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108Best partner(寺島の島流しと豆太郎)
◇◇◇
テツの禍々しいコレクションは、俺がある場所に封印した。
それは大した事じゃないが、コレクション事件をきっかけに……ちょっとした変化が生じた。
蒼介がグズり始めると、テツは自らおんぶ紐で蒼介を背負うようになった。
「へへっ、おい悪ガキ、どうだ、気分いいか?」
テツがおんぶ紐で蒼介を背負い、後ろに手を回して体を大きく揺らしてやると……。
「だあ~! だあ~!」
蒼介は超ご機嫌で、手足をバタつかせて興奮気味にはしゃいでいる。
ヨダレ防止に、肩にタオルを掛けるという念の入れようだ。
正直、テツがこんな事にハマるとは思わなかった。
「あ、友也、矢吹さん、お邪魔します……」
姉貴が買い物から帰って来て、俺はすぐにあがるように促した。
姉貴はまっすぐにテツの所へ行くと、すまなそうにテツに向かって頭を下げたが、姉貴は蒼介の母親だからなのか? テツはおんぶ紐姿を見られても構わないらしい。
「いいってことよ、俺はな、楽しんでんだ、こうやって体を揺らしてやると、蒼介がはしゃぐだろ? これが面白くってしょーがねー」
「そうですか? 蒼介、よかったね~、矢吹さんにいっぱい遊んで貰って」
「う~、う~」
だけど、蒼介は姉貴を見た途端、急にグズりだした。
「テツ、ママがいいって言ってる、そろそろ返してあげたら?」
「おう……、そうか、わかった」
俺が言ったら、ちょっと残念そうな顔をしておんぶ紐を緩め、姉貴が蒼介を抱っこして受け取った。
「あっ、蒼介……、そろそろオムツ替えなきゃ……、あのー、なんだか都合よく利用してるみたいで申し訳ないんですが……、ちょっと家に」
姉貴は蒼介を抱っこしただけで、オムツの具合がわかったようだ。
さすがは母親だと感心したが、大きなショルダーバッグを肩に掛け、蒼介を抱っこしたままテツに向かって頭を下げる。
俺だけならそんなに遠慮しなくてもいいが、やっぱりテツには気を使うんだろう。
「おお、そんな事ぁ構わねぇ、早いとこ家に連れて帰ってやりな」
「はい、じゃあ……、お世話になります」
姉貴はもう一度頭を下げて部屋を出て行った。
「ふう~、一服するか……」
テツはソファーに座ったので、俺も隣に腰をおろした。
「蒼介にメロメロだな」
「へへっ……、あいつ、ちょろちょろしまくっておもしれぇ」
俺は伯父なのに、ちょっとだけ妬ける。
「ニャ~ン」
龍王丸がやって来て膝に飛び乗った。
「龍、やっとゆっくりできるな」
前は龍王丸がいるだけで充分賑やかに感じたが、今は蒼介がいなくなった途端、物凄く静かになったように感じる。
赤ん坊の存在感はハンパない。
「友也、的場だが……、あいつ、イブキとくっついたのか?」
テツはいきなりケンジとイブキの事を聞いてきた。
「そうみたい」
イブキは会う度にケンジの話をするから、2人は上手くやってるようだ。
「じゃ、寺島はもういいんだな?」
なのに、わざわざ寺島の事を聞いてくる。
弟分だし、テツも一応気にかけてるのか?
