15tangle

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15tangle

◇◇◇ 翔吾の屋敷に行った翌日、この日も日曜日で休みだ。 昨日、翔吾に手厚く介抱して貰ったお陰で朝早くから目が覚めた。 ベッドでぼけーっとしていたら、姉貴が出勤前に部屋にやって来た。 「ちょっと友也」 相変わらずノック無しでズカズカと入ってきたが、文句を言うのが面倒臭いので返事だけ返した。 「なに?」 「あんたが入り浸ってる友達の、電話番号教えなさい」 姉貴は不躾に嫌な事を言い出した。 「やだ、なんで姉ちゃんに言わなきゃならねぇんだよ」 「母さんが自由にさせてるから、悪い事してないか、あたしが見張る」 「な事してるわけねーし、つか、お節介」 「あのね、もしあんたに何かあったらどうするの? いざという時に連絡がつかなきゃ困るでしょ」 「そんなのねーよ、むしろ姉ちゃんの方が危ないんじゃね? 女だし」 「あたしは大丈夫、あんたみたいにふらふら遊び歩いてないもん、ね、番号、教えて」 「もー、勘弁してくれよ……、プライバシーの侵害だ、無理、教えらんねー」 「友也!」 「おやすみ、俺、もうちょっと寝るから」 「もう、しょうがないな……」 何を言われても、電話番号なんか教えられるわけがない。 そうするうちに出勤時間が迫ってきて、姉貴はぶつくさ言いながら仕事に行った。 心配してくれてるのはわかるが、姉ちゃんには参る。 適当になんか食ってのんびり過ごしていると、テツから電話がかかってきた。 だけど、何だか周りが騒がしい。 それに……呂律が回ってないし、酔っ払ってる。 『おい、何してた』 「なにもー、ボーッとしてた」 午前中から宴会でもしてるのか? カラオケに笑い声、女の甲高い奇声が入り混じる。 まるで別世界だ。 『俺がいねーと寂しいか?』 「ああ、まあ……」 酔っ払いのいう事だし、真面目に答えるつもりはなかったが、寂しいのかな? って…自分自身に問いかけながら答えた。 『なんだよその言い方は! おい、俺に惚れてるか?』 テツはやけに絡んでくるが、今はまだ……やっぱり言えねぇ。 「前に言っただろ? 好感は持ってる」 『このやろー、言え! 言ってみろ!』 電話越しに伝わってくるざわめきは、どことなく色香を漂わせている。 それを聞いたら重い溜息が漏れたが、テツがこんなに酔っ払うとは思わなかった。 親父さんの誕生日会の時はほぼシラフだったのに、ちょっと意外に感じた。 「テツ、飲みすぎじゃね?」 『なわけあるか! 聞かせろ! 惚れてると言え!』 しつこく言わせようとするが、俺は静まり返った部屋にひとりぼっちな状態だ。 昨日翔吾から聞いた事が、電話越しに聞こえる喧騒と重なり……、とてもじゃないがそんな事を話す気分じゃない。 何も返さずに黙っていると、女の声が聞こえてきた。 『ちょっと矢吹さん、誰に電話してるの? 彼女かなー?』 『んー』 『やだ、否定しないんだ、酷いなー、あたしを忘れないでよ、もう』 『あっ、こら、いきなりか?』 『ふふっ……いいでしょ? ね、無礼講……』 『しょーがねーな、ったく』 『ね、ほら、これをこうして』 『おお、お前っ……』 「──くっ!」 女とのやり取りが露骨に伝わってきて、思わず電話を切った。 「……んだよ、わざわざ電話してくるなよ」 ムカついたし……物凄く汚れてるように感じた。 「腹立つー! すげームカつく! 馬鹿野郎! テツなんか……女とやりまくってりゃいい! クソー……ああ腹が立つ……」 腹が立って仕方がない。 イライラする。 だけど……なんで俺がこんな事で腹を立てなきゃいけないのか……。 自分自身に1番ムカついた。 ムカつくのにどこにもやり場がない。 無性にやるせなくなってきた。 「翔吾……」 ふと翔吾の姿が頭に浮かんだ。 翔吾は一途なのがいいと言った。 俺じゃないと駄目だって……そう言った。 居た堪れなくなって翔吾に電話をかけていた。 すると、翔吾は補佐代理と2人でショッピング中だと言う。 寺島には留守番を任せたらしいが、補佐に代理がいるとは知らなかった。 