話す暇がなかったからな、直接挨拶に来たんだ、これは矢吹に、それとお前には……、カオリ」
水野は俺に紙袋を差し出し、カオリに声をかけたが、俺は紙袋を受け取りながら軽くショックを受けていた。
「友也君、ケーキ好きでしょ? だからつまんない物だけど挨拶に……どーぞ」
カオリはケーキの箱を差し出してくる。
「あ、その……、ちょっと待って下さい、という事は……マジでここに?」
結婚したのはわかったし……。
ちょいショックではあるが、これで良かったんだと思った。
思ったが、ご近所さんになるって……ここは霧島組の親父さん所有のマンションだ。
浮島組の水野が住めるのか疑問に思った。
「おお、マジだ、カオリと一緒にここに住む、1番下、1階だ、引越しはまた今度だがとりあえず挨拶だけ済ませようと思ってな、亀谷が一緒に来たのはちょいと用があってこれから一緒に出なきゃならねぇ、それで亀谷もついて来たんだ」
水野は亀谷の事を説明したが、水野とカオリが同じマンションに住むのは本当らしい。
「あのーでも、ここは霧島の親父さん所有なんですが……」
聞かずにはいられなかった。
「そりゃよくわかってる、お宅のおやっさんとは、たまたまクラブで同席したんだが、そん時にそういう話になってな、うちのマンションに来ないか? と言われた、わりぃからよ、初めは断わったんだが、俺んとこの親父にゃ世話になったからって、格安で入れてやると言われ……有難くそうさせて貰う事にしたんだ」
「そうですか……」
事情はわかったが、微妙な心境になる。
カオリへの未練か、それとも寺島の件の影響か……理由はよくわからないが、2人とご近所さんになる事を素直に喜べない自分がいる。
「亀谷アレを」
「おお」
「隣は留守みてぇだからな、これを火野に渡しといてくれ、ほら、これはお前の姉ちゃん用に買ったやつだ、お前と一緒でケーキにした」
水野は火野さんにも挨拶しようと思ったらしいが、姉貴はあれからまた体調を崩して入院が長引いている。
「これだ、受け取れ」
亀谷が紙袋とケーキの箱を俺に渡してきた。
「あ、はい……、すみません」
頭を下げて受け取ったら、2つの紙袋には酒が入ってるらしく、めちゃくちゃ重い。
全部は持ちきれないから、紙袋はひとまず床に置いた。
「へへっ、にしても……ここがお前らの家か、たまにはうちにも遊びに来い、親父が歓迎してくれるぞ、勿論俺もだ、女装姿なかなかイケてたぜ、また見せてくれ」
両手でケーキの箱を持ち直したら、亀谷が呆れるほど能天気に言ってきた。
「おい亀谷、よせ、もう済んだ事だ」
水野が注意してくれたが、亀谷はニヤついている。
「いいじゃねーか、親父がこいつを気に入ったのは事実だ、な、友也、どうだ?」
日向も言ってきたが、ほんとマジでしつこい。
「すみませんが、俺じゃなく、テツに話を通して下さい、テツが行けと言えば、俺は行きます」
ここは虎の威を借りるに限る。
「矢吹か……」
亀谷は首をポリポリ掻いて困惑したように目を泳がせた。
「やめとけ、今になってそんな事を言ったら、矢吹にぶん殴られるぞ、大体よ、俺はこれから近所付き合いしなきゃならねぇんだ、余計な事をされちゃ困る、ご近所さんは仲良くしなきゃな」
水野が呆れたように注意したが、やたらご近所さんを強調するから、なんだか笑える。
「ぷっ……」
ヤクザで近所付き合いとか、ウケる。
「引越ししたら祝いをやろう、へへっ、楽しみだな、な? カオリ」
「あ、ええ、まあ……」
水野は意気揚々と言ったが、カオリは苦笑いを浮かべて頷いた。
そう言えば、カオリは来た時からあまり嬉しそうにしてない。
カオリは過去にソープ嬢としてテツと関係を持っていたし、もしかしたら、そういう事にこだわってるんじゃないかと思ったが、それを言えばキリがない。
俺だって水野と関係を持ったんだから……。
「じゃまあー、取り敢えず挨拶は済ませたし、これで帰るわ、矢吹に宜しく言っといてくれ」
水野に声をかけられて慌てて頭を下げた。
「あ、はい、わざわざすみませんでした、ありがとうございます」
