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107Best partner(子守り)
◇◇◇
姉貴が帰ってきて、俺の周りは益々賑やかになった。
カオリも暇に任せて遊びに来るが、花車に勤めていた時はペーパードライバーだったらしく、『このマンションじゃ車が無いと不便』と言って、軽四を買って乗っている。
カオリは結婚前に、外国に別荘を買うと言ってた位だ。
かなり貯金してるのは分かる。
もっといい車に乗ったら? と言ったら、車には興味無いし、運転に自信がないから小さい方がいいと言った。
俺はたまにカオリの車に乗せて貰い、一緒に買い物に行ったりしている。
前はテツが留守だと、大きいスーパーに行く際は、自転車かバスに乗って行かなきゃならなかった。
なので、かなり助かっている。
蒼介もちょくちょく預かる。
姉貴もカオリと一緒に買い物に行く事があるが、姉貴はあまり世話になったら悪いと言って、ひとりで出かける事が多い。
俺ははたから見てるだけだし、ハッキリとした事は言えないが、2人共似通った性格をしているので、相性があうんじゃないかと思う。
姉貴がカオリと一緒に出かける時は、俺が蒼介を預かる事になる。
カオリも蒼介を可愛がるが、姉貴と2人でゆっくりと過ごしたいらしい。
蒼介は生後6ヶ月になったが、この月齢にしては活発な方だ。
興味の向くままにあちこち這い回り、龍王丸を見つけた途端『キャッ、キャッ!』と奇声を上げて近寄って行く。
龍王丸は嫌そうな顔をして後ずさりするが、蒼介は目を輝かせて『だあー! だあー!』と叫び、龍王丸目掛けて突進する。
ハイハイで猪突猛進だ。
龍王丸は毛を逆立てて逃げ出し、高い場所へ飛び上がる。
こんな事が度重なるうちに、龍王丸は蒼介がやってくる度に、予め高い場所に避難するようになった。
俺は便利な家電のお陰で、洗濯や掃除に手間がかからなくなったし、基本的には蒼介の相手をしてやれるが、それでも目を離さなきゃいけない時がある。
たった数分間だけだが、仕上がった洗濯物を出したり、蒼介の為に離乳食を用意しなきゃならない。
そんな時はめちゃくちゃ急いでやる事を済ませる。
蒼介はなんでも口に入れるから、出来るだけ物を床に置かないようにした。
◇◇◇
この日も蒼介を預かっていたが、テツが昼に戻る予定だから、食事を作らなきゃならない。
「蒼介、ほらこれ、大好きなクマだ」
お気に入りのクマのぬいぐるみを渡した。
「うー、うー」
床に腹ばいになってなにか言ってるが、機嫌は良さそうだ。
「じゃ、俺はご飯作るからな」
「だあー」
蒼介は『わかった』と言ったので、キッチンへ行った。
食器棚の上には龍王丸が座っている。
「龍、お前にとっちゃ災難だな、ははっ」
仏頂面をする龍王丸に話しかけ、調理開始だ。
冷蔵庫から必要な物を出して材料を切る。
振り返って蒼介を見たら、ぬいぐるみをカジカジしていた。
クマは顔面唾だらけだが、おとなしくしてるから安心した。
さっさと作ってしまおうと思い、集中してやり始めた。
順調にこなしていき、さほどかからずに昼飯は完成した。
蒼介を見たら……クマはあるが本人はいない。
「あれ? 向こうに行ったかな?」
心配になったので出来上がった物を手早くカウンターに置き、蒼介を探しに行ったら、ベッドの方から笑い声が聞こえてきた。
「よかった~」
ホッとしてベッドの方へ歩いて行った。
蒼介はやっぱり腹ばいだったが、ベッドの脇で足をバタつかせてはしゃいでいる。
けれど……微かに……なにかの音が聞こえる。
「ん……?」
前に回り込んで確かめた。
「あ"~!」
すると、蒼介がバイブを握っている……。
しかも、偶然なのかスイッチがオンになっていて、蒼介はキャッキャッ言いながらバイブをガブガブ咥え中だ。
「こら~、ダメダメ~!」
ソッコーで取り上げたら、蒼介はムッとした顔をした後、火がついたように泣き出してしまった。
「あ~、泣いてもだめだよ~」
蒼介の前には、ダンボール箱が倒れている。