「多分」
イブキはもう大丈夫だろう。
寺島はそっちに関しちゃチャラいし、俺は寺島の事はよくわからない。
「ま、どのみちイブキにゃどうでもいい事だが、ちょっと気になってな、寺島がよー、とうとう他所の女に手を出したんだ」
そう思った途端、テツは唖然とするような事を言った。
「えっ……マジで? で……どうなったんだ?」
それでイブキとの事を聞いたのか……。
寺島は女の事を前から注意されていたが、ついにマズい事になったらしい。
「向こうは指を詰めろと言ってきた」
「ええっ! ちょっと……、まさか……指を切ったんじゃ」
想像しただけで痛すぎるが、ガチで指を切るとか……今どき有り得ない。
「いや、向こうが格下の奴でな、向こうの親父と話をつけて金で解決したんだが……、ふんっ、向こうは端からそれが狙いだろう、この世界じゃゆすりたかりは常套手段だからな」
「金か……」
親父さんが解決したらしいが、取り敢えず指が無事で良かった。
「その代わり、親父にゃこっぴどく叱られた、俺も一緒にな」
「テツも……?」
「ああ、あいつの面倒をみてきたのは俺だからな、兄貴分として責任がある」
そういえばそうだった。
この稼業じゃ兄貴分も責任をとらされる。
だけど……それだと心配になってくる。
「じゃあ……テツも罰を?」
「いや、罰を受けるのは寺島本人だ、本来ならヤキを入れられるところだが、寺島は引越し祝いをしただろ? あの後に女と手を切っていた、俺のアドバイスを聞いたんだろう、だからよ、それで済む筈だったんだが、女が男にバラしたんだ、マヌケな事に……寺島の奴、女と写真を撮ってた、で、バレちまったってわけだ、だから言わんこっちゃねー、遊ぶなら後腐れが残らねーようにキッチリやれって言ったんだが……寺島はそこんとこが甘い、つけ入る隙をわざわざ与えるようじゃ、遊ぶ資格なんかねーんだよ」
確かに……テツはやたらと手を出すなって、寺島に繰り返し言ってたし、テツが腹を立てるのはわかる。
「そうなんだ……」
でも引っ越し祝いの後で、寺島は真面目にやろうと思ってたらしい。
「俺はよ、ぶん殴ろうとした、どのみち身から出た錆だからな」
「で……、殴ったんだ」
テツが殴ったとしても当然の事だが、ちょっとだけ気の毒な気がする。
「いや、やめた」
「え、やめた?」
「ああ、あいつは何一つ言い訳せずにじっとしてた、だからだ」
「そっか……」
殴らなくて良かった。
だけど、寺島に科せられる罰というのが気になる。
「それで……、罰って?」
「丸坊主だ、あとはな、しばらく工場勤めだ」
丸坊主は竜治もやられていたが、工場は初耳だ。
「工場?」
「ああ、そこで汗水たらして働きゃチャラだ、ま、あいつ、ちっとも体を鍛えねーからよ、ちょうどいんじゃねーか」
罰と言っても、普通に働くっぽい。
「じゃあ、リンチとかは無しだよな?」
念の為、聞いてみた。
「ああ」
「そっか……」
無しと聞いて安心した。
リンチは嫌だ。
あそこまでズタボロにやられる事はないと思うが、リンチと聞いただけで、三上が惨たらしい姿になっていたのを思い出す。
罰が軽く済んで……よかった。
「でだな……、工場ってぇのが、こっからちょいと離れた場所にある、寺島は寮に入る事になるんだが……、あいつ俺に『兄貴、一生の願いだ、豆太郎を宜しく頼みます』ってよ~、泣きそうな面ぁして言ったが……、な事言っても……無理だろ、うちにゃ龍王丸がいるからな、2匹一緒にしたら喧嘩をおっ始めるぞ」
寮なら、豆太郎を誰かに預けるしかない。
「豆太郎か……」
確かに龍王丸の事もあるが、俺もあんまり気乗りしなかった。
「あの犬、やたらおめぇに盛るからな」
「うん……、そうなんだけど」
勿論盛られるのも嫌だが、それだけじゃなく、今は蒼介を預かるから……それが一番大きい。
龍王丸と蒼介は、今のところ特に問題もなくやってるが、豆太郎は犬だ。
龍王丸みたいに高い場所に避難できない。
蒼介は滅茶苦茶好奇心旺盛で、目に付いた物があれば迷わず突進する。
しかも、ハイハイなのに思わぬ程ハイスピードだ。
あの勢いで突進して、豆太郎をムギュっと掴んだりしたら、豆太郎が怒って噛み付くかもしれない。
