106Best partner(おっかなびっくりな赤ん坊)

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106Best partner(おっかなびっくりな赤ん坊)

◇◇◇ 3日後、午前中に姉貴がマンションに戻ってきた。 火野さんが連れ帰り、2人してまず俺達のところへやって来た。 「友也……」 玄関を開けたら、腕に赤ん坊を抱いた姉貴が立っている。 「あ……、っと~」 姉貴は赤ん坊を優しげな眼差しで見つめているが、今までとは全く違った雰囲気だ。 姉貴なのに……姉貴じゃない。 なんか茫然となってしまい、その場に突っ立っていた。 「おう、兎に角上がれ」 テツは2人に向かって促したが、その声が遠くに聞こえる。 「友也、なにそんなとこで突っ立ってんだ、こっちに来い」 「あっ、わ、わかった……」 呼ばれて振り返ったら、火野さんと姉貴の背中が見えたが、赤ん坊は眠っているのか、静かにしている。 ソファーまで行ってテツの隣に座ったが、さっき見た姉貴の顔はまるで聖母のようで……限りなく優しげな眼差しが、やたら頭にこびりついて離れない。 「ニャ~ン」 龍王丸が尻尾を立ててやって来て、火野さんの膝へ飛び上がった。 「龍、家族が増えたぞ、ほら見てみろ」 火野さんが龍王丸に言うと、龍王丸は赤ん坊をじーっと見たが、目を細めてプイッとそっぽを向いた。 「龍、蒼介だよ、ほら」 姉貴が赤ん坊を抱えて龍王丸に見せたが、龍王丸は火野さんの膝から飛び降りて、真っ直ぐに俺の所へやって来た。 「あ……、なんだよお前、ヤキモチか?」 足元に向かって話しかけたら、龍王丸はぴょんとジャンプして膝に乗った。 「龍……、長い間預けっぱなしにしたから、私達の事忘れたのかな? すっかり友也に懐いてる」 姉貴は落胆したように呟いた。 「そんな事ないよ、姉ちゃんは滅茶苦茶可愛がってたし、いくら猫でも……忘れる筈ないって」 「ニャッ……」 ガッカリさせちゃ悪いと思って言ったら、龍王丸は寝転がって甘えた声を出す。 「犬は人につくが、猫は家につくと言うからな」 火野さんが龍王丸を見て言った。 「あのなー火野、俺はどっちでもいいんだが、友也が龍王丸を気に入っちまってな、これからお前ら大変だろ、だからよー、良かったらこのままうちで飼おうと思うんだが……、どうだ?」 テツは龍王丸の事を言ってくれたが、俺はそこまで頼んだ覚えはない。 「ちょっと待って……、俺は火野さんがいいっていうまでって言ったじゃん、姉ちゃんはそんなの嫌だろ?」 姉貴が寂しがるだろうし、姉貴に聞いてみた。 「うーん……、そりゃ龍には居て欲しいよ、だけど……あたしには蒼介がいるから、矢吹さんが言ったようにこれから大変だと思う、龍には勝手だって怒られそうだけど……、あんたが可愛がってくれるなら、あたしはそれでいいよ」 姉貴は申し訳なさそうに言ってOKした。 「いいの? 本当に?」 「うん、だって隣だよ、いつでも会えるじゃん」 「じゃあ、あのー、姉ちゃん……、龍王丸、俺が可愛がるから」 「うん、そうして、助かる」 ___やった。 これで龍王丸とずっと一緒に暮らせる。 「龍王丸、改めてよろしくな、へへっ」 嬉しくなって龍王丸を撫でた。 「よし、猫の事は解決した、友也おめぇ、赤ん坊をちゃんと見てねーだろ」 けど、テツが言ってきてギクッとした。 「あっ……、いや、寝てるし、いいよ……、いつでも会えるから」 見たいんだけど……なんだか見るのが怖い。 「友也、こっちに来て」 でも、姉貴が俺を呼んでいる。 「あ……、うん……」 仕方なく立ち上がり、姉貴の側へ行った。 「ふふっ、よく眠ってる、この子ね、夜泣きもしないし、楽なんだ、ね、ほら、見て、あんたにも似てるでしょ?」 姉貴は蒼介を抱き上げて、俺に顔がよく見えるようにしたが、丸々と太っていて、ぶーたれた顔をしている。 まるで……関取だ。 「え、いや~、そんなに似てねーと思うけど……」 「寝てるからだ、それに、この位の時期は太るらしいからな」 テツの所に戻って隣に座り直したら、火野さんが説明してくれた。 