翔吾は俺の声を聞いた時に一瞬驚いた。 俺が不意打ちで電話したからだろう。 でもすぐに明るく弾んだ声で返してきた。 それを聞いたら、ささくれ立つ気持ちがすーっと穏やかになったが、今から帰るから帰りがけにうちに寄ると言い出した。 聞けば、スーツを新調する為にオーダーメイドの店にいると言う。 邪魔しちゃ悪い。 今日はやめてまたにしたら? と言ったが、スーツはもう済んだから、このままうちに寄ると言った。 俺が電話したのが余程嬉しかったのか、やたらテンション高いし、そんなに喜んでるのに断わるのは悪いような気がする。 OKしたら家の前に迎えに行っていいか聞いてきたが、付き合いの希薄な町内だし、今まで神経質になってたけど、そんな事を気にするのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。 家族がいる時はさすがに無理だが、家の前に迎えに来て貰う事にした。 ただ、補佐代理とは初めて会うから、ちょっと緊張する。 1時間くらいしたら着くという事だったが、時計を見たらもう11時になる。 小腹が空いたので軽く食事を済ませ、出かける用意をした。 それから1時間くらい経った頃に翔吾から電話があり、もうじき着くと言うので、予め玄関先に出て待っていた。 やって来たのはシルバーのレクサスだった。 俺はまず補佐代理に挨拶しようとしたが、翔吾が車から降りてきた。 「友也、まさか電話してくれるとは思わなかったー、ほら、後ろに一緒に乗ろう」 「あ、ああ、うん」 翔吾に引っ張られ、なだれ込むように後部座席に座ったが、俺はすぐさま運転席の男に挨拶した。 「あの、初めまして……、今日はすみません」 斜め後ろから見た補佐代理は、ツーブロックショートヘアーなイケメンだった。 ワイルド系でテツと似通った雰囲気をしているが……。 俺は……色白で中性的な翔吾やイケイケなテツ、厳つい親父さんは別としても、あとは芋団子をつくねたような面子ばかりだと思っていたので、組内に他にもイケメンが存在していた事に驚いた。 「おう、気ぃ使うこたぁねー、若の友達なら遠慮はいらねぇ」 翔吾の組の人達は、皆その筋の人間といったオーラを放っているが、親しい人間にはわりと普通に接してくる。 皆性格が違うから、細かな部分はそれぞれに違いがあるが、この補佐代理は気さくな感じの人だったので安心した。 「はい」 とはいえ、初めて会うからやっぱり緊張する。 「友也、源三郎イケメンでしょ?」 だが、翔吾に話しかけられてびっくりした。 「源三郎(ゲンザブロウ)……?」 今、この補佐代理の人の事を源三郎と言ったように聞こえたが……聞き間違えか? 「古くせぇ名前に驚いたか? 俺は火野源三郎という名前だ、宜しくな友也、はははっ!」 代理の人は名前を名乗って笑い飛ばす。 「あははっ!だよねー、まるで時代劇じゃん」 翔吾は時代劇みたいだと言ってゲラゲラ笑った。 「は、ははっ……」 確かに変わった名前だと思ったが、吹き出す程の事じゃないし、愛想笑いで誤魔化した。 「だけどさー、人前で呼びにくいから、僕は源ちゃんって呼んでる」 「源ちゃん?」 「うん、だから、友也も源ちゃんって呼んだらいいよ」 「おお友也、源ちゃんで構わねーぞ」 「いや……、俺は火野さんでいいっす」 本当に今時珍しい古めかしい名前だが、火野さん本人は気にしてないらしく、翔吾と共に源ちゃんと呼ぶように勧めてきたが、それはさすがに遠慮させて貰った。 その後は、翔吾がカフェに寄りたいと言い出し、3人でカフェに寄る事になり、落ち着いた雰囲気の店内でまったりと過ごした。 「源ちゃんさ、もう40なんだよ」 翔吾は俺の隣に座り、火野さんは向かい側に座ったが、翔吾は火野さんについて話し始めた。 「え、そうなんだ、もっと若いかと……」 40とは思えない、30代半ば位に見える。 「へへー、バツイチ」 翔吾はサラッと火野さんのプライベートな事に触れる。 「若……」 火野さんは困った顔をしている。 「子供はいないから気楽だよねぇー、遊び放題」 けれど、翔吾はケロッとした顔でペラペラ喋る。 