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◇◇◇ 気怠い月曜日。 コルセットのお陰で、腰痛は随分楽になった。 予想を裏切らず、テストの結果はいまいちだったが、俺にとってはテストの結果など取るに足らないちっぽけな事だ。 「友也」 休み時間に椅子に座って机にへばりついてると、後ろから肩を叩かれた。 「あ、翔吾か」 「なんだよそれ、冷たいなー」 「そういうつもりはねぇ、ただ眠いだけー」 「親父に貰った時計、はめてないんだ」 翔吾は残念そうに言うが、あんな時計をつけられるわけがない。 「あんなのつけたら、不良に目をつけられてカツアゲされるよ」 冗談めかして言ったが、冗談じゃなかったりする。 「不良か、ふふっ、いいね、もしそんな事をしたら……それをネタに脅して、三下に仲間入りさせちゃお、若い奴らに根性叩き直して貰えば、新たな人材ゲットだ、あははっ」 翔吾も冗談のつもりなんだろうが、満更冗談とは思えない。 「どんな人材ゲットだよ、怖すぎだろ……」 「人手不足だからね、友也が来てくれたらいいのに、親父、喜ぶよきっと」 翔吾は今まで俺を組に誘うような事は言わなかったが、再び付き合うようになって気が緩んだのか、誘うような事をちょくちょく口にする。 俺も別に気にはならないが、親父さんが喜ぶと言われても……困る。 「いや、ムリムリ、あのさ、俺……、力ねーし、凄むとか無理だし、頭わりぃし、パシリしか使い道ねーから、はははっ」 誤魔化す為に卑下したわけじゃなく、事実だ。 「うん、それなら……免許取って運転手とか、あとシノギと言っても色んなのがあるから、ソープやデリへル関係、普通に事務仕事とか、色々あるよ、で、うちに住めば家賃タダだし、車も空いてるやつを好きに使えばいい」 けど、そんな風に言われたら……楽そうな仕事に思えてくる。 今はある程度顔見知りもいるから、気も楽なんじゃないかと思うが、屋敷に住むのはちょっと無理だ。 翔吾は親父さんが俺を気に入ってるのを歓迎してるようだが、気に入ると言っても違う意味で気に入られるのは勘弁して欲しい。 「うーん、仕事は悪くはないけど……、俺はやっぱり自分ちがいい」 「そっかー、ま、それなら仕方ないけど、一応言っとくと……、固定給はなくて、やったらやっただけ貰えるってやつ、でも部屋住みの三下を除いて、最低限の金は出すようにしてる、親父の方針だから」 「へえ、そうなんだ、だけど……翔吾がそんな事を詳しく話すのは珍しいな」 「もうじき夏休みでしょ? だから……それ過ぎたらそろそろハッキリ決めなきゃ」 「就職か……」 誰かの下についてあくせく働くのは嫌だ。 進路指導の先生に、フリーター希望だって言ったら、馬鹿にしたように笑われた。 せめて専門学校にでも行けと言われたが、やりたい事が無いのに、やりたくない事を学んでも仕方がない。 「友也はホストとかやったら稼げそうだけど~、女にとられたら嫌だからやっぱり駄目だ、ホストはなし」 「いや、なしって言われても、俺、何も言ってねーし、特に希望する職もねーし」 「念の為だよ、親父の息のかかった店で、管理する側として働くのはOKだけど、それ以外の水商売や風俗は無しだからね」 「あのさー、そんな事やらねぇから」 翔吾は勝手に決めつけて勝手に禁止したが、水商売や風俗こそ、滅茶苦茶精神削られそうな世界だ。 俺は1回だけウリをやらされたからわかる。 そんなのやりたいとは思わない。 授業は終始上の空で聞き、休み時間に翔吾とたわいもない話をして1日が終わり、帰りも翔吾と一緒に学校を出たが、今日は屋敷に寄るように誘って来なかったので、途中で別れた。 自転車に跨って家に向かっていると、見覚えのある車が横に来て止まった。 黒いアルファード……テツだ。 「おい、拉致しに来てやったぜ」 土曜日に会ったばかりだが、テツを見たら顔が緩んでいた。 「よく俺をうまい事見つけるよな、なに? どこかに行った帰りとか?」 「おおそうだ、兎に角自転車積まねーと、放置したらサツがうるせーからな、つまらねぇ事でケチつけられちゃたまったもんじゃねぇ」 テツは車から降りて、ぶつくさ言いながら自転車を積んだ。 「じゃ、拉致られるよ、いい?」 「なんだぁ、拉致希望者か? ったく、しょーがねー奴だ」 冗談っぽく言って車に乗ると、テツはニヤリと笑って車に乗り込んできた。 