「そうなんだ、へえー」 納得はしたが、やっぱり未知の生物を見るような気分で、おっかなびっくりな心境だ。 「友也、アレを渡せ」 テツに言われて思い出した。 「あ、そっか、忘れてた」 慌ててプレゼントを取りに行き、火野さんの方へ回り込んだ。 「あのー、これ、俺からのお祝いです」 姉貴は蒼介を抱っこしてるから、火野さんに渡した。 「友也おめぇ……、わざわざこんなもんを用意してくれたのか、悪ぃな」 「友也、ありがとう」 火野さんは喜んでくれたが、姉貴も横から顔を出して礼を言ってきた。 「いや……」 なんだか照れ臭い。 「友也、こりゃ結構ズッシリくるが……何が入ってるか聞いていいか?」 火野さんが遠慮がちに聞いてきた。 「あっ、はい、掃除機です、ロボットの」 「自動で掃除するやつか?」 「はい」 「そんなの……高いんじゃない?」 姉貴は心配そうに聞いてくる。 「いいんだよ、俺、花車でバイトしてた時に金を貯めてるし、姉ちゃん、蒼介の世話で大変だろ? 気にしなくていいから」 バイト代は地味に貯まっているが、親父さんに貰った隠し金もある。 「そっか……、そう言えば働いてたもんね、うん、じゃあ、ありがとう、でも……あんたもすっかり成長したね、いっつも喧嘩ばっかりしてたのに、いつの間にか大人になって……あたしは母親になった」 姉貴は感慨深そうに言った。 「うん……そうだな」 なんだかしんみりとした気分になったが、姉貴が蒼介を見つめるのを見て、さっき別人のように感じた理由がなんとなく分かってきた。 姉貴は蒼介が可愛くて仕方がないって顔をしているが、それだけじゃなく、なにか強さのようなものを感じる。 たった今姉貴が言ったように、母親になったからだ。 「おい、火野、あっちじゃどうなんだ、お袋さんや親父さんは……歓迎してくれたか?」 テツは不意に父さんと母さんの事に触れた。 「ああ、まあー、普通じゃないっすかね……」 火野さんは言葉を濁したが、大体想像はついている。 「舞さんもいるからよ、あんまり言ったらわりぃが……、友也の親父はちょいと難しいだろ?」 テツは珍しく突っ込んだ事を聞いた。 「あの、私なら大丈夫です……、父さんにはあたしも色々思う事があるから」 火野さんより先に、姉貴が答えた。 「そうか、じゃあ舞さん、あんたに聞いていいか?」 聞かなくても分かりそうなものだが、テツは姉貴に話を聞きたいようだ。 「はい」 「親父さんは……火野の事をバカにしてるだろ?」 「あの……はい、父さんは元からあんな感じで……出世してから高飛車な面が酷くなって……、火野さんだけじゃなく、職業や肩書きで人を判断するんです、だからあたしは……父さんは好きじゃない、だけど自分が育った家だし、母さんがいるから……」 姉貴が言うように母さんの存在は大きいと思う。 俺は父さんには詫びる気持ちはないが、母さんには悪いと思っている。 「そうか、わかった……、嫌な事を聞いて悪かったな、まあーでも、孫は可愛がるんだろ?」 「ええ、はい……、でもあたしは……できるだけここに居ようと思います、あんな父さんと一緒にいたら……悪影響受けるから」 姉貴は苦笑いを浮かべて言うと、視線を落として蒼介を見た。 「まあー、俺が口出す事じゃねーが……、孫は会いてぇだろうからな、あんたも間に挟まれて気を使うだろうが、たまには顔を見せてやりな」 テツはたま~に恐ろしくまともな事を言う。 「はい、そうします……、あっ、蒼介、目が覚めた?」 姉貴ははにかんだように笑ったが、ハッとしたように蒼介に話しかけた。 「ふふっ、笑ってる」 蒼介が目を覚ましたらしい。 「おお、機嫌いいな、ははっ」 火野さんも蒼介の顔を覗き込んでいるが、2人共頬が緩みっぱなしだ。 幸せを絵に描いたような和やかな光景だが……。 俺はその幸せが永遠に続く事を、密かに願っていた。 「友也ぁ、おめぇ~、蒼介を抱かせて貰いな」 なのに、テツがニヤニヤしながら言ってきた。 「っ……」 俺が赤ん坊にビビってるから、わざと言ってきたに違いない。 