「おう、またな」
御礼を言ったら、水野はひと言返して亀谷と共に踵を返したが、カオリは去り際に振り返って俺を見た。
「友也君、またね……」
「あっ、はい」
カオリは笑顔でひとこと言って2人の後について行ったが、その笑顔はどことなく寂しげに見える。
新婚だから楽しい筈なのに、浮かれた様子が全く見られない。
何故嬉しそうにしてないのか、その理由は結局わからなかった。
「すみません、長く待たせてしまって……」
ソファーのところへ戻り、ケビンにひと言詫びて向かい側に腰掛けた。
「いや、構わないよ、今来てたのは浮島組の人達だね」
「はい」
「気になってつい聞き耳を立てていたんだが、彼らはまだ君の事を?」
「らしいです、組長が俺の事を気に入ったと言って……、正直迷惑です」
「そうか……、ま、兄貴が居るから大丈夫だろうが、おやっさんが話をつけたのに……、しつこいな」
「ええまあ……、でも大丈夫です、俺、絶対OKしませんから」
「うん、そうだな、だけど気をつけた方がいい、もしなにかうまい話を持ってきても、うっかり乗らないようにね」
ケビンは俺の事を心配してくれたが、おやっさんと聞いたら……やっぱり気になる。
「はい、あのー」
「ん? なに」
「親父さんとはまだ……」
わかっちゃいるが、つい聞きたくなった。
「ああ、たまにね、前ほどじゃないよ」
「そうですか」
どうやら会う頻度は減ったようだ。
親父さんは飽きっぽいところがあるから、ひょっとしたら……そろそろケビンに飽きたのかもしれない。
「友也、まだ少し早いが……出ようか、ここに居ても退屈だろ? 飯でも食いに行こう、俺が奢るよ」
色々な想像を巡らせていると、ケビンが誘ってきた。
「あ、でも……、いえ、奢りは……、俺、金出しますから」
「俺が来た時、起きたばかりだと言ったが、昼は食べたのか?」
「いえ、まだです」
「じゃ行こう、金は俺が出す、遠慮する事はない」
奢って貰うのは悪いと思ったが、強引に押し切られて一緒に部屋を出る事になった。
車は親父さんちのアルファードだったが、これは2台目らしい。
ケビンは借金のカタに取った車だと言ったが、そういう事はちょくちょくあると言う。
また車検や整備、その他諸々は、懇意にしている修理工場があって困らないと言ったが、その業者は一部危ない事にも関わってるらしい。
一体なんなのか、なんとなくわかった。
「聞きたいか?」
ヤバい事の詳細は聞きたくないし、聞かなくてもわかっている。
「いえ……、遠慮しときます」
「そうか」
ケビンは短く答え、ハンドルを切って交差点を右折した。
特に話す事がないから黙っていたが、やがて郊外のカフェにやって来た。
道筋からして嫌な予感はしていたが、記憶にガッツリ刻まれているビストロ……。
到着したのは、竜治と一緒に来た店だ。
ケビンは駐車場に車を止めたが、俺は駐車場にとめられた車を見た。
駐車場には2台車がとまっているが、片方は商用車のバンで社名が入っている。
もう一台は黒い高級セダンだが、見覚えのある車じゃない。
ちょっと安心した……。
「着いたよ、行こう」
ケビンは2台から離れた所に車をとめて言ってきた。
「は、はい」
ショルダーバッグの肩紐をかけ直して車を降りた。
「この店は最近見つけたんだ、シェフの腕は確かで料理も絶品、で、リーズナブルな値段、洒落た雰囲気とくれば、リピーターになるのは当然だろ?」
「あ、はい、そうっすね……」
ケビンはこの店が気に入ってるようだ。
お喋りしながら店に入ったが、俺は気もそぞろに返事を返し、ケビンの後ろについて店内に入った。
それとなく店内を見回したら、まず左奥の席に男がひとり座っているのが見えた。
ノートパソコンを開いているが、多分商用車の所有者の男だろう。
もうひとりは見当たらなかったが、竜治は常に自分の車を使っていたから、ここに居る筈がない。
「友也、そっちへ行こう」
ケビンに促されて右手前の席に座ったが、ここはガラス越しに外を眺める事が出来る。
何の変哲もないありふれた景色だが、名前のわからない花が通り沿いに咲いている。