「で、今日は脱毛?」 「いや、先にタトゥーやるぞ」 車が走り出して何気なく聞いたら、いきなり嫌な事を宣言する。 「えっ! 嘘……マジで?」 「ちいせぇやつだから、すぐに終わる」 遂にきたと思ったが、ハートに名前は真剣に嫌だ。 「ちょっと待って、ハートはやだよ、名前も」 「名前は入れる、図柄は変更しても構わねぇ、どうだ? これ以上は譲らねぇからな」 だが、テツはまた意地悪で意固地なテツになっている。 「うう……またそんな事を、ひでぇ……」 「泣き真似しても無駄だ」 泣き落としをしてみたが、上辺だけの泣き落としは通用しなかった。 「ちっ、分かったよ……、じゃあ図柄だけ変える、ハートはなしだからな」 タトゥーは最初に言ってたし、諦めるしかなさそうだ。 「こいつ、舌打ちしやがったな、コノヤロー」 わざと舌打ちしたわけじゃなく、ついやってしまったのだが、テツは片手を伸ばして腕を掴んできた。 「わっ! ちょっと……、運転中だろ? 何やって、危ねーから前見て……!」 車が左右に振られて焦った。 「ったくよー、段々生意気になりやがって」 テツは手を引っ込めて文句を言ったが、タトゥーを嫌々承諾したのに、文句を言われる筋合いはない。 「じゃ、こないだみたいに敬語使おうか?」 「へへー、ムキになるとこはやっぱりガキだな、ちょっとふざけただけだ」 すると、ニヤニヤしながらしたり顔で言った。 テツは時々そういう真似をするが、人を試すようなやり方はちょっとイラッとくる。 「ふざけたって……、危ねーし、そういうのやめてくれ、なんかムカつくし」 「そう怒るな」 悪気があってやったわけじゃないのはわかってる。 そこまでムキになる事はないとは思ったが、いっぺん不満を口にしたら無性に腹が立ってきた。 「俺はガキだ、そのガキに……悪い事をしたのはあんただろ」 「あーあ、すっかり臍を曲げちまって……、分かったよ、俺が悪かった、機嫌直せ、それより図柄はどうするんだ? 早く決めねぇとスタジオに着いちまうぜ」 けど、テツは謝罪して図柄の事を急かす。 確かに、早く決めなきゃマズい。 ハートになったら最悪だ。 「う、うーん……」 腹を立ててる場合じゃなく、図柄を何にするか真面目に考える事にした。 スタジオに着く前に決めなきゃ……と思ったが、タトゥーの図柄なんか全然思いつかない。 するとテツが、矢吹の矢をとって矢のデザインにしろと言った。 矢ならハートよりはマシだ。 他にいいのが思いつかないし、それに決めた。 スタジオは街中の商店街に近い場所にあり、民家のような2階建ての建物で、そこの2階がスタジオになっていた。 建物に隣接する駐車場に車をとめ、建物の横にある階段を上がって2階へ上がった。 中に入ったら若い男性スタッフが3人いたが、ここも顔馴染みなのか、テツはスタジオの店主らしき男と談笑していた。 「矢吹さんもどうですか? 洋風のデザインならカッコよくきまりますよ」 店主らしき男はタンクトップを着ているが、太い両腕には腕章や鎖のタトゥーが刻まれている。 「いや、俺はいい」 「そうですか、あなたなら似合うと思うんだけどなー、そりゃ残念です、で、今日はそっちの若い子ですね?」 「おお、文字は伝えた通りだが、図柄の方は変更する」 テツは予めハートマークと伝えていたようだ。 文句を言わなかったら危うくハートにされるところだった。 変更して良かった。 テツが店主にデザインを伝えると、俺は店主とは別の若いスタッフに連れられ、施術室に案内された。 施術と言っても美容外科みたいに白衣は着ておらず、ウルフヘアなお兄さんは普通の格好をしている。 どうやらこのお兄さんが施術してくれるようだが、茶髪のウルフヘアなお兄さんは結構イケメンだ。 お兄さんの前で尻を晒すのが恥ずかしくなったが、病院のストレッチャーみたいな台にうつ伏せになるように言われ、指図に従ってズボンとパンツをズラした。 まず消毒して次に剃毛したが、なんだかドキドキしてきた。 「あの、大丈夫ですか?」 ここまでの段階で『はい』と『いいえ』しか喋ってなかったが、初めて自分からお兄さんに話しかけた。 「大丈夫っすよ」 お兄さんは軽いノリで答え、紙を尻臀の横辺りにペタッとくっつける。 「な、なんですかそれは?」 「転写っす」 もう1回聞いたらまた軽く答えたが、イケメンなお兄さんはチャラい感じだ。 