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◇◇◇
竜治と温泉1泊プチ旅行をした後、またダラダラ過ごしていた。
それから2日開けて翔吾と会ったが、イブキが迎えに来た。
イブキは確かにちょっと変わってはいるが、気を使わなくていいから気楽だ。
屋敷に行って翔吾の部屋に入ったら、黒木がソファーにいて、いきなり俺を睨み付けてきた。
まるで忠実な飼い犬のようだ。
すっとした顔立ちに黒服……どうしてもドーベルマンに見える。
しかも、部屋から出て行こうとしない。
翔吾は前回親父さんに俺を譲っている。
苛立つように黒木にキツく言って、強引に部屋から出て行かせた。
そして……俺は翔吾に抱かれたが、翔吾は竜治や親父さんのように変わったやり方をするわけじゃなく、ごく普通に交わってあっさり終わった。
黒木で練習を積んでいるとは言っても、俺と同級だし、また俺自身も、翔吾になにかを望んでいるわけじゃない。
淡々と従うのみだ。
やる事を済ませて先にシャワーを浴びに行ったが、廊下を歩いていると、向かい側からテツが歩いてきた。
俺は目が釘付けになって思わず足を止めていたが、テツは俺の方を見ようともせずに、そのまますれ違おうとした。
なにか言わなきゃ気がすまない。
「待って!」
テツの腕を掴んで引き止めたが、テツは俺から顔を背けている。
「あんたが自分から手をひいたのは聞いた、だけど、なにも無視する事はねーだろ? それに……こないだのは、あれはなんなんだよ!」
「さあ、知らねぇな」
「とぼけるな! なあ、なに考えてんだ? 何か言ってくれ」
「なにも考えちゃいねぇ」
テツは俺の手を振り払って玄関の方へ歩いて行った。
「なんで……だよ、翔吾や親父さんの事が……そんなに大事なのかよ」
あんな真似をしておきながら、最後まで俺と目を合わさず、振り向きもしない。
もう分かった。
俺は……俺の好きなようにやる。
その後は、何もなかったかのように翔吾と過ごし、夕方になって家に帰って来た。
竜治にメールでもしようと思ったら、珍しい相手から電話がかかってきた。
堀江だ……。
何かと思ったら、一緒にバイトしないかと言う。
いいこずかい稼ぎになるというが、一体どんなバイトなのか聞いたら、デートするだけで金になるという話だ。
『デートって……まさかウリとかじゃねーよな? それなら断るから』
『ほんとにデートするだけだよ』
『一応聞くけど、やっぱ相手は男だよな?』
『ああ、一緒に街を歩いたり、カラオケ行ったり、それだけだよ』
『えー、なんか胡散臭いな、そんなので喜ぶ奴がいるのかな?』
『それがいるんだよ、どうかな?』
『うーん……』
堀江は本当にデートだけだと言ったが、何となく気が乗らなかった。
『コンビニやスーパー、飲食店でバイトしても、こき使われる上にウザイ客にペコペコ頭下げてさ、大した金にはならないじゃん、デートして美味しい物を食べさせて貰った上に、客が機嫌とる側だからね、ペコペコ頭下げる必要ないし、数いけば結構な金になる、友也なら指名沢山入ると思うよ、どう? 一緒にやんない』
『ちょっと考えさせて』
『あっ、そっかー、忘れてたよ、そう言えば……友也にはあのカッコイイ髭のお兄さんがいたよね、じゃマズいか』
『いや、別れたんだ』
『えっ、そうなんだ……』
『あのさ、どのみち考えたいから』
『うん、分かった、じゃあ、決まったら電話かけて、待ってるから』
バイトの事なんか頭になかったが……今ならちょうどいい気晴らしになるかもしれない。
夜、寝る前に堀江に電話をかけてOKした。
翌日の夕方になって、マネージャーだと言う男から電話がかかってきた。
堀江が紹介した、デートを斡旋する店の人間だ。
男は早速仕事をしてくれと言い、俺は自宅で待機する事になった。
知らない人と待ち合わせしてデートするのは、さすがにちょっと不安になってきたが、テツに対する腹いせのつもりで用意をして、マネージャーからの電話を待っていた。
10分経ってマネージャーから電話があり、街に出てくるように言われた。
すぐに家を出て駅まで歩いて行き、電車に乗って目的の駅に着いた。
改札を出たら、大きな柱の前に立つように言われている。
柱の前に立ってさほど経たないうちに、サラリーマン風の男が声をかけてきた。
「友也君……?」