火野さんはバツイチだけど、子供はいないようだ。 「若、そんなに遊んじゃいませんぜ、俺は真面目なんだ」 火野さんはすげーモテそうな感じだが、マジな顔で主張する。 「ふむ、まぁ確かに、今の所真面目かな、あのさ、友也」 翔吾はまだ他にも何か言いたげだ。 「ん?」 「源ちゃんさー、真冬に水垢離なんかやってんの」 真冬に水垢離? 「水垢離? なにそれ?」 よく分からない。 「穢れを落とすんだ」 火野さん自身が説明したが、やっぱりいまいち意味がわからなかった。 「やだな、ちゃんと説明しなきゃ分からないでしょ? あのね、簡単に言えば水を浴びる事、さすがに井戸はないからー、ふろ場に汲み置きした水を浴びるんだ」 翔吾の説明でアバウトに意味がわかってきた。 「滝修行みたいなやつ?」 「そう、あれに近い」 「へえ、水を浴びたら穢れが落ちるんだ」 俺は真冬にそんな事をやりたくないが、穢れを落とすとか、変わった趣味だと思った。 「そうだ、友也、乾布摩擦もいいぞ、風邪をひかなくなる」 火野さんは真顔で俺に言ってくる。 「もうー源ちゃん、またそんな事言って、ジジイみたい」 翔吾は呆れ顔で茶化すように言った。 「そんな事を仰らず、若も1度やられてみるといい」 「やだー、やりたくない」 火野さんはめげずに翔吾にオススメしたが、翔吾はまったく興味がなさそうだ。 どうやら火野さんは、源三郎という古めかしい名に相応しい人物らしい。 ちょっと変わってるとは思うが、真面目なところは好感が持てる。 カフェでは珈琲にサンドイッチ、パンケーキ、パフェなどを皆で食べた。 やがて話が一段落ついたところで、そろそろ出ようかって事になった。 俺は自分が食った分位払うと言ったが、翔吾が駄目だと言い張るので、有り難く奢って貰う事にした。 カフェを出たら翔吾の屋敷に行き、翔吾の部屋で過ごした。 テツは俺が行ったら必ず部屋にやって来て、なんだかんだと絡んだ挙句……大抵格闘技の技をかけてきたが、火野さんが部屋に来る事はなかった。 翔吾には昨日考え直すと言ったが、それは時間がかかると言ってある。 俺は屋敷に通ってた時と同じように、ソファーに寝転がってゴロゴロしていた。 「源ちゃんさ、悪い奴じゃない、むしろ逆かもね、だけどさー、あんな風だから組じゃ浮いちゃう、はっきり言って、僕はこの稼業に向いてないんじゃないかと思ってる、変に堅物なんだ、だからバツイチになったんじゃないかな、イケメンなのに上手くいかないもんだね」 俺が漫画本に目を通していると、テーブルを挟んで向かい側に座る翔吾が、ため息混じりに火野さんの事を話した。 「そっかー、そんな真面目な人だと、用もないのにここには来ないよな、それでずっと会う機会がなかったんだな」 火野さんは生真面目そうな人だし、用もないのに俺の前に姿を現す事はないだろう。 だから今まで屋敷内で出くわす事がなかったんだ。 「惚れた?」 「えっ?」 納得していたら突拍子もなく聞かれ、一瞬意味が分からなかった。 「源ちゃんに」 翔吾は火野さんの事を聞いてきて、俺は呆気に取られた。 「何言ってるんだよ、そんなわけねーだろ」 火野さんは良さそうな人だけど、会ったばかりの人に惚れるわけがない。 「友也、ああいうタイプ好きなんじゃないかなーって、なんとなくそう思ったんだ」 確かにイケメンだとは思った。 ちょっとだけテツに似てるとも……。 「いや、イケメンだとは思うよ、だけどさー、絡みのない人間をいきなり好きになる?」 「絡みか……、じゃあー、テツはどう? 友也に絡みまくってたしー、カッコイイよね」 ところが、翔吾は火野さんの話をしたついでに、テツの事を持ち出してきた。 「ちょっと……さっきから何話して……、翔吾、おかしいだろ」 やべぇ……。 全力で誤魔化さなきゃ。 「ふふっ、冗談……、テツはいつも僕につきっきりだろ? だからぁ羽を伸ばして来たら? って言ったんだ、そしたらテツは『俺は若の世話役だ、そういうわけにゃいかねー』って言ったんだけど、行きなさいって無理矢理行かせた、キツく言わなきゃ行こうとしないんだ、だけどあっちには顔見知りの女がいる筈だから、今頃いい事してるかなー」 翔吾は俺とテツの事を疑う事はなかったが、またあの話を蒸し返す。 