悶々としていると、ピンポンが鳴った。
龍王丸を脇へおろし、俺が出る事にした。
前は来客が来たら必ずテツが出ていたが、月日が経つうちに俺も出るようになった。
玄関に行ってドアを開けると、水野とカオリが立っている。
「あっ、水野さんにカオリさん」
「こんにちは~、また来ちゃった~、えへへ」
カオリはちょくちょく来てるから、ふざけるように笑って言った。
「友也、矢吹もいるんだろ、飯は食ったか?」
水野が聞いてきた。
「えっ、いや……まだです」
もう昼を過ぎているが、寺島の事で話し込んでいて忘れていた。
「だと思ってよ、寿司を買ってきた、一緒に食おうぜ」
水野はデカいナイロン袋に入った入れ物を2つ提げている。
「あ、すみません……、あの~どうぞ上がってください」
2人に上がって貰い、ソファーに座るように促した。
俺はキッチンでお茶を用意する事にしたが、2人はテツに挨拶して、テツの向かい側に並んで座った。
その後は、水野が持ってきてくれた寿司をご馳走になりながら話をする事になったが、テツと水野はどこの誰がどうだとか、うちわ話をして盛り上がっていた。
「一杯やりてぇが、そうもいかねぇな」
「おお、俺は友也を送ってったら、ちょいと寄る所があるからな」
「そうか……、おおそうだ、聞こうと思ってたんだが、いやまあ~、友也とは会っちゃいるが、俺はあの店には行かねーからな、な、友也、バイトは嫌にならねぇか?」
大量の寿司を食って熱々の茶をすすっていると、水野が俺に聞いてきた。
「いえ、別に」
「そうなのか? あの店はお宅んとこの店だ、あんまりこまけぇ事は分からねぇが、うちの若がニューハーフにたかられて参ったって、ボヤいてたからな」
「くっくっ、あれだろ? サインしたとかどうとか」
「らしいな、いや、あの手の奴らは大抵ウザイ、けど、若が困るぐれぇだからよ、相当なんじゃねーかと思ってな、ミノルはまあーあの調子だ、ボーッとしてる時に聞いたら……ハッキリしねぇ答えを返すが、人格が変わった時に聞いたら……やたら偉そうに『そんなに知りたきゃ、てめぇで確かめろ』って言うんだ、ミノルは人格変わるから訳が分からねー、ま、ミノルは置いといて……、友也はどうなのかと思ってな」
水野が言うように、ニューハーフ達は8割位はウザイが、いざという時は強力な助け舟、助っ人になる。
日向や浮島組の連中は滅多に来ないからいいが、堀江に纏わりつかれた時には、必ず誰かが助けに来てくれる。
「あの俺は~、慣れました」
「そうか、それならいいが、無理するなよ、お前は前も花車で働いてたが、風俗や水商売に行く事はねー、まだわけぇんだ、他にいくらでもあるだろう」
水野は俺の事を気にかけてくれるが、カオリは元ソープ嬢だ。
けれど、今はそんなのは嘘みたいに普通の主婦をやっている。
そのカオリの前で、今になって風俗や水商売の事は話しづらい。
「あ、まあー、はい……」
「あの店は若の紹介だ」
無難に返事だけしたら、テツが話に入ってきた。
「お、そうなのか? あ、そういや……親父の屋敷でそんな事を言ってたな、友也はお宅の頭と懇意にしてるんだろ?」
「ああ、だからよ、待遇がいい」
「それでか、なるほど……」
「なあ水野」
「ん、なんだ?」
「お前にゃ世話になった、そうやって……、未だに友也の事を心配してくれるんだからな」
2人は店の事を話し始めたので、ここはテツに任せようと思っていると、テツはちょっと引っかかる言い方をした。
「おい矢吹、勘違いするなよ、前に話したじゃねーか」
水野はソッコーで予防線を張った。
「ああ、わかってる、そこでだな……おめぇにひとつ頼みてぇ事がある」
てっきり水野の事を疑ってるのかと思ったら、違うらしい。
「頼み? なんだよそりゃ」
「うちの寺島が、ちょいとバカをやらかしてよー、島流しだ、はははっ……、それでしばらく留守にするんだが」
俺にはわかった。
テツは豆太郎の事を水野に頼むつもりだ。
「おお、なにをやらかしたんだ?」
「女だ、ま、それはどうでもいい、お前、前にここで豆太郎を見ただろ?」
「あっ……、わかったぞ、俺に預かれって言うんだろ?」
水野も気づいたらしい。