「あ、そうね~、目が覚めたから、友也、抱っこしてやって」 姉貴まで乗り気で言ってくる。 「へへっ、だよな~、甥っ子だしよ、可愛い面ぁしてるぞ、なあオイ」 テツは楽しそうに俺の肩を叩いたが、俺に意地悪する時は、水を得た魚のようにイキイキしている。 「あっ、じゃあー、せっかくだし、矢吹さん、抱っこお願いします」 ところが、姉貴はいきなりテツに振った。 「えっ……、俺か?」 テツは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。 「はい、是非」 姉貴はニッコリと微笑んで言った。 「あ~、いや、俺はよ~、赤ん坊とか抱いた事がねーしよ~、あれだ、落っことしたりしたら事だしよ~」 テツは自分もビビってるらしく、なんとか逃げようとして言い訳する。 「兄貴、大丈夫です、首はとっくに座ってる、抱いてやってください」 しかし、火野さんが笑顔で頼んできた。 「首って……、いやまあ~、そ、そうか、 じゃまあー」 テツはこんなはずじゃなかったと、納得がいかない様子だったが、抱っこするしかなさそうだ。 「ぷっ……、くっくっ」 俺に意地悪しようとして墓穴を掘った。 笑いを押し殺していると、火野さんが姉貴から蒼介を受け取り、抱っこしてテツの側にやってきた。 すると龍王丸がパッと俺の膝から飛び降りて、ベッドの方へ歩いて行った。 龍王丸からしてみれば、赤ん坊は見知らぬ人間だ。 蒼介に対して威嚇しなかっただけマシだが、突如現われた新たな人間に困惑してるんだろう。 「兄貴、どうぞ」 火野さんは蒼介をテツに差し出した。 「あ、おい、大丈夫か? ぐにゃっとならねぇだろうな……、おっ、おおー、結構重いな」 テツは恐る恐る蒼介を抱っこする。 ぎこちない手つきでなんとか抱っこしたら、蒼介はニッコニコで超ご機嫌だ。 「へへっ……、こいつ、愛想いいな」 「蒼介、矢吹さんの事好きみたい」 「そうか? ははっ、可愛いじゃねーか、そうか~、へへっ」 姉貴に言われ、テツはデレデレになった。 「兄貴、友也にも抱かせてやってください」 俺は『そのまま俺の事を忘れてくれ』と念じていたが、火野さんがお節介を焼いた。 「いえ……、テツが喜んでるし、俺は次回でいいっす」 「おい友也、おめぇ伯父だぞ、ほら、抱け」 テツに丸投げしたかったが、そうはいかなかった。 「あっ、ちょっと~、わかった、抱くから……」 強制的に蒼介を押し付けられ、焦って両腕で支えた。 いざ抱いたら……思ったよりしっかりしている。 ちょっと安心したが、にしても……確かに重い。 7キロ位はありそうだし、やっぱり関取だ。 関取は目をキョロキョロさせて俺の顔を見る。 「あ~、初めまして、伯父です」 一応挨拶した。 「あのな……、赤ん坊に挨拶してどうするよ、しっかし、よく笑うガキだ、目元がおめぇにそっくりだな」 テツはそう言うが、蒼介の顔はパツンパツンだ。 「うーん……」 あんま嬉しくねー。 「あははっ、友也ったら~、滅茶苦茶緊張してる~」 姉貴はケラケラ笑って言ったが、残念ながら緊張してるわけじゃなく、関取に似てるのが微妙だった。 「っと~、じゃあ……返す」 兎に角、抱っこはした。 「おう、こっちに貸しな」 火野さんが手を出してきたから、立ち上がって端に寄った。 落とさないように気をつけて蒼介を渡すと、火野さんは慣れた手つきで抱っこする。 やっぱり父親なんだな~と思った。 火野さんは蒼介を姉貴に渡して、ソファーに座り直した。 「火野、蒼介を鍛えるのか?」 テツは気の早い話をする。 「そうですね、まだまだ先ですが、出来りゃそうしてぇと思ってます」 「なら、友也はもうやらなくていいな?」 ついでに俺の事を言ってくれたが、多分早朝にピンポンを押されるのが嫌なんだろう。 「いえ、そいつは別です、なあ友也、舞もこうして無事戻って来た、また一緒にやろうぜ」 火野さんはやる気に満ちた顔で言う。 出来れば断りたいが、今のバイトは前より楽だから……断りづらい。 「あっ……はい……」 「あの、それじゃあ、ちょっと早いけど、そろそろ……」 渋々承諾したら、姉貴が言いにくそうにテツに声をかけた。 