こんなチャラいお兄さんに任せて大丈夫なのか?……心配になってきた。 「おお、始まったか」 戦々恐々としていると、不意にテツの声がした。 顔を上げて声がした方へ向いたら、テツが俺の傍に歩いてきた。 「テツ、怖ぇー……、なあ、そこに居て」 普段泣き言は言わないようにしているが、小さくても刺青だし、怖かった。 「おう、いてやる」 「あ、椅子用意します」 お兄さんは彫る機械を一旦置いて、椅子をテツの所に持ってきた。 「痛てぇぞ」 テツは俺の顔のすぐ横に座ったが、恐怖心を煽るような事を言う。 「そんな事言うなよー」 俺は泣きたくなった。 「じゃ、いきます、力抜いてください」 お兄さんの声がして尻に何かが触れ、つーっと切られるような感触がした。 「あ"ー、やだ! 痛てぇ……! マジで痛てぇし……!」 本当はさほど痛みは感じなかったかもしれないが、皮膚を切られる感触に背筋が寒くなり、大声で叫んでいた。 「そんなに痛いっすか? まだちょっとしかやってないのに、おかしいっすね……、こんなに痛がる客は初めてだ」 「くっくっ……」 お兄さんは手を止めてぶつくさ言い、テツは笑いを堪えている。 「ちょっと、何がおかしいんだよ、あんたのせいなんだからな!」 ひとまずお兄さんは置いといて、テツにムカついた。 「わりぃわりぃ、おめぇがあんまりビビってるからよー、っはは」 「もうやだよー、なあ、やめたい」 「駄目だ、我慢しろ」 こんな事やめたかったが、テツはしかめっ面をして睨み付ける。 「あのー、いいっすか? 続けて」 お兄さんは困っているようだが、相変わらず軽い口調だ。 「おお、やれ」 「はい……、じゃ、出来るだけ動かないでくださいねー」 ブーンという機械音がして、肌に触れたらジジジという音に変わった。 「あ"ーっ! 無理ぃ! 無理だから!」 ジジジは肌を切られる音だとわかり、剃刀で尻を切られるような感触がモロ伝わってくる。 「やだ! 痛てぇ! ああ"っー!」 喚き散らしていたら、お兄さんは手を止めた。 「あのー、じっとしてくれないと、上手く出来ないっす」 「ったくよー、ほら、こうしといてやる、さっき痛てぇって言ったのは、ちょいと大袈裟に言っただけだ、そんなに痛かねー、大丈夫だ、すぐ終わる」 テツは俺の手を握って慰めるように言ったが、俺は涙目になっていた。 「うう……」 けど……いくら喚き散らして藻掻いたところで、テツがやめていいと言う筈がなく、ジタバタしたらその分苦痛が長引くだけだ。 テツの手を握り締めて歯を食いしばり、ブーンとジジジという機械音にひたすら耐えた。 1時間位してタトゥーは終了したが、握り締めた手は汗塗れになっている。 俺は終わるまでずっと呻いていたが、精根尽き果てて放心状態だった。 「薬塗っときますねー、風呂には1週間浸からないように、シャワーだけで御願いします、掻いたり擦ったりしないように、あとー薬出しますんで、それ塗ってください」 お兄さんはタトゥーに軟膏をヌリヌリすると、立ち上がって機械を押して片付けている。 機械を乗せた台にはキャスターがついているから、床をキュルキュルと擦る音が聞こえてくる。 「んじゃ、終わりましたので、絆創膏必要なら言ってください」 「おう、わかった」 お兄さんはこっちに向かって話しかけ、テツが答えたら部屋を出て行った。 「おい、終わったぜ、絆創膏は貼らねぇ方がいい、蒸れるからな、ケツしまってやる」 俺はうつ伏せになったままだったが、テツは汗でベタベタになった手を離し、椅子から離れて尻の方へ行った。 「……の前に、写真を撮ってやる」 スマホのシャッター音が数回聞こえた後、下げたズボンとパンツをひき上げてくれた。 腕をついてゆっくりと起き上がったら、目の前にテツがやって来てニヤついた顔をする。 「ほら、見てみろ」 ストレッチャーに座る俺の目前にスマホを差し出してきた。 スマホの画面には、矢の図柄と、筆記体で描かれた英字のテツという文字が写っていた。 タトゥーの周りは薄らと赤くなっているが、尻臀に刻まれたタトゥーは黒一色だ。 大きさはタバコの箱位はあり、思っていたよりも大きかった。 「なあ、友也……」 茫然と画面を見ていると、テツがスマホをポケットに突っ込んで話しかけてきた。 「ん?」 