まったりとした気分で正面に向き直ったら、一番奥の壁際の席にカップルが座っていた。
チラ見しただけで冷や汗が噴き出してきたが、勇気を出して改めて男を見た。
男は俺から見て向かい側に当たる席に座っているが、ガタイのいい体に白いスーツ……。
間違いであって欲しいと願ったが、その男は……間違いなく竜治だ。
角刈りではなく、短髪坊主頭になっているが、一気に緊張感が増してきた。
竜治は女と来ている。
奥さんかと思ったが、スリムな体型をしているので違うようだ。
あの黒い高級セダン……。
ヴェルファイアじゃなく、別の車を使っていたらしい。
「何にする? コースも頼めるが……、ん、どうかした?」
ケビンに聞かれてビクッとした。
「い、いえ、あの……カレーがいいです」
焦りまくって適当に言った。
「えっ、カレー? あるかなー、あ、あった、いや……けど、カレーでいいのか? もっといい物を頼んだらどうだ」
ケビンはメニューに目を通し、確かめるように聞いてきた。
竜治はケビンの背中側で、何席も離れた場所に座っているから、ケビンは全く気づかないようだ。
この稼業は会合などの集まりで顔を合わせる機会がある。
ケビンみたいに親父さんに付き従っていると、竜治の顔を知っていてもおかしくない。
俺はこのまま互いに気づかない事を願った。
「いえ、俺、カレー死ぬほど好きだから……、それで充分っす」
もうメニューどころじゃない。
ケビンの陰に隠れるようにして、冷や汗ダラダラで答えた。
「そうか、わかった、おい君! 注文だ、こっちに来てくれ」
ケビンが大声でウエイターを呼び、『ひぃっ!』っと心の中で悲鳴をあげていた。
「っ……」
ウエイターはすぐにやって来たが、ケビンはただでさえ目立つ。
もし竜治がこっちに注目したら……アウトだ。
ウエイターが注文をとる間、首を竦めて俯き、息を殺してじっとしていたが、ウエイターが去った後で誰かが近づく気配を感じた。
「ん……?」
俺は怖くて見られなかったが、ケビンは横に向いている。
「友也、やっぱりおめぇか」
すぐそばで竜治の声がした。
「あ、浮島さんのところの兄貴ですね、これはどうも……」
こうなったら腹を括るしかない。
顔を上げたら、ケビンが竜治に頭を下げていた。
「おめぇは誰だ? おお、ひょっとして……新入りの外人か?」
竜治はケビンの事を知らないらしく、珍しそうに見ている。
「はい、俺は母親が日本人でケビンといいます」
ケビンは名を名乗ったが、格上の竜治を前にしても席を立とうとはしなかった。
「ふーん、金髪に青い目ときたか……、おい友也ぁ、俺が連れてきたこの店で、こいつと密会か? へへっ、あんな目にあいながら……おめぇも懲りねぇ奴だな」
竜治は口角を引き上げて言ったが、よくそんな事が言えるものだ。
「違います、そんなんじゃありません」
「俺はよ、あれから散々だった、お前が逃げたせいだ、責任とれ」
呆れる思いで言い返したら、身勝手な事を言う。
「責任ですか……、いくら覚悟したからと言ってアレは……、あなたは俺を廃人にするつもりだったんですか?」
ムカついて、怖さなど瞬時に吹き飛んでいた。
「ちょっと待ってください、兄貴、俺の事なら誤解だ、友也に昼飯をご馳走しようと思って、ここへ連れてきただけです」
ケビンが間に入ってくれたが、相変わらず席を立とうとはせず、ニコリともせずに竜治を見返している。
「ケビンっつったか? おめぇ、礼儀を知らねぇようだな、ハーフだかなんだか知らねぇが、お前んとこは教育がなってねぇようだ」
竜治はケビンの態度に腹を立て始めた。
ケビンは俺を庇うつもりでいるんだろうが、俺の事とケビンの立場の事は別の話だ。
この稼業は上下関係の厳しい世界だから、さすがにマズいような気がする。
「おやっさんは俺に礼儀を教えてくれた、但し、俺が礼儀を通すのは場合によりけりで、臨機応変です」
だけど、ケビンは怯むどころか、逆に煽るような事を言った。
「ほお、そりゃつまり……俺には必要ねーと、そういう事か?」
