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◇◇◇
竜治から連絡が入ったのは翌日の夜だった。
俺は姉貴が礼を言っていたと伝え、俺からも改めて礼を言った。
すると竜治は『礼はいらねぇ、代わりにこれからは毎日電話かメールをする、矢吹がいねぇなら構わねーだろう』と言ってきた。
断わる理由はなかったが、翔吾の屋敷に行く時は困るので、その時は俺から連絡すると言って承諾した。
それから数日が過ぎたが、翔吾はまた学校を休んでいた。
金曜日になって登校して来たが、ちょっと組内でゴタゴタがあったと言った。
多分、三上が何らかの処分を受けたんじゃないかと思ったが、その日も翔吾は誘ってこなかった。
翔吾に聞くのは避けて、帰宅後に火野さんに電話した。
『あの、俺ですが……』
『おお、友也、三上の事か?』
『はい』
『あいつは……、ま、具体的な事は話せねーが、それ相応の処分を受けて破門された、もし次に何かやらかしたら、そん時は……永久に消えて貰う』
『そうですか……、あの、俺の事や竜治さんの事は……』
『おう、心配ねー、あいつの事だ、どうせ馬鹿な事を言っておめぇを脅してたんだろうが、もしウリをやらせた事を矢吹の兄貴が知ったら……、それを1番よく知ってるのは三上自身だ、その辺りのやべぇ話は一切口にしなかった、あくまでも俺に対する逆恨みでやった事になったが、俺じゃなく、俺の女を狙ったとなれば……カタギに迷惑をかけちゃならねぇと言ってる親父が許すわけがねぇ、それに三上はうちじゃ禁止されてる薬を売買してた、ま、他にも色々ボロが出てきてな、それで今回の厳しい処分となった、まぁ三上に自殺願望でもありゃおめぇの事も全部バラしたかもしれねぇがな、はははっ』
『あ、あのー……』
『ん?』
『姉貴の事、宜しく御願いします、姉ちゃん……気が強いから何かと大変かもしれませんが、根は悪くない……、いや、口ではキツイ事言うけど、姉貴はいつも俺の事を心配してくれるし、本当は優しいとこもあるんです』
『ああ、分かってる、それに舞さんは……俺の前じゃどこか遠慮してるように感じるんだが』
『そうなんですか?』
『ああ、きっと年が離れてるせいだろう、ま、こういう稼業だ、大手を振って言えるような身じゃねーが、少なくとも……舞さんを泣かせるような真似はしねぇつもりだ、それとな、友達の兄貴って嘘も、もうバラしていいと思うんだが……というよりゃ、多分舞さんは嘘だと気づいてる、友也、どうだ?』
『はい、別に構いません、そんなたいした事じゃないんで、俺、火野さんなら姉貴を任せても安心です』
『ははっ、あんまり買いかぶるな、俺は変わり者でとおってるからな』
火野さんは照れたように笑って言った。
三上の事は今度こそ本当に解決したようだ。
ただ、俺はふと自分自身に違和感をおぼえた。
いつだったか……家族と俺とは別だ。
ヤクザなんかに関わっちゃ駄目だって、そう思った。
それが、火野さんが姉貴の事を自分の女だと言っても、それをすんなり受け入れたり、俺はたった今姉貴の事を火野さんに頼んだ。
火野さんだから……っていうのがあるかもしれないが、俺とのゴタゴタは抜きにして、親父さんの考え方は今どきのヤクザにしては立派だと思う。
兎に角、姉貴に危害が加わらなくて良かった。
それに、一部分を除けば、姉貴にあれこれ隠す必要もない。
あとはテツと翔吾、それに親父さん。
この3人と、なんとか上手くやるしかない。
火野さんとは暫く話をして電話を切った。
…………………………
翌日は土曜日で休みだから、例によって朝からダラダラ過ごしていた。
但し、今までとちょっと違うのは、竜治とメールでやり取りしている事だ。
別に電話でもいいのだが、メールの方が面白いので、竜治にメールで話そうと言った。
竜治は意外にも顔文字や絵文字を使う。
幼稚園くらいの子供がいるから、普段子供とやり取りしてるのかもしれない。
けど、あの顔にあの風貌で可愛い絵文字は似合わねー。
その意外性が楽しいし、竜治もメールなら目立たないからやり取りしやすいらしい。