俺はヤケクソな気分で家を出てきたから、相手の事をちゃんと聞いてなかったが、確かマネージャーは40代リーマンだとか、そんな事を言っていた。
どうやらこの男が客らしい。
「あ、はい……」
「写真通りだね、良かった、じゃ行こうか」
俺は写真を渡した覚えはないが、きっと堀江が写メでも見せたんだろう。
勝手に見せられて少々腹が立ったが、大した事じゃないし、促されて男について行った。
「なにか食べに行こう、何がいい?」
家を出たのは18時過ぎだ。
ちょうど夕飯時で腹が空いてきた。
肉がいいと言ったら、しゃぶしゃぶの店に連れて行ってくれた。
食事中、男は自分も食べながら当たり障りのない事を聞いてきて、俺が答えると嬉しそうに笑顔を見せていた。
どこにでもいそうなごく普通のリーマンという感じだが、そんな人がこんな事に金を費やすのかと思ったら、到底理解出来なかった。
しかし、俺はあくまでも客だから愛想笑いを浮かべて会話した。
食事を済ませて店を出ると、男はバーに寄りたいと言い出したが、俺は酒は飲めないから断った。
「君はジュースでも飲んでたらいい、ちょっとだけ付き合ってくれ」
今日は親父さんに貰った時計をつけてきたので、腕を上げて時刻を確認したら、もう20時を過ぎている。
意外と食事に時間がかかったらしい。
「あの、あまり遅くなったらやばいし……」
「その時計、気になってたんだ、いいパトロンでもいるのかな?」
男は時計に気づいていたらしいが、俺の顔を覗き込んでニヤついた顔で聞いてくる。
「いえ……、そんなんじゃないです」
やっぱりこの時計は、あらぬ誤解を生むらしい。
「君なら居てもおかしくない、ほんの30分ジュースを飲むだけだ、それならいいだろう?」
キッパリと否定したが、そんなのはどうでもいいらしく、また誘ってくる。
まぁたった30分だし、付き合ってもいいような気がしてきた。
「分かりました、じゃちょっとだけ」
繁華街の中に埋もれた小さなバー。
男はそこに立ち寄った。
カウンターじゃなくテーブル席に座ったら、男はカクテルを注文して、俺はジュースを頼んだ。
ここでも男は楽しそうに話しかけてきた。
俺は名も知らぬ男にひたすら作り笑顔で返していたが、ジュースを半分近く飲んだあたりで、男の声が遠くに聞こえるように感じた。
男はライムグリーンのカクテルを口に運び、俺はその様子をぼんやりと見ていた。
「おやおや、ジュースで酔ったかな?」
「あの……、俺、そろそろ……帰らないと」
時計を見ようとしたが、目線が定まらない。
「送ってくよ、さ、立って」
男に支えられてよろつきながら店を出たが、グラグラ揺れ動くネオンを見ながら、駅とは逆方向へ向かっている事に気づいた。
「あの……駅反対じゃ」
「いや、こっちであってる」
なんかおかしい……。
そう思った矢先に、男は路地の方へ入って行く。
こっちはラブホがある通りだ。
酒を飲んだわけじゃないのにこんな酔ったような状態になるわけがない。
もしかしたら、ジュースになにか薬を入れてたんじゃ……。
「ちょっ……離してください、会うだけって……約束じゃ」
今頃気づいてもあとの祭りだが、このままホテルに連れ込まれるのはゴメンだ。
「僕は店から成り行きに任せると聞いて、君に会いにきた、君はまともに歩けない、少し休んで行こう」
話が違う。
堀江もマネージャーも、そんな事は一言も言わなかった。
「俺はそんなつもりは……手をはなして……ください」
「大丈夫だよ、ほらあとちょっとだ」
抵抗しても力が入らず、腋を抱え込まれてラブホの方へ連れて行かれた。
「っ、はなせ……!」
入口近くまで来てしまい、焦りまくって目一杯力を込めて男を突き飛ばしたら、その反動で自分が倒れ込んでしまった。
「うっ……」
「こら、あまり手をかけさせるな、諦めてくるんだ」
アスファルトに手をついて顔を上げると、男がまた腋を抱え込んできたが、もう抗う力は残ってない。
「さ、行こう」
「おい、待ちな」
ふらつきながらホテルの入口に向かったら、背後から誰かが声をかけてきた。
「ん、なんだ……?」
男は立ち止まって体を捻り、自分だけ振り向いた。
「やっぱり友也じゃねーか、おい、オッサン、てめぇ、今こいつを連れ込もうとしてただろう?」
この声は……。
「い、いえ……」
まさかと思って俺も振り向こうとしたら、客の男はいきなり俺から手を離した。
「わっ!」
膝がガクンと折れ曲がり、また地べたに手をつく羽目になった。