マズい雰囲気になってきた。
「あの、竜治さん……、ケビンじゃなく俺に話があるんじゃ?」
ほっとく訳にはいかず、ケビンから意識を逸らさせようと思った。
「おお、よく分かってるじゃねーか」
竜治は話に乗ってきた。
「俺に言う事があるなら言ってください、ケビンは関係ない」
「へっ、こいつを庇うつもりだろう」
このまま煙に巻こうと思ったが、あっさり見抜かれていた。
「そんなつもりは……、兎に角、言いたい事があるなら俺に話してください」
こうなったら……強引に押し通すしかない。
「ふっ、まあいい、今回はおおめに見てやるよ、その代わり……、おいリョウコ、こっちに来い」
竜治はケビンの無礼な態度をあっさり許し、振り返って連れの女を呼んだ。
「はい」
リョウコという女の人は、静かに立ち上がって俺達の方へ歩いてきた。
「ようし、へへっ、なあケビン、なかなかいい女だろ?」
竜治はリョウコの肩を抱いて言ったが、なにか企んでいるように思える。
「ええ、はい……、それがなにか?」
ケビンは黒髪のスレンダー美人を見たが、淡々とした顔で聞き返した。
リョウコはパッと見品がよく見えるが、どう見ても素人には見えない。
恐らく、高級クラブのママか高級ソープの嬢ってとこだろう。
「おめぇにゃこの女をやる、な、バカでかい外人女よりゃよっぽど具合がいいぞ、クックッ……、代わりに……友也を貸せ、そうだな、今から2時間だ」
俺が懸念した通り、竜治はとんでもない事を言い出した。
「ちょっ、なに言って……」
リョウコは自分が物のように扱われているのに、表情を変えるどころか、落ち着き払っている。
やっぱり水商売か風俗だと思われるが、だとしても、自分の連れを俺と交換するとか……イカレてる。
「兄貴、折角ですが、No thank youです、俺は女には不自由してません」
頭にきてなにか言ってやろうと思ったら、ケビンがキッパリと断わった。
「この野郎、生意気な事を言いやがって……、あのな、分からねぇなら教えてやる、おめぇの態度は焼きを入れられても仕方ねーレベルだ、それを……この女と引き換えに許してやろうって言ってるんだ、あぁ"? 意味分かるか、外人」
ケビンの態度は賞賛に値する程頼もしく感じたが、火に油を注ぐ羽目になったのは明らかだ。
「はい、よくわかります、兄貴の出した条件は呑む事が出来ません、友也の事はきっちり話がついた筈だ、何故今ここで友也を渡す必要があるんです? どう考えてもおかしいでしょう、俺は矢吹の兄貴から友也を任された、筋の通らない話を聞くつもりはない」
それでもケビンは退かなかった。
竜治を非難し、頑なに自分の信念を貫こうとする。
「うるせー、下っ端の癖につべこべ言うな、友也、来い!」
竜治はキレて俺の腕を掴んできた。
「ちょっと、やめてください……」
こんな場所で揉めるのは恥ずかしいが、それよりも、店に迷惑をかけちゃ悪い。
少し前に商用車の男が店を出て行ったし、ウエイターはビビって料理を運べずにいる。
「兄貴、いい加減にしてください!」
腕を振り払おうとしたら、ケビンが竜治の腕を掴んで力任せに引き剥がした。
「こいつ……、おい外人、てめぇ俺に刃向おうって言うのか?」
竜治はケビンを睨みつけて言い、マジでやばい状況になってきた。
「いいえ、そんなつもりはないです、但し……無理難題を押し付けられて、すんなり呑むつもりはありません、俺は霧島の人間だ、だから……何があっても、おやっさんや矢吹の兄貴には従うが、無茶を言うあんたに従う義理は……どこにもない」
なのに、ケビンは清々しい位ハッキリと言い放った。
「ほお、外人の癖に義理ときたか、はははっ、おもしれぇ、腕試しといくか、表に出ろ」
あくまでも霧島組に忠義を尽くす、その姿勢が滅茶苦茶カッコイイ……。
「OK、いいですよ、御相手願いましょうか」
カッコよすぎてつい感動していたが、止めなきゃマズい。
「ちょっと待った!」
立ち上がって2人の間に入った。
「なんだぁ、おとなしくついて来る気になったか」
いつから……どうしてこんな風に拗れてしまったのか……。