しかも無理矢理行かせたって言うし、テツは好きで旅行に参加したわけじゃなさそうだが、顔見知りの女がいると聞いて嫌な気持ちになった。 電話越しに聞いた……テツに親しげに話しかける女の声。 それが顔見知りの女か? 兎に角、これ以上その話を聞きたくない。 「翔吾、俺はそういう話を聞きたくない、あの……本音を言えば、俺は翔吾や親父さんを含め、自分が関わった組の人達は……そういう闇の部分を抜きで見てる、そんな話を聞いたら嫌でもヤクザなんだって意識するから……、悪いけどその話は無しにしてくんない?」 そう思ってるのは嘘じゃないし、俺は本音を明かして頼んだ。 「そっか、そんな風に……、なんか嬉しいな、わかった、もう言わないよ、あっ、友也、体調はもういいの?」 どうやらわかってくれたらしい。 「ああ、うん、ちょっとした風邪だからもう治った」 体調は元々仮病だから何ともないが、テツと出かけてた事がバレたらマズいし、あくまでも風邪だったって事を貫く。 「そっち……、行っていい? 隣に」 すると、翔吾は遠慮がちに聞いてきたが、俺は内心ちょっと動揺した。 「ああ……、いいよ」 だけど考え直すって約束した以上、断わるわけにはいかないだろう。 「友也……」 俺が起き上がって座ると、翔吾は俺の隣に密着して座り、肩を抱いて手を握ってきたが、俺はされるがままにじっとしていた。 テツや三上にヤラれてるせいで、もう昔みたいに狼狽える事はなかった。 そんな事位、なんでもない事のように思える。 「キスしたい、いい?」 だけど……、翔吾はやっぱりそういう付き合いをしたいらしい。 俺は少し迷ったが、無言で頷いた。 テツは浮気をするなよと言ったが、自分だって遊んでるんだし、翔吾は俺にとって大切な存在だから構わない。 目を閉じると、掠めるように頬が触れて唇が重なってきた。 翔吾も俺と同じで毛が薄い方だから、髭が当たる事はない。 恐る恐る確かめるように唇を吸ってきたが、どことなくたどたどしさを感じさせる。 翔吾は組の連中と付き合ったと言っていたが、テツのように経験豊富ってわけじゃなさそうだ。 なんだ、この程度か……。 そう思って油断していると、いきなりソファーに押し倒された。 「わ……」 翔吾は真上から刺すような目線を向けてくる。 「友也、僕には……君しかいない、君だけだ」 これ以上はマズいと思ったが、そのまま被さって首筋にキスしてきた。 確かに約束はしたが、今はまだそんな気持ちには……。 「あの……俺……、ち、ちょっと待って……!」 堪らなくなって肩を掴んで押し返した。 「やっぱり嫌かな?」 翔吾は不安げな顔で聞いてきて、焦りまくった。 「いや、違う、嫌とかそんなんじゃなくて……、その……まだそういう気持ちには」 もう2度と傷つけるような真似はしたくないが、そういう気持ちになるにはまだ早すぎる。 「そうだったね、ごめん……、ついやりすぎちゃった」 翔吾は起き上がってソファーに座り直し、バツが悪そうに苦笑いして言った。 ホッとして俺も起き上がり、ソファーに座り直した。 今のでわかったが、やっぱり……俺は翔吾の事を友達として見てる気持ちが強い。 考え直すって言ったのは失敗だったのか? 膝を掴んでひとりで考え込んでいると、翔吾が手を握ってきた。 「とーもや、えへへっ」 さっきのが嘘みたいに、悪戯っぽく笑って俺の名前を呼ぶ。 「ごめんな、やっぱそう直ぐには……」 俺には謝る事しかできなかった。 「やだな、僕はこんな風にしていられるだけで十分だよ、たださー、ほら、またうちに寄ってくれない? テツも水曜には戻ってくるし」 翔吾はまた屋敷に遊びにくるように誘ってくる。 テツを交えて会う事になったら……って思うと、めちゃくちゃ腰が引けるが……今更断わるわけにはいかない。 「ああ、うん、また寄らせて貰うよ」 今度この屋敷に来る時は、本気で腹を括り、絶対にバレないようにするしかなさそうだ。
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