「ん、帰るのか? まだ茶も出してねーのによ、遠慮せずにゆっくりしていけ」 「いえ、そんな……、私達こそ朝からお邪魔してすみませんでした」 テツはまだ居て貰いたいらしいが、蒼介は赤ん坊だから色々やらなきゃいけない事があるだろうし、姉貴だって早く家に帰って寛ぎたいだろう。 「テツ、赤ん坊は手がかかるんだから、我儘言っちゃだめだよ」 姉貴の代わりに俺が言った。 「おお、そうか……、わかった、またちょくちょく遊びに来てくれ、まあー俺もいねぇ事が多いから、時間があえばって事になるが、蒼介を見せてくれ」 どうやらわかってくれたらしいが、テツはやたら嬉しそうだ。 「ええ、はい」 「あのー兄貴、俺はこの後ちょいと出てきますんで」 姉貴が笑顔で頷くと、火野さんは表情を厳しくして言った。 「おう、俺も後から行くわ」 テツはまた火野さんと一緒にどこかに行くらしい。 「友也、プレゼントありがとう、有難く使わせて貰うから」 姉貴は蒼介を抱き直し、ゆっくりと立ち上がって改めて礼を言う。 「うん、あの、俺、バイトは夜だから、なにかあったら電話して、手伝うよ」 「わかった、じゃあ、龍を宜しく頼むね」 「うん、大事にするから」 「それじゃ、兄貴、また後ほど……」 火野さんも立ち上がり、テツと一緒に2人を見送ったが、龍王丸はついてこなかった。 「蒼介、可愛かったな」 ソファーに座り直したら、テツは蒼介の事を口にする。 「うん……そうだな」 取り敢えず返事を返したが、俺は火野さんが厳しい表情を見せたのが気になっていた。 「火野も責任重大だ、まあーでも、いんじゃねーか、大事なもんがあるって事は……、回り回って結局は自分自身の為になるからな」 テツは小難しい事を言ったが、今はじっくり考える余裕はない。 「テツ……、火野さんと一緒に行くんだ」 俺はまた何かヤバい事が起きてるんじゃないかと、心配でたまらなくなってきた。 「ああ」 テツは毎度返事しか返さない。 ヤクザな稼業だし、俺には話したくない内容なんだろう。 「ヤバい仕事じゃねぇよな?」 けれど、俺は聞かずにはいられなかった。 「心配ねぇ、お前こそ、何もねーか?」 すると、逆に聞かれた。 「あるわけねーし」 俺に何かあるとしたらやっぱり竜治だが、あれ以来あのレストランには行ってない。 「そういや、たまに日向が迎えに来るらしいな、前に水野が言ってた、また屋敷に来いだなんだと、誘ってきてんじゃねーのか?」 テツは竜治よりも日向の事が気になるようだが、その方が助かる。 「いいや、それはない、日向さんはミノルにメロメロだし、店に入ってきたらハイエナの餌食になる」 シャギーソルジャーは、そういう点では役立つ。 「あの男はそんなにミノルを気に入ってるのか、まあーどの道変わり者だからな、で、ハイエナは……カマか?」 「そう、まるでアイドル並みだった、初めて来た時なんか、サイン会になったし」 「サイン会? なんだそりゃ」 「だから、まんま……サイン会」 「はあ? じゃなにか、日向将也って名前を書いたのか?」 「うん、日向さんは迷惑がってたけど、ニューハーフがみんなでよってたかって迫った」 「ほお~、あの日向にか……、あいつら、なかなかやるじゃねーか」 「前に、ニューハーフは最終的には親父さんが雇うか決めるって言ってたよな?」 「おお、親父が自分で拾ったのは別だが、向こうから来たやつはそうだ」 「だからじゃね? 親父さんが選んだ精鋭揃い」 「なははっ……、おう、そうかもな、あのな、選ぶ基準はまず写真だ、あとは身長、体重、ナニのサイズ、そんなとこか、で、蒲田が親父と話をするからな」 「ふーん、でもさ、今、ナニのサイズっつったよな?」 「おお」 「それ、いらなくね?」 「ふっ……、親父には必要なんだろ、俺もそこまでは聞かねぇからな」 「ふーん……」 親父さんの趣味については、深く考えない方が良さそうだ。
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