「おめぇにとっちゃ災難だろうが、たとえ相手が若だろうが親父だろうが、これでお前は俺のものになった」 タトゥーの事がショックでつい忘れていたが、テツに言われて親父さんの事を思い出した。 「そっか……そうだったな」 テツは今週中に俺を美容外科に連れて行くと言っていたが、強引にタトゥーを優先したのは、テツなりの親父さんに対するせめてもの抵抗なのかもしれない。 ──だけど……俺は竜治と約束をした。 薬を貰ってタトゥースタジオを出たが、何となく暗い雰囲気になってしまった。 車に乗ったら時刻は19時前だ。 ケツは少しばかり痛いが、コルセットを巻いた腰はほとんど治ったし、悩んでも仕方がない。 この淀んだ空気を一掃するには……あれだ。 「なあテツ」 「ん?」 「姉貴なんだけど……」 姉貴と火野さんの話をする事にした。 「おお、それだ、どうなった?」 テツは興味津々に食いついてきた。 「火野さんと付き合ってる……、わけじゃねーけど、ほぼそうなりそう」 「なにぃー? あの野郎……、飲みに誘ってもこねぇ癖に、女にゃ抜け目ねーな」 「でもさ、手は出さねぇって言ってる」 「馬鹿な事をぬかすな……、なわけあるか」 「火野さんだって事を……忘れてね? 火野さんはマジで真面目な人だよ、嘘をついたりしねぇし」 俺は2人が付き合う事に賛成してるわけじゃないが、火野さんの事は信用してる。 「んー、そりゃまあ……」 「猫を飼ったんだ、姉貴はペットショップに勤めてるから」 「猫? そうか、そういう手があったか……」 「あのー、元々猫好きなんだって言ってた」 「なもん、なんとでも言えるじゃねぇか」 「本当に好きみたいだよ、めちゃくちゃ可愛がってるし、テツは動物なんか好きじゃないんだろ?」 「俺か? 俺は犬派だな」 「えっ? 好きなんだ」 犬好きって、意外だ……。 「嫌いじゃねぇ」 「ふーん……」 「なんだぁ、どうでもいいのかよ」 テツは不満げに言ったが、俺は既に全然違う事を考えていた。 「そうじゃねー、火野さんと姉貴が付き合っても、ヤクザだってバレたらどうせ駄目になるだろ? 翔吾は誤魔化せたとしても、姉貴が落ち込んでもし父さんや母さんに俺とテツの事がバレたりしたら……、父さんや母さんがどう思うか……気が重い」 そんな事はないとは思うが、もしも……って事がある。 「おお、そうか……、そうだな、勘当されたら俺が引き取ってやる」 テツは簡単に言うが……。 「無理だろ」 翔吾の補佐兼乳母役で屋敷に住んでるようじゃ、無理に決まってる。 「はあー、まあな……、いっそ補佐から外してくれりゃ、できねー事もねーが、今のままじゃ身動きとれねぇ」 テツは補佐を外して貰う事を望んでいるようだが、翔吾が跡を継ぐと決めた事で安心したんだろう。 もう自分は役目を果たした。 そんなところだろうか……。 「翔吾がさ、自分のところで働かないかって言ってきた、親父さんも可愛がってくれるだろうって」 「ふっ……、若はおめぇを自分のとこに取り込みてぇんだ、学校出たらバラバラになっちまうだろ? だから自分の側に置いときてぇ」 確かに、テツの言う事は当たってるかもしれない。 「かもな、屋敷に住まないかって言われた」 「そうか、しかし……、親父を出してくるとは……、若だけならなんとかなるが、親父は厄介だ」 「翔吾は……何を考えてるのかな? 俺が親父さんに気に入られて喜んでるし、嫌じゃないのかな?」 俺は心の中にある疑問をテツにぶつけてみた。 「若は……完璧に俺達の事に気づいてる、俺は側にいるからわかるんだ、俺に対抗するには親父を出すしかねぇと、そう思ったのかもな、それに……2人は親子だ、親父は若を散々可愛がってきた、若も当たり前に親父を慕っている」 「え、じゃあ……親父さんに俺を合わせたのは、わざとなのか?」 翔吾はテツに対抗する為に親父さんを巻き込んだ? 「分からねー、そのわりにゃ俺を自由にさせてるし、若が何を考えてるのか、さすがの俺もそこまではさっぱりだ」 「翔吾が俺とあんたの事を気づいてるとしても、俺は今まで通り隠すつもりだ」 「ああ、俺もそうするが、こりゃもしもの話だが……若が早い段階から俺達の事に気づいていたとすりゃ、わざと俺を泳がせてた……、そういう事になる」 「えっ、どうしてそんな真似を?」 