内容はたわいもない事で、今何してる? とか、何食った? とか、そんな事を聞いてくる。
はっきり言ってどうでもいい事だが、俺はうざいとは思わなかった。
むしろ、テツの事を考えずに済むから、気を紛らわすにはちょうどいい。
宿題を片付けながらメールを返していると、11時前になって翔吾から電話がかかってきた。
竜治とのメールはそこで終了して電話に出たが、予め『もしメール中に電話がかかってきたら、その時は中断する』と断ってあるので大丈夫だ。
『友也、僕だけど、何してた?』
『ちょうど宿題終わったとこ』
『そっか、じゃあうちに来れるよね?』
『あ、うん、別にいいけど……』
『親父は居ないよ、今日は僕だけ』
『ああ、そっか……』
『じゃあさ、そうだね、暇な奴を迎えに行かせる、友也は知らない奴だけど、構わないかな?』
『あ、うん……』
『イブキっていうんだけど、まだ新顔、そいつを行かせるよ、家の前につけていいよね?』
『うん……』
『一応言っとくけど、車は軽四、今日はさ、ちょっと空きがなくて、黒いワゴンR、あ、そうそう、体、綺麗にしてきて』
『あ、ああ、分かった……』
やっぱりテツはよこさないようだ。
それに遂に俺は翔吾と……。
今からこっちに来るというから、竜治に報告して急いで用意を済ませた。
親父さんが居ないから時計は必要ないが、ネックレスはつけて行きたかった。
翔吾が何か文句を言うかもしれないが、このネックレスはせめてもの抵抗で、テツに遭遇した時に……テツに対して送る無言のメッセージだ。
暇に任せて2階の窓から下を見下ろしていると、やがて黒いワゴンRがやって来た。
新顔とか言ってたし、ちょっと緊張するが、新顔なら年が近い筈だから、少しは気楽に感じる。
カバンを手に、階段を駆け降りて玄関を出た。
家の鍵をかけて車の方へ歩いて行ったら、運転席の窓が開いて若い男が顔を覗かせた。
「友也君~?」
「そうです」
セミロングのウェーブがかかった髪、顔は中性的な美形……。
黒服が絶妙にマッチしているが、まるでホストのように見える。
「んー、じゃ、乗って~」
喋り方も軽い。
「はい、失礼します」
助手席に座ったら車は直ぐに動き出したが、こんなタイプの人が何故ヤクザに? ……と、不思議に思えてならなかった。
「友也君さー、若の友達なの~?」
「はい」
「ふーん、俺さー、芸能事務所にいたんだけど~」
「そうですか」
「売れなくってさ~、アハハっ、で、ここの事務所の人に気に入られちゃって~、入らないかって、で、入ったんだ~」
そんな所から引っ張ってくるとか、冗談抜きで人材不足らしいが、アイドルになり損ねたような奴にヤクザがつとまるのか……疑問だ。
「そうでしたか」
「俺さー、わかんない事だらけで、友也君さ~、色々教えてよ」
にしても……語尾を伸ばす喋り方がやたら鼻につく。
「あ、ああ、はい」
「ああ、タメ口でいいよ~」
「はい」
なんか……自然と無愛想になっていた。
「だから~今言ったばっかじゃん、タメ口って、おぼえてよ~」
……無性にイライラしてきた。
「ん~、どうかしたぁ~?」
イブキはやたら話しかけてくるが、鬱陶しいから無視する事にした。
「ねー、なに黙ってんの~」
「……。」
「ねー、ちょっと~」
だが……異様にしつこい。
「っ……」
「俺さ~、こんな髪伸ばしてっけどー、兄貴達はきれっつーんだ、やだな~」
どうやら空気を読めないらしいが……。
「若なんか伸ばしてんじゃん、どう思う~、それって狡くね?」
「くっ……」
「黙ってないで何か言ってよ~」
もう耐えられねー。
「あのさ、うぜーから、やたら話しかけるのやめてくれる?」
ちょっとキツめに注意したら、嘘みたいにピタリと黙り込んでしまった。
気を悪くしたかと思ってチラッと見てみると、能面のような顔をしてハンドルを握っている。
──なんなんだこいつ……不気味だ。
まぁ~こんな奴にどう思われようが、どうでもいい。
静かになってせいせいした。
やがて屋敷のガレージに着いた。
うざい男だが、礼儀は通す。
「じゃ、ありがとう」
礼を言って降りようとした。
