163人が本棚に入れています
本棚に追加
2one day
◇◇◇
あれから、ちょくちょく翔吾の家に行くようになった。
大抵学校帰り。
俺は勉強なんか嫌いだから大学へは行かない。
親は今時大卒は普通だとか、それが当たり前とか色々言うが、目的もないのに無駄金使って四流大に行くのは馬鹿げてる。
だから塾も通ってないし、部活もなしだ。
翔吾も同じ考えだからウマが合う。
暇に任せて通った。
何度も訪問するうちに色んな事が分かってきた。
テツを始め、翔吾の家には5人の子分が住んでいた。
テツは組長に気に入られてるらしく、序列は幹部クラスより上になるし、乳母役なので座敷をひと部屋与えられている。
他の4人は年も若く、組の中では下っ端だ。
4人は大部屋に雑居して家事や雑用をこなしている。
詳しい事はよく分からないが、他にも幹部クラスが複数いるらしく、家から5分とかからない近くのマンションに住んでいて、家に泊まる事もしょっちゅうあるようだ。
それ以外の人間はどこに住んでるのか知らない。
兎に角、人の出入りは頻繁にあるし、テツ以外の子分と顔を合わせる事もあったが、深くは関わりたくないので、挨拶程度で話をする事はなかった。
そんなある日、翔吾とゲームをして遊んでいると、ドアをノックする音がした。
ヤクザにはもう慣れっこになっていたので、またテツが来たのかと思って、ゲームの画面を見続けていた。
「翔吾、入っていいか……?」
しかし、野太い声が翔吾を呼び捨てにしたのを聞き、まさかと思って一気に緊張感に包まれた。
「親父、なんの用……?」
「お友達が来てるんだろ?ここはひとつ、わしにも挨拶させてくれ」
「もう…」
思った通り、翔吾の親父さんだ。
翔吾は膨れっ面をしているが、俺は心臓がバクバクしてきた。
「お父さん?」
「そう、いいかな……? 別に畏まる必要ないから」
小声で聞いたら逆に聞き返され、内心ビビりまくっていたが……嫌だとは言えない。
「あ、うん……」
「いいよ、入って」
「そうか、邪魔するぞ」
狼狽えながらドアが開くのを凝視していると、黒い羽織袴姿の初老の男が現れた。
翔吾の父親にしてはやけに老けてるように見えるが、厳つい顔立ちに鋭い眼光は、如何にも親分といった風格を感じさせる。
「あ……あの、は、はじめまして」
俺はカチコチになりながら頭を下げた。
「おお、君が翔吾の」
「は、はい」
「そうか、いやー、今日はちょっとした集まりがあってこんな格好をしているが、普段家にいるときゃただの爺さんだ、はははっ、確か…友也君だったね?」
「はい」
「この子はな、わしがヤクザなんかやっとるせいで、肩身の狭い思いをしてきた、君のようないい友達に巡り会えて良かった、これからも仲良くしてやってくれ」
「はい」
「楽しくやってるとこを邪魔して悪かったな、遠慮はいらん、何か欲しい物があれば若いもんに言いつけたらいい、それじゃまた」
「はい」
親父さんが立ち去るまで、俺はガチガチに緊張しっぱなしだった。
「な、うちの父さん老けてるだろ……?」
「えっ?」
俺はまだ固まっていたが、翔吾に話しかけられてハッとした。
「親父だよ、僕は親父が40過ぎて出来た子なんだ」
「あ、ああ、そうなのか……?」
40過ぎなら、もう60前……?
どおりで老けてる筈だ。
「そう、参観日とか、たまに来てたけど……微妙だよ、まあ僕の場合、老けてる事より、親父についてる連中が問題なんだけどね、親父の周りには誰も近寄らない」
「そっか、だけど参観日に来てくれるとか、いい親父さんじゃん」
「まぁね、有難いとは思ってる、ただ、普段来るのはテツだから、それもまた微妙だった……」
「テツが参観日……ぷっ」
「笑えるよね……」
「あ、ごめん、つい想像しちゃって」
「うん、友也なら笑われてもいい、こんな風に僕んちに来てくれるんだもん」
親父さんの話からテツの話になって、つい笑ってしまったが、翔吾は俺には想像できない苦労をしてきたようだ。
「若、邪魔してもいいですか?」
するとドアをノックする音がして、テツがドア越しに声をかけてきた。
「ああ、いいよ」
「おう、友也ー、来たか、へへへっ」
テツは直ぐに部屋に入って来ると、ニヤニヤしながら真っ直ぐにこっちにやって来る。
「あっ、ちょっと……」
背後に回り込まれ、嫌な予感をおぼえた。
「友好の証に、卍固めさせろ」
「いい、いらねー、そんな証、いらねーから……!」
「テツ、やめろって……!ふざけすぎだろ」
「すみません、こいつを見るとつい技をかけたくなるもんで」
「それ……どーゆー事……?意味わかんね」
俺は今ではすっかりテツと打ち解けていた。
テツはこの家に通うようになって暫くたった時、『お前は若の友達だから、お前には特別にテツと呼ばせてやる』と言った。
最初は遠慮していたが、テツはよく冗談を言ったりする。
徐々に親しくなり、自然と呼び捨てにするようになった。
それは別にいいんだけど、度を越した悪ふざけをしたり、ズゲズゲとものを言うようになっている。
「な、友也」
「ん……?」
「お前、姉ちゃんいるんだって?」
テツがマジな顔で話しかけてきたので、何かと思ったら……姉貴の事を言う。
「うん」
「年はいくつだ?」
「20歳」
「スタイルいいか? 胸はデカいか……?」
「ちょっと……なんなんだよ」
なんだか、またいやーな予感がしてきた。
「いいから、教えろ」
「知らねーよ、普通じゃね?」
「そうか、顔はお前と似てるのか……?」
「そりゃあ姉弟だし」
「紹介しろ」
──思った通りだった。
「残念だったな、姉ちゃん、彼氏いるから」
「そんなもん、ただ付き合ってるだけで婚約してるわけじゃねぇだろ……?」
「ああ、うん」
「構わねー、紹介しろ」
「無茶言うなよ、無理に決まってるだろ、姉ちゃん彼氏にぞっこんなんだから」
「なもん、どうせその辺のガキだろ、俺と付き合や俺の方がよくなる、ふっ……、女を落とす自信ならいくらでもあるぜ、友也、お前もじきに社会にでるんだ、予備知識として、そこんとこを詳しく教えてやろうか?」
「いい、兎に角断る、姉ちゃんは駄目だ」
テツの感覚にはついていけない……。
「テツ、自分で探せばいいだろ」
「ケバい女は飽きた、素人がいい」
「じゃ素人を探せば?」
「俺は真面目に付き合いてぇ、だからよー、無理矢理やるとか、そういうの抜きで普通に出会いたいんだ」
話す事が、一般的な常識から相当外れてる。
「……イカレてるだろ」
ついボソッと呟いた。
「ん、今なんか言ったか……?」
姉貴の事は翔吾に聞いたんだろうが、俺が翔吾の家の事を理解したとしても、それとこれとは別だ。
姉ちゃんをヤクザに紹介するとか、無理に決まってる。
最初のコメントを投稿しよう!