「自分だけじゃ力不足だからだ、俺はバイで遊び慣れてる、若は自分はゲイで男しか愛せねぇとか言ってるが、まだ高校生だ、どう足掻いたってそっちの経験が少ねぇ、ノンケのお前を落とす力が無いんだよ、その点俺ならイケるんじゃないかと……そう踏んで様子をみていた、いっぺん引き摺りこんじまえば自分も手を出しやすくなる、で、俺はうまい事おめぇを落とした、落としたら後は実行に移すのみだが、自分じゃ上手くやれねぇ、そこで親父を利用した」 「それって、もし本当なら……なんか酷くね? 俺が1番の被害者じゃん」 「いや、ハッキリそうだと言ってるわけじゃねぇ、あくまでも……かもしれねぇって話だ、あんまり気にするな」 テツはあくまでも仮定して……の話だと言ったが、今の話、すげー理にかなってる。 「気にするなって言われても、翔吾はまだしもとしても……、俺、親父さんに会わなきゃならないんだぜ」 「ああ、だな……、ま、全力で拒否しろ、いくらなんでも無理強いはしねぇだろう」 「ええっ、なにそれ?」 「悪いが、それしかねー」 淀んだ雰囲気を一掃しようと思ったが……やっぱり無理だった。 姉貴の話から翔吾の話になり、更に憂鬱になってきた。 ただ、テツの話が真実なら、翔吾はもっと強気に出てもいい筈だが……そこはテツと同じでさっぱり分からない。 結局、自分の事は自分でなんとかするしかなさそうだ。 「そっか……、そうだよな、わかった、なんとかする、で、今日はどうするんだ?」 「あれだ」 「もしかして……ラブホ?」 「と思ったが、やめとくわ、腰やら尻やら……痛てぇだろ? その代わり飯を食わせてやる、火野が割烹なら……俺はやっぱ肉だ、しゃぶしゃぶでもステーキでも、好きなもんを食いな」 「あ、うん……」 食事も悪くないが、色々考えたらガッツリ肉を食おう! って気になれない。 「ん? 嬉しくねーのか」 「いや、そういうわけじゃ……」 「ひょっとして、ラブホに行きてぇのか?」 「なわけねーし」 「へっ、それじゃ連れてってやる、これを見ろ」 テツは勝手に決めつけて、上着の内ポケットに手を入れた。 そして……自慢げに差し出したのはイチジク浣腸だ。 「あっ! それは、ちょっ……、また? いや、おかしいだろ、どうしていつも内ポケットに入れてるわけ? あははっ!」 「俺は常に抜かりがねーからな」 「なにカッコつけてんだよ、てゆーか……、ずっと入れてたんだ、ありえねー、あっはっはっ!」 「入れてたぜ、おめぇがスタジオでヒィヒィ言ってる時もな、どうよ? ちょうどいい感じに温まってるぜ、人肌だ」 しかも人肌とか、馬鹿な事を言う。 「なに言って……あははっ! テツ、早くしまって……、それやべー滅茶苦茶笑える、あはは! 腹痛てぇ」 黙ってりゃカッコイイのに、イチジク浣腸を片手に得意げな顔をするから……笑いが止まらない。 「兎に角飯が先だ、帰りは遅くなるぞ」 今日はゆっくりできるらしく、夕飯とラブホ、両方へ行くつもりなようだ。 俺は毎度の事だし、遅くなっても適当に言い訳する。 「ああ、うん……、構わねぇ」 イチジク浣腸のお陰で、憂鬱な気分がすーっと消えていった。 テツと一緒にいたら楽しい。 だからまた会いたくなるし……タトゥーも許せる。 その後はしゃぶしゃぶの店に行った。 個室だったので気楽だ。 テツは野菜を殆ど食わずに肉ばっかし食べていた。 夕飯を奢って貰った後でラブホに行った。 テツに聞かれた時は、行きたいと素直に言えなかったが、ちょっと会わないだけでまた欲しくなる。 こんな体になったのはテツのせいだが、これじゃテツの事を変態呼ばわり出来ない。 ベッドの上で裸になって抱き合ったら、腰やケツの痛みなど感じなかった。 テツの肌は微かに汗の匂いがする。 翔吾や親父さんみたいな香水の香りじゃないが、俺は男臭いテツの匂いが好きだ。 肩や首、腕に触れる度に唇を当て……息を深く吸い込んで浅黒い肌に酔いしれる。 「俺……あんたの匂い……好きだ」 「加齢臭フェチか?」 「何言ってんだよ、まだそんな年じゃないだろ……?」 「まあな……、へへっ、俺もだ、おめぇの匂いを嗅ぐと興奮する、ほれほれ」 テツはふざけてナニを押し当ててくる。 「あのな……ムードぶち壊し」 せっかくいい雰囲気だったのに、またただの変態になった。 「ムードもへったくれもあるか、そういうお前こそ、こりゃなんだ?」 「う……」 いきなりナニを握られ、体に力が入っていた。 「おい、あれやろうぜ」 「あれって?」 「69だ」 「えっと……確か逆さまになるやつだっけ?」 