「竜治さん、もうやめてください、無茶をして……バツを受けるのはあなただ、俺はあなたにムカついた、でも助けて貰った事は決して忘れない、だからこんな事はやめてください、お願いします」
竜治はこんな人間じゃなかった。
それにこんな事をしたらどうなるか、竜治自身よく分かっている筈だ。
「泣き落としはきかねぇぞ、もうその手は飽きた、俺はな、どうなっても構わねぇ、みっともねぇ姿を晒した挙句、大事なもんを失っちまったんだ、矢吹と決着をつける事もできねぇままで、あれからずっとモヤモヤしっぱなしだった、ここで会ったのは何かの縁だ、へっ、だったら構わねぇ、失う物がねーってのは、強みになるからな、一緒に来い」
竜治は投げやりに言ったが、あれから奥さんとどうなったのか、なんとなくわかった。
だから、やけになってこんな事を……。
理由がどうであれ、全ては俺が元凶で……大いに責任はある。
「俺のせいですね……」
「おお、そうだ、分かってるなら、さっさと行こうじゃねぇか」
「友也、駄目だ、許さないぞ」
ケビンが止めようとしたが、今は邪魔しないで欲しい。
「ケビン、すみませんがちょっと黙っててください……、竜治さん、俺はあなたにはついて行けません、俺、謝ります」
椅子から降りてそのまま下にしゃがみ込み、土下座して竜治に向かって頭を下げた。
「友也……何をやってる、そんな事をするな、立て」
ケビンは腕を引っ張ってきたが、俺にはこうするしかなかった。
「いいからほっといてください! 俺が悪いんです、竜治さん、すみません……、ごめんなさい、申し訳ありませんでした!」
「泣き落としの次は土下座か? はははっ、わけぇ癖に古くせぇやり方だな」
竜治は嘲笑っていたが……構わない。
「すみません、でも俺には謝るしか……、本当にすみません!」
額を床に擦り付けて謝った。
「木下の兄貴、俺はあなたと友也の間に何があったか、細かい事は知りません、けど、傍目から見ても……どっちが間違ってるか、それくらいはわかります、俺はあなたに友也を渡すつもりはありません、たとえ何が起ころうが、矢吹の兄貴との約束を守り抜きます!」
ケビンは泣かせるような事を言ったが、俺は竜治がどう出るか、頭を下げて答えを待っていた。
竜治は何も言わず、しばらくの間黙ったままだった。
「ちっ……、ったくよー、つまらねぇ真似をしやがって、リョウコ、行くぞ」
少し間をおいて舌打ちするのが聞こえ、革靴とリョウコのパンプスが遠ざかるのが見えた。
顔を上げずに上目遣いで見たら、竜治はドアを開けて店から出て行き、リョウコもすぐ後に続いた。
肩の力が抜けてガックリきたが、ケビンがすっと屈み込んで腕を掴んできた。
「友也、さ、立って……」
「あ、すみません……」
「座って」
「はい……」
促されて椅子に座ったが、なんとも言えない後味の悪さを感じた。
「なあ友也、彼の身に何が起ころうが、君のせいじゃない、気にするな」
ケビンはテーブルの上で肘をつき、両手を組んで言ってきた。
「ええ、はい……」
「人は時に過ちを犯す、僧侶、牧師、司祭……徳を積んだ人間でも危うい、勿論ヤクザだって同じ事だ、欲がある限り、人はつまらない事に気を取られ、身を持ち崩す事だってあるからな、だけど、ほっとけばそのうち忘れる、時間は薬だ、彼が君の事を諦めるまで、俺も含めてイブキや寺島の兄貴も……、みんなで君を守る」
それから慰めるように言ってくれたが、俺はただ頭を下げるしかなかった。
「はい……、世話をかけてすみません」
その直後にウエイターが料理を運んできた。
「よし、食べようか」
ケビンはライスサラダを注文していたらしく、フォークを持って食べ始め、俺もスプーンを握ってカレーを食べたが、上の空でカレーを口に運びながら考えていた。
竜治は多分、離婚した。
話し合いは上手くいかなかったんだろう。
それで……傀儡のような商売女を連れていた。
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