「友也はフラフラになってる、薬を使ってホテルに連れ込んで淫行なんかしたら、強制わいせつ罪成立だ、立派な犯罪だぜ、あぁ"? なあ、オッサン、どうなんだよ、いいスーツ着てるじゃねーか、そのバッチは銀行か、へへー、ちょうどいい、ちょいと顔を貸して貰おうか、投資について相談してぇ」
体が異様にダルくて顔を上げられなかったが、視界に革靴が入った。
間違いなく……テツだ。
テツはドスの効いた声で男を脅している。
そういえば、男はスーツの襟にバッチをつけていたが、どうやら銀行員だったらしい。
「ま、待ってください、僕はなにもしてません、勘弁してください!」
「ふう、そうか、じゃあまぁ、見逃してやってもいいが、また同じ事をやらかしたら……」
「分かりました、もう2度としません、約束します!」
何とか顔を上げたら、テツが男の首根っこを掴んで睨みつけ、男はいかにもその筋って風貌のテツにビビリまくっている。
「ふんっ、こいつは預かっておくぜ、次は嫌でも協力して貰うからな、オラ、とっとと行け!」
テツは男の内ポケットに手を突っ込んで名刺を奪い取ると、男を突き飛ばすように離した。
「ひいっ!」
男は情けない声を上げると、よろつきながら走り去った。
「ったくよ……、なにやってんだ、ほら立て」
テツはぶつくさ言って、俺の腋を抱え込んで立ち上がらせてくれた。
「う……」
「薬なんぞ盛られやがって、っの馬鹿が! 誰がウリをやっていいと許可した、許さねぇぞ」
足に力が入らなかったが、ギリギリ立ち上がって何とか体勢を保っていると、テツは偉そうに怒鳴りつけてくる。
「俺の事なんか……無視すりゃいいだろ」
けど、もう別れたんだし、俺がなにをしようが関係ない筈だ。
「るせぇー! 若の所に連れて行く、薬が切れるまで休め」
テツは翔吾の事を口にしたが……。
「若、若って……、勝手に仲良くしたらいい、俺は……今翔吾に会いたくねぇ」
翔吾とは今日会ったばかりだし、こんな目にあった直後に会いたくない。
それに……主従関係とか、そういうのはウンザリだ。
テツにとって翔吾は若頭でも、俺にとっては友達に過ぎない。
「黙れ! 俺はおめぇを管理する義務がある、今度やったらどこのどいつか洗い出して、ウリをやらせた店ごと叩き潰してやるからな、よーく覚えとけ」
俺は危ういところを運良くテツに助けられたが、翔吾の為に俺を助けたのなら……ほっといて欲しかった。
そういう気持ちもあって嫌だって言ってるのに、有無を言わさず車に乗せられ、翔吾の屋敷に連れて行かれた。
部屋に入ってソファーに座ったら、翔吾が隣に座って顔を覗き込んできた。
「友也、大丈夫?」
翔吾には、予めテツが連絡してざっくりと話をしている。
「……ああ」
薬は大分切れてきた。
「テツ、ありがとう」
本当は俺が礼を言わなきゃいけないが、言う気になれない。
代わりに翔吾がテツに礼を言った。
「いえ、たまたま俺が見つけたから良かったが、あと一歩遅かったらウリをやらされてた、若、こいつにゃ発信機でもつけといた方がいいですぜ」
テツは呆れ顔で意地悪な事を言う。
「そうだね……それいいかも」
「ま、なんにせよ、しっかり飼い慣らさねーと……、こいつ……案外頼りねーから、フラフラ~っとどっかに飛んで行っちまいますぜ、せいぜい頑張ってください、じゃ、俺はこれで」
翔吾はテツの話を真面目に聞いていたが、テツは投げやりに言って頭を下げると、そそくさと部屋を出て行った。
「翔吾、迷惑かけてごめん……」
俺は無理矢理翔吾に会わされた形になったので、バツが悪くて仕方がなかったが、とりあえず迷惑をかけた事を詫びた。
「そんなのいいんだよ、それより、何故ウリなんか?」
「堀江がバイトをしないか? って誘ってきたんだ、で、デートするだけだって言うから……」
「堀江が? あいつ……、ふざけやがって!」
「俺がOKしたのがいけなかったんだ」
「だけど、騙してるじゃん、あのカマ野郎……よくも……、許せねー! 僕が学校では大人しくしてるから、なめくさってんだろう、僕を怒らせたらどうなるか……あいつに教えてやる」
気のせいか、翔吾は段々口が悪くなっているような気がしたが、堀江と喧嘩になったら面倒だ。
「いや、翔吾……、俺は争いとか望んでねーから、もう行かねー、約束する」
俺が行かなきゃ済む事だし、子分を使ってボコすとか、そんなのはやめて貰いたい。