「そうだ、横向きがやりやすいか」 テツは言ったそばから体の向きを変えた。 69をやるのは初めてだが、俺より大きな玉を間近で見たら……すげーと思う反面、自分のと比べてしまい、地味にショックを受ける。 「やっぱデカいな」 「おいコラ、なにをやってる、早くやれ」 「分かった」 急かされて竿をぐいっと自分の方に向けたら、テツは俺のをがっつり咥え込み、温かなヌルヌルした感触に快感がぞわっときた。 「あぁ……いい」 「あのな……、俺にばっかしやらせるな」 テツは文句を言ったが、大胆に咥えこんで頭を揺らされたら、フェラするどころじゃない。 「無理だよ、テツ上手過ぎだし、気持ちよすぎて集中できねー」 嘘じゃなく、本当の事だ。 「ったくよー、少しは耐性つけろ、わかったよ、じゃあソフトにやってやる」 テツは竿に舌を這わせ始めたが、そのくらいなら耐えられる。 俺は目の前の玉を見て、ふと竜治にやって貰った事を思い出した。 当てずっぽうに舐め回し、玉をそっと頬張ってみた。 「おいコラ……そんなの、どこで覚えやがった」 すると、テツが疑うように聞いてきた。 「何となくだよ、目の前にあるから舐めてみた」 「ほんとか?」 「本当だ」 「そうか、ならいい……」 しかし、今回はあっさり信じてしつこく疑ってこなかった。 「へへー、そうくるなら俺はこうだ」 安心して再び舐めようとしたら、尻臀をぐいっと開かれて後孔を晒され、ヌルヌルした舌が穴を直撃した。 「うわっ!」 テツは大胆に穴を舐めまわし、這い回る舌を感じたら顔が熱くなったが、局部にテツの息がかかると……妙に生々しく感じる。 舌先が後孔をつつき、堪らずシーツを握り締めていたが、テツは舌先を穴の中にグイグイ押し込んでくる。 「んっ、んあ……! ちょっと……、待っ、は……あっ」 尖った舌先がドリルのように穴の中に入り込み、体の中を舐め回してきた。 「ああ、嘘だろ、あっ、ああ……!」 ナニがビクついて我慢汁を垂らし、腹の中がじわりと疼いた。 「おい、真面目にしゃぶれ、やらねぇと入れてやらねぇぞ」 なのに、テツは意地悪く言って舌を奥に突き込んでくる。 「う、くっ! わ、わかった……、や、やる」 腰がゾワゾワして堪らなくなり、竿を握り直して思いっきり頬張った。 大きく頭を上下させていったら、竿は直ぐに張りを増していったが、体内には舌が入り込んでグチュグチュ音を立てている。 しばらくは我慢してしゃぶっていたが、体の内も外も疼きは増すばかりだ。 「はあっ……」 息継ぎをしてもう一度咥えようとしたら、テツはすっと体を離し、無言で俺をうつ伏せに転がした。 「わ……あ!」 いきなりの事に面食らっていると、体内に指が突き刺さってきた。 「う……わっ、あっ!」 ローションは予め塗ってあるので、無骨な指がスムーズに中に入り込んで前立腺を捕え、下敷きになったナニがビクビク痙攣し始めた。 「あ"っ、もう、うぅ……!」 溜まった欲望が堰を切ったように溢れ出し、蕩けるような快感に呑まれた。 「もうちょい焦らしてやろうと思ったが、ここがやたらひくついて誘ってきやがる、まったくエロい穴だ」 テツはひょいと背中に被さり、ぶつくさ言いながらナニの先端を後孔にあてがった。 「ハァハァ、あぁ……」 気持ちよすぎて言葉を返せずにいると、熱い塊が一気に体内を貫き、鞭を打つような快感が体中を駆け抜けた。 「っあ"! んくっ! う、あぁっ!」 だが、テツはじっとして動こうとしない。 「動いたら擦れる、タトゥーがやべぇだろ」 俺の両脇に腕を立てて聞いてきたが、竿が体内に突き刺さったままじゃ、生殺しで放置されるようなものだ。 「いい、う、動いて……頼む!」 もうタトゥーなんかどうでもいい。 「じゃ、遠慮なくいくぜ」 テツは両腕を腋の下に滑り止ませ、俺を背中から抱き締めて動き始めた。 鍛えられた体がしなやかに躍動し始めると、汗ばんだ腰が尻臀にぶつかり、体内を蹂躙する猛りが奥を突きあげる。 快楽を刻まれた体は喜びに震え、俺は喜悦の声をあげた。 「ああ、いい、たまらねぇ、あっ、ああっ!」 与えられる刺激に夢中になっていると、テツが俺の両手を握って顔を寄せてきた。 「こっちぃ向け」 俺は手を握り返してテツの唇を貪った。 熱に浮かされて求め、繰り返し襲う快楽に溺れるうちに、温かな体液が流れ込んできた。 