その箱にはテツが買い集めたコレクションが入っているが、まさかベッドの下からそれを引っ張り出すとは思わなかった。
蒼介はたまたまバイブが目に付いて手に取ったようだが、俺は蒼介がやって来るようになってセイコとヒロシをダンボール箱に収納し、手入れする時だけ出すようにした。
けど、ダンボール箱の事は迂闊だった。
置きっぱなしにしていた事を後悔したが、後の祭りだ。
蒼介は泣きわめいているが、こんな物を玩具として渡すわけにはいかない。
「あぁ"? なに泣いてんだ?」
参ったな~と思いながらバイブのスイッチをオフにしたら、テツがやって来た。
「あんたがこんな物を置くから、蒼介がこれをしゃぶってたんだ」
思ったより早く帰宅したらしいが、早速文句を言ってやった。
「ん、おお、置きっぱなしにしてたな、で、おめぇが持ってるそれをしゃぶってたのか?」
「そうだよ、まったく……」
「なっはっはっ~! マジかよ~、あっはっはっ!」
全然反省してない。
「笑い事じゃねー」
「あ~、で、バイブを取りあげられて泣いてるのか」
「そうだよ~、あんたのせいだからな、蒼介、泣くなよ~」
バイブを箱に戻し、ダンボール箱を脇へやって蒼介を抱っこした。
「よしよし、ほ~ら、機嫌なおそ」
体を揺らしてみたが、まったくダメだ。
「腹減ったんじゃねーか?」
「あ、そうか……、じゃあ、抱っこかわって」
「おう……」
テツに言われ、蒼介を渡してミルクを作りにキッチンへ行ったが、蒼介を預かるにあたり、姉貴から世話の仕方を一通り教わっている。
直ぐにミルクを作って哺乳瓶を持ち、テツのところへ戻った。
「蒼介、ミルクだよ、ほら」
哺乳瓶のちくびを口に持っていったが、イヤイヤをして泣きじゃくる。
「っかしいな~」
「いっつも機嫌いいのによ、珍しいな……、おいコラ蒼介、泣くな」
テツは蒼介の顔を見据えて言い聞かせたが、そんな事で泣き止む筈がない。
「もしかして、オムツかもしんねー」
蒼介をテツから取り上げてベッドに寝かせ、オムツを替えてみた。
だけどオムツは汚れてないし、蒼介は手足をバタつかせて暴れ、ヒステリックに泣きわめく。
「ごめんごめん……」
元に戻して抱っこしたが、機嫌を直してはくれなかった。
「よっぽどアレが気に入ったんだな、いっそ渡してやれ」
テツは馬鹿な事を言う。
「だめだ、そんな物、教育上よくない」
「どうせわかりゃしねーよ」
本気で言ってるらしいが、呆れてものが言えない。
「あのな~、そんなの渡すとか、異常だろ……」
「でもよ~、それで泣きやみゃ、助かるじゃねーか」
そういう問題じゃないが、だったらこの際……いい事を思いついた。
「泣き止まないのは、テツの責任だからな」
「俺のせいだと? なんだよ、置きっぱなしにしたからか?」
「そうだよ、あんたが不用意に置いたグッズでこうなった、あんたは知らねーだろうけど、赤ん坊でもトラウマになるんだからな」
これ以上ない位、真剣に言ってやった。
「なんだよそりゃ、どういう事だ?」
すると、マジに聞き返してくる。
「赤ん坊だから記憶に残らねーと思ってるだろ? こんな風に大泣きさせたら潜在意識に残るんだ、で、将来に影響を及ぼす」
「ホントかそりゃ?」
テツは半信半疑で聞いてくる。
「ああ、本当だ、だから……この先蒼介が成長して、あんたみてぇに変態グッズを集めるようになったら……、火野さんはそういうのを毛嫌いするからな、下手したら……家庭崩壊だ」
なので、嘘をついて脅してやった。
「おいおい、冗談言うなよ、なに訳の分からねぇ事を言ってる、笑わせるな、ははっ……」
でも、ちょっと大袈裟に言い過ぎたらしく、テツは本気にしてない。
「信じないなら別にいい、俺のせいじゃねーし、姉貴はあんなに幸せいっぱいなのに……、蒼介にトラウマなんか残ったら……蒼介の将来がめちゃくちゃになる」
こうなりゃヤケクソだ。
思いっきり芝居をした。
「ったくよ~、蒼介をかせ」
テツは急に焦りだし、俺から蒼介を奪い取った。
「おい、泣くな、泣きやめ……」
両腕で包み込むように抱っこして、軽く背中を叩きながら必死にあやしている。