「そうだ、いやな、うちはよ~、龍王丸もいる、で、ちょくちょく蒼介を預かる、さすがにこれ以上は無理だ、な、水野、頼むわ」
テツが言った通り、実際無理がある。
「いや~、犬か……、嫌いじゃねーが、飼った事ねーからよ」
水野に預かって貰えば助かるが、水野は困った顔をしている。
「おめぇ~、友也に情けをかけるぐれぇだ、あんなよ~、ちいせぇ犬をほっとけねーよな? 寺島はな、ちょいと抜けてるが……豆は本当に可愛がってる、そりゃな、こんな事になったのはてめぇが悪いんだが、あいつも反省した、なあ水野、おめぇんとこは夫婦2人だろ、豆太郎……いいよな? 預かってくれるよな?」
テツは強引に押しているが、豆太郎の事を考えたら……是非OKして貰いたい。
「そう来るか? いやまあ~、犬には罪がねーからよ、そりゃわかるが、ちょっと待ってくれ……」
水野は迷っているようだが、あとひと押しすれば……いける気がする。
「水野君、いいじゃん、矢吹さん、あたしがOKする」
俺も何か言わなきゃと思ったら、カオリがあっさりOKした。
「おお、カオリ、ほんとか?」
テツは嬉々として聞き返す。
「ええ、大丈夫、だって~、豆ちゃん躾できてんじゃん、大丈夫だよ、飼える、うちで預かるから」
カオリがOKしたら、決まりだろう。
「わりぃな、助かる」
「おいカオリ、ほんとに大丈夫か?」
水野は確かめるように聞いたが、やっぱり反対しなかった。
「たかが小さな犬じゃない、あたし、飼ってみたい」
「わかった、矢吹、豆太郎はうちで預かる」
良かった……。
2人が預かってくれるなら、安心だ。
「そうか、ありがてぇ、寺島も泣いて喜ぶぞ、これを機に、おめぇの事を兄貴として崇拝するに違いねー」
「崇拝? なに言ってんだよ……」
「いいや、嘘でも冗談でもねー、本当の話だ、あいつ、恩だ義理だの話になると、異常に暑苦しいからな」
「そうなのか? おい、俺は浮島の人間だ、暑苦しいのは勘弁してくれ……」
水野は困惑していたが、寺島は……きっとガチで水野を崇拝するだろう。
「ぷっ、あははっ……」
カオリが水野を見て吹き出した。
「なんだよ、なにが可笑しい」
「良かったね~、霧島さんとこの人間に慕われるって、それこそ人望ってやつじゃない? ぷっ……」
「カオリ、お前~、面白がってるだろ」
「いいじゃないの、仲良くするのはいい事なんだし~」
「そりゃまあ~」
水野はカオリに押され気味だ。
俺とカオリ程年は離れてないが、姉さん女房だから手のひらで転がされてるような気がする。
それに、カオリは長いことソープで働いてただけに、人生経験やその他諸々も経験豊富だろう。
水野と初めて会った時に『あれは案外遊んでない』と断言したくらいだから……多分どう足掻いても……水野はカオリに勝てない。
「なあ、ちょっと気になるんだが、カオリ、まだ苗字で呼んでるのか?」
テツは豆太郎の事が解決して安心したのか、話題を変えて呼び方について聞いた。
「あ、ええ、なんか呼び慣れてるし~」
「水野は……確か辰也だったな? 辰也って呼びゃあいいじゃねーか」
「え~、今更呼びにくい」
「カオリ、辰也で構わねーぞ、そう呼べ」
水野は名前で呼ばれたいらしい。
「ちょっと待ってよ、だって~お隣の舞さんも火野さんって言ってるし、別にいいじゃん」
「あのな、火野は源三郎だぞ、『源三郎さん』っつーのは人前じゃ呼びにくい、あいつの名前は特別だから仕方ねー、おめぇは普通に呼べるだろ」
「ええ~、やだぁ」
火野さんとは違って、辰也なら普通に呼びやすいと思うのだが、カオリは迷惑そうにしている。
「ニャ~ン……」
龍王丸がやって来て、膝に飛び乗ってきた。
「へへっ、龍……」
3人は相変わらずああだこうだと言ってるが、俺は龍王丸を片腕に抱いて立ち上がり、サイドボードの端に置いてあるブラシを取った。
もう一度座り直し、龍王丸を膝にしっかりと抱いて、真っ白なフワフワの毛をブラシで梳いたら、龍王丸は腹を出してゴロンと寝転がる。
「ニャッ……」
甘えて小さい声で鳴く時が、何気に1番可愛い。
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