脈動を体内で感じたら、心まで満たされていくような気がしたが、俺は力尽きて身動き出来なくなった。 「ハァハァ、もう……駄目」 どんなに激しく求め合っても、終わりはいつも静かに幕を閉じる。 平常心が戻って来ると、途端にタトゥーがズキズキ痛みだした。 「ケツ……痛てぇ」 「だから大丈夫か聞いたんだ」 テツは呆れたように言ったが、構わない。 俺はタトゥーの痛みよりも、まだ温もりを感じていたかった。 「いい、その代わり、もうちょいこのまま」 「腰は?」 「そっちは大丈夫」 「そうか、ならいいが、タトゥーが膿んだりしたらマズい、どのみちシャワーを浴びる、さっと流した方がいいな」 俺とテツは、繋がりが自然にほどけるまで体を重ね、繋がりがほどけた後でシャワーを浴びた。 ラブホを出て車に乗ったら、テツは黙り込んでハンドルを握っていたが、ぼんやりと暗い景色を眺めるうちに眠くなってきた。 うつらうつらして、夢と現実を行ったり来たりしていると、ふわりと手の甲を包み込まれた。 「ん……」 横を見たらテツが左手で俺の手を握っていたが、前に向いたまま、やけに厳しい表情をしている。 何故そんな顔をしているのか分からない。 「テツ……どうかした?」 「おお、どうやら俺は……、おめぇに本気で惚れちまったようだ」 寝ぼけ眼で聞いたら、しれっと告白めいた事を言う。 俺は冗談かと思ってテツを凝視したが、表情は厳しいままだ。 「いきなりなに言い出すんだよ、あ……、あれだ、へへっ、ミイラ取りがミイラになるってやつ? まったく~、どうせ俺をからかってるんだろ?」 テツはいっつも俺をガキ扱いしておちょくる。 またそのパターンかと思った。 「馬鹿野郎、真面目に言ってるんだよ」 ところが、今回はマジで言ってるようだ。 「え……」 そんな突然真面目に告白されても、どう返したらいいか……わからない。 「ふとある事を思い出したんだ、こりゃお前には関係ない話だが、俺は……1度本気で女に惚れた事がある」 そしたら、今度は突拍子もなく女の話をし始めた。 まさか……と思って、心がざわついた。 「女って……」 「ああ、朱莉っていう女だ」 思った通り、やっぱり朱莉さんだった。 三上に無理矢理やらされたとはいえ、俺はその朱莉さんといけない事をしてしまった。 どことなく罪悪感を感じる。 「そうなんだ……」 でも知らないふりをして返すしかない。 「朱莉は素人の女だった、風俗の女じゃねー」 だけど、俺は朱莉さんが何故あんな風になったのか気になっていた。 テツには悪いと思ったが、この機会に聞いてみたい。 「でも付き合って結婚までいかなかったって事は、別れたとか?」 「おお、朱莉は俺と付き合いだして変わっちまった、男遊びをするようになったんだ、気づいた時にゃつまらねーチンピラに薬を覚えさせられて……男狂いの淫乱に成り下がってた」 「そうなる前に気づかなかったのか?」 「俺も今より若かった、遊びに、若の世話に、シノギ……、目が届かなかったんだ、朱莉を失いかけて……初めて朱莉の事を本気で好きなんだと気づいた、だからよ、朱莉に手ぇ出した奴らは片っ端から叩きのめしてやった、それから薬をやめさせて元の朱莉に戻そうとしたが……、駄目だった」 「駄目って……、それってやっぱ薬がやめられなかったって事?」 「いや、薬はな、監禁して無理矢理抜いていったんだが……、戻って来たら番をさせてた三下とやってる最中だった、ま、あとはだいたい分かるだろ……、俺はそいつをぶん殴って叩き出した、けどよ、それから後もそういう事が何度もあった、で、1ヶ月ぐれぇ経って薬はほぼ抜けてきたんだが、朱莉は男無しじゃ生きていけねぇ体になっちまってた、番をさせた奴を誘惑して強引にヤル、朱莉はいい女だからな、やりてぇ盛りのガキじゃ誘惑に負けちまう、俺は繰り返し朱莉にやめるように言った、でもよ、朱莉は言うことを聞かなかった、それで俺は……遂に匙を投げた、朱莉は元には戻らなかった、好きにしろと言って自由にしてやったら、よりによって親父の息がかかった店に勤め始めた、ソープだ」 「ソープ……」 「その店は三上が任されてる、三上は俺のせいでそうなったと言ったが、俺はその時……なにも言い返せなかった」 「そっか、そんな事が……」 事情は大体わかった。 テツは朱莉さんを監禁して強制的に薬をやめさせたが、朱莉さんはセックス依存症になっていた。 