「いいんだよー、俺の役目だし~」
すると、何事も無かったかのように笑顔で返してくる。
なんだかよく分からないが、全く歯車が噛み合わないので、さっさと車から降りて屋敷の玄関に向かった。
「あ、ちょっと待って~、俺も行くからさー」
イブキは慌てていたが、俺は足を止めずに玄関へ行って扉を開けた。
「失礼します」
声をかけて中に入ったら、いきなりテツが立っていた。
「テツ……」
まさかテツが出迎えるとは思ってなかった。
「友也、若が待ってる、さ、上がりな」
立ち竦んでテツを見ていると、テツは動揺するわけでもなく、ごく普通に言ってきた。
「あ、あの……、ひ、久しぶり……だな!」
何か話さなきゃと思って焦り、思いついた事を無理矢理口にしたら、声がうわずってしまった。
「ああ、そうだな……、ま、上がれ」
テツは俺の首元を見て鋭い目つきをフッと緩めた。
俺がネックレスをつけてるのを見て喜んでくれたのかな? 穏やかな顔で上がるように促してくる。
「あのでも、テツ……俺、あの……」
何を言いたいのか、自分でもよく分からなかったが、なんでもいいからテツと話がしたかった。
「へぇー、兄貴を呼び捨てとかー、随分仲いいんだね~」
すると、後ろからいきなり声がして驚いた。
「おい金城、余計な口を叩くな! 挨拶はどうした、きっちりやらねぇか、っの馬鹿が!」
空気を読めない新入りのイブキは、金城という名字らしいが、礼儀作法もいまいちらしい。
顔を出した途端テツに叱られた。
「あ、そっか~、すみませーん、兄貴ぃ~、ただ今戻りました」
「ったくよー、おめぇも一緒に来い! 若に挨拶しろ」
「はーい」
「友也……行くぞ」
テツは苛立つようにイブキに言うと、仏頂面で俺に向かって言った。
せっかくいい雰囲気だったのに、イブキの登場でぶち壊しだ。
屋敷に上がり、テツが先に立って翔吾の部屋に入った。
「ほら、金城、おめぇが連れて来たんだ、若にちゃんと報告しろ」
「はーい、若~、友也君を連れて参りました~」
イブキはテツに言われて、間延びした変な喋り方で翔吾に頭を下げて報告する。
「うん、ご苦労さま、友也、こっち」
「ああ……」
翔吾はソファーに座ったまま俺を呼んだが、イブキの事を気にする素振りは見せない。
「それじゃ、俺はこれで~」
イブキはもう一度頭を下げて言った。
「うん、イブキは行っていいよ、テツはここに居て」
翔吾はイブキにイラつかないんだろうか? 全然気にせずに行くように言い、テツには部屋に残るように命じる。
「……へい」
テツは俯いて返事をした。
なんでもないふりをしてるつもりなんだろうが、顔色を曇らせているのがバレバレだ。
「じゃあ、お先に~失礼しまーす」
イブキは能天気に言って部屋から出て行ったが、俺はとてつもなく嫌な胸騒ぎを感じた。
「テツ、そっちに座って」
翔吾はわざとテツを同席させたに違いない。
「はい」
テツはテーブルを挟んだ向かい側に座った。
「ん、そのネックレス……」
「あ、ああ……」
「これ知ってるよ、そっか、テツ、最近つけてないと思ったら、ここにあったんだ、ふふっ、別にネックレス位構わないよ、それより……友也、キスして」
翔吾はすぐにネックレスに気づいたが、嫌味を言うわけでもなくさらっと流し、代わりに嫌な事を言ってくる。
「翔吾、テツに……外して貰って」
俺は翔吾とヤル事を覚悟してこの屋敷に来たが、テツと泣く泣く別れさせられてただでさえ辛いのに、そのテツの前でそういう事をするのは嫌だ。
テツには部屋から出て貰いたかった。
「言った筈だよね? 僕の意向次第でどうにでもなると……、こないだは親父に譲ったけど、今日はそうはいかないよ、友也はテツに見られながら……僕に抱かれるんだ」
なのに、翔吾は残酷な事を口にする。
「くっ……」
ムカついたが、翔吾は若頭でテツは翔吾の補佐だ。
上下関係という縛りがある以上、俺にもテツにも……翔吾に対抗する手段はない。
嫌な胸騒ぎは、早くも現実となってしまった……。
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