残念ながら、蒼介は全く泣き止みそうにないが、さっきより泣く勢いが弱くなってきた。
どうやら泣き疲れているようだが、テツはまったく分かってない。
「あーあ、すげー悲しそうな泣き方してる」
それを利用して引き続き大袈裟に言った。
「ちっ……、おい、なにかいい方法ねーか?」
テツは舌打ちして助けを求めてきたが、俺はこの時を待っていた。
「おんぶ紐、あれで背負ってあやしたら?」
俺に無理矢理おんぶ紐を装置した……その報復だ。
「はあ? 俺におんぶしろってぇーのか?」
「あれはこういう時のためにあるんだ、それでトラウマが解消されたら、簡単な事じゃん」
有無を言わさず、クローゼットからおんぶ紐を出した。
「いやいや、嘘だろ、ちょい待て、あのな、そんな事が出来るかよ」
「いいから、蒼介をこっちにかして」
テツはごちゃごちゃ言っていたが、とにかく蒼介を渡して貰い、ベッドに寝かせて早速おんぶ紐を装着しにかかった。
「いや、待て、それはちょっと見た目的にアレだろ」
テツはおんぶ紐を見て狼狽えている。
「なあテツ、火野さんは……あんたにとって信頼出来る部下で、火野さんもあんたを尊敬してる、可愛い弟分を……不幸のどん底に陥れていいのか? あんた言ってたよな? 火野はあの年だから、これを逃したら次はもうないだろうって……、ようやく授かった大切な子供の人生が、トラウマのせいで台無しになったらマズいだろう……、ま、でも俺はこの件は内緒にするから」
情に訴えつつ……適当にでまかせを並べ立てた。
「うう~、くそー、やりたかねーが……、わかったよ、やりゃあいいんだろ、コノヤロー、こんちくしょう~!」
テツはヤケになって言ったが、諦めてやる気になったらしい。
「わかった、じゃ、つけるから、後ろ向いて」
「おう……」
蒼介がベッドから落ちないか確認したら、仰向けになったまま泣いている。
大丈夫そうなのでテツにおんぶ紐を装置していった。
「っと~、はい、これでいいかな」
前できっちりクロスさせて止めたら……完成だ。
「ぬおおー! 糞カッコ悪ぃ、こんなの……誰にも見せられねー!」
テツは嘆いているが、ダークスーツに開襟シャツ、グラサンかけたまんまで……ばってんのおんぶ紐……。
「ウッ……クッ……」
ヤバい位笑えるが、全身全霊フルパワーで我慢した。
ここで笑ったら、テツは絶対おんぶ紐を外すからだ。
「じゃあ、蒼介乗せるよ」
グズる蒼介を抱っこしてテツの背中に乗せた。
「で、どうすんだ、こうか?」
テツは後ろに手をやって体を揺らし始めたが、よく母親が赤ちゃんをもりする時にやる仕草だ。
子守りヤクザ……。
こんなヤクザは滅多に居ないだろう。
「おい、どうだ、さっきより静かになってきたか?」
テツは後ろを気にしながら体を揺すっている。
もう……限界だ。
「ぷっ!」
「おお? ……泣き止んだぞ、おいマジかよ、あんだけ泣いてたのによ~」
だが、テツの言葉で吹き出しそうなのが止まった。
「あ、ホントだ……」
テツの後ろに回り込んで蒼介を覗き込んでみると、蒼介はテツの肩に顔を預けてスヤスヤと眠っている。
「おい友也、寝ちまったのか?」
テツには蒼介の顔が見えないから、俺に聞いてきた。
「うん、嘘みたいに気持ちよさそうに寝てる」
「そうか……、こりゃ本当に効果があるんだな、おい、で~、これでトラウマは解消したんだろうな?」
「あっ、うん……」
「ったくよ~、やれやれじゃねーか、コテっと寝やがってよ~、へへっ」
仕返しのつもりだったのに、テツが満更でもない顔をするのを見たら……笑えなくなった。
蒼介がコテっと寝てしまったのは、泣き疲れたせいかもしれないが、テツの努力も少しはあるだろう。
ただ、ちょっと気になる事がある。
「あのー、スーツにヨダレが垂れてるけど……」
「なにぃ! ……おい、もういいだろ、おろすぜ、友也、手伝え」
「うん……」
子守りヤクザをもうちょい見ていたかったが、蒼介を起こさないように、そっとテツの背中からおろした。
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