それでテツは匙を投げた。 三上が言ったように弄んで捨てたわけじゃなく、テツは本気で朱莉さんに惚れていた。 だから、監禁までして元の朱莉さんに戻したかったんだろう。 めちゃくちゃ切ない話だ。 それから……。 あの店は三上が任されてるから、俺をすぐに店に連れて行く事が出来たわけか……。 けどその朱莉さんは、テツの名前を口にしていた。 未だに未練を残してるんじゃ? それともうひとつ気になるのは、テツは薬は殆ど抜けたと言ったが、朱莉さんの腕には怪しげなアザがあった。 朱莉さんは、今も薬を使ってソープで働いてるんじゃないだろうか。 俺はテツが悪いんじゃないんだってわかってホッとしたが、テツが突然そんな事を告白したのは、不意に朱莉さんの事を思い出し、不安になって俺にマジで告白なんかしてきた。 ……そんな気がする。 「なあ、テツ……」 「なんだ」 「マジな顔で俺に惚れたとか言ったけど、ひょっとして……俺もそうなるんじゃないか? って心配になったから?」 「ああ、まぁな、はは……、くだらねぇ昔話だ、だがよ、俺にとっちゃ後悔してもしきれねぇ、あんな事は二度とごめんだからな、お前の寝顔を見たら……ふと朱莉の事を思い出しちまった、俺に関わるとろくな事にならねぇかもしれねぇが、それでも惚れちまったもんは仕方ねぇ、友也、こんな話を聞いてもまだ俺についてくる気はあるか?」 やっぱり俺が思った通りだった。 「当たり前だ、俺はテツの元カノみてぇにならねぇ、こう見えてメンタル強いんだからな」 テツの若い頃の事は詳しくは知らないが、きっと今よりももっと忙しい毎日を送っていたに違いない。 朱莉さんは多分……寂しかったんだろう。 「タトゥーを彫られた上に、パイパンにされるぞ、いいのか?」 「ああ、構わねぇ」 そんな事はとっくに覚悟を決めている。 「へへっ……、そうか」 テツは照れ臭そうに笑って納得したように頷くと、それ以上朱莉さんの話をする事はなかった。 やがて見慣れた景色が見えてきたが、いつもの場所に珍しく車が止まっている。 「ん、車……?」 「あっ、ありゃ火野の車だ、姉ちゃんか? とにかくいっぺん通り過ぎるぞ」 「あ、うん」 先に火野さんの車だと気づいたのはテツの方だった。 火野さんにはテツと付き合ってる事を話しているが、姉貴にバレるのはマズい。 テツはスピードを上げて、火野さんの車の横を通り過ぎたが、通り過ぎる瞬間、俺は火野さんの車の向こう側に目を向けた。 「やっぱ姉貴だ……」 車の側に姉貴が立っている。 「もう23時を過ぎてるぞ、あいつ、手を出さねーって……、ほんとか?」 「姉ちゃん、たまに残業とかあるし、多分遅くなったんだ」 「にしても、やけに通い詰めてるじゃねーか、ったくよー」 「あれだよ、猫を飼い始めたばっかしだし、きっと猫の事を聞きに行ったんだ」 「電話すりゃ済むじゃねーか」 「あ、まあー」 「ちっ、火野の奴、いい女だと思ったら随分マメに動くじゃねぇか」 「あのさ……、だとしても、テツが悔しがる事ねーよな?」 「そりゃそうだが、こないだ知り合ったばっかしで……くそー」 火野さんと姉貴は急接近しているようだが、俺は火野さんの言葉を信じている。 テツはやたらと悔しがっていたが、それよりも、待ち合わせ場所を変えた方がよさそうだ。 どこにするか迷ったが、テツと寺島が脱輪していた場所の近くにする事に決めた。 脇道の傍よりも家から遠くなるが、仕方がない。 早速そこに行き、そこで車から降りて自転車を下ろして貰い、テツを見送った。 「じゃ、また」 「おう、また連絡する、大人しく待ってろ、いいな?」 「うん……、わかった」 俺が頷いたらテツはすぐに車を出した。 テツは時間に余裕がある時は俺を見送るまで車を出さないが、なにか用がある時は俺が行くより先に車を出す。 今日は遅くなったし、翔吾の事を気にしてるのかもしれない。 俺は車が見えなくなるまで見送ったが、ひとりになったら急に寂しさが込み上げてきた。 これでまた少しの間会えない。 会えない間、俺はひたすらテツからの連絡を待ちわびる。 いつしかそんな風になっていたが……。 でも俺は、朱莉さんのようにはならない……絶対に。 重い溜息を夜の闇に吐き出して、家に向かって歩き出した。
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