「だけどさー、また言ってくるんじゃない? ひとこと言ってやらなきゃ気がすまないよ」
「じゃあさ、まず俺がハッキリ言うから、それでなにか言ってくるようなら……そん時は頼む」
「うーん……仕方ないな……、わかったよ」
翔吾は渋い顔をしたが、何とか抑えてくれたようだ。
「あの、それじゃあ、俺そろそろ帰るから」
「泊まってけば?」
「いや、姉貴がなんだかんだうるさいから……」
本当は泊まっても良かったが、これ以上テツと顔を会わせたくない。
姉貴には悪いが、こういった時に都合よく利用させてもらってる。
翔吾は姉貴と火野さんが付き合ってる事を知ってるが、男女間の恋愛話となると……全く興味を示さない。
詳細を聞いてこないから、俺としてはその方が助かる。
火野さんを信じてはいるが、火野さんはヤバい事を知りすぎている。
もし翔吾が火野さんにあれやこれや突っ込んだ事を聞いたりしたら、辻褄を合わせるのが大変だろうし、うっかり……って事も有り得る。
だから、火野さんや姉貴の事をスルーしてくれるのは有り難い。
「そっか、わかった、じゃちょっと待って」
翔吾はスマホを出して電話をかけた。
「あ、テツ、友也を送ったげて」
「え……」
イブキでも呼ぶのかと思ったら、意外な事にテツを呼んだ。
「ちょっ……、翔吾、いいのか?」
「うん、僕は……つい頭にきて、テツにキツイ事を言ったけど……、テツはちゃんと分かってるみたいだし、ホントは……僕だってテツの事嫌いじゃない、いや、変な意味じゃなく……やっぱさ……、ずっと一緒にいてくれたから」
「そっか……」
「って……、やだな、そんなマジな顔しなくていいから、言っとくけど、今のはテツには内緒だよ、それと……友也の事は別だから」
「あ、うん……」
翔吾はちらっと本音を漏らしたが、テツの事をそんな風に思ってるなら、破門するというのは、ただの脅しなのかもしれない。
だけど、今までの2人の関係を改めて考えてみたら、そんなのは分かりきった事だった。
親父さんまで巻き込んで無理矢理別れさせられたのはムカつくが、翔吾自身も葛藤した上での事だし、自分の本音と俺の事を切り離して考えるというなら、俺も切り離して考える。
翔吾がいつも俺に気を使ってくれた事、いつも俺の事を心配してくれた事、それに……一途に俺の事を思ってくれている事。
それらをぶち壊すつもりはない。
やがてドアをノックする音がしたが、話をするうちに薬はすっかり抜けていた。
「若、いいっすか?」
テツがやって来た。
「うん、入って」
「失礼しやす、友也、来い」
翔吾が返事をすると、テツは翔吾に軽く頭を下げて部屋に入り、俺を呼んだ。
「ああ、うん……」
テツと顔を合わせたくなかったのに、呼ばれて立ち上がるしかなかった。
「じゃ翔吾、また連絡するから」
「うん、僕も電話する、堀江にはキツく言ってやらなきゃだめだよ」
「うん、分かってる、じゃまた」
いつもと同じように、翔吾と笑顔で約束を交わした後、テツの後について部屋を出た。
しかし、できるだけテツと顔を合わせたくない。
車に乗った後『テツの顔なんかぜってー見ねぇ! 見るもんか!』そう決意して窓の外を眺めていた。
「おい」
ところが、暫く走ったところで……テツの方から話しかけてきた。
「……なんだよ」
「おめぇ、まさかマジでウリやってんじゃねーだろうな」
「やってねぇ」
「正直に言え」
「友達がデートするバイトだって言うし、ウリじゃないって言うから……、で、行ったらああなった」
「本当だろうな、嘘ついたら承知しねーぞ」
何かと思えば、思いっきり疑ってくる。
どうせまた翔吾の為だ。
翔吾の為に釘を刺しておきたいんだろう。
「ホントだ、大体さ、もうあんたに言われる筋合いねーし」
もうウンザリだ。
ため息混じりに返した。
「おめぇはケツに焼印押された豚も同然だ、俺の名前が刻まれてる以上、俺の所有物なんだよ、いいか? 所有物にゃ自由はねー」
別れといて所有物?
はあ? なにを言ってるんだ。
テツは予想を遥かに飛び越える事を高圧的に言ってきたが、それが本音なら……あんな事をした理由が分かった。
「で……、風呂場であんな事をやらかしたわけ?」
「おめぇは性欲処理の道具だからな、やりてー時にやる、それだけだ」
テツの思考回路がカオスなのは知ってるが、人としてはいい人間だと思っていた。
なのに、酷いことを言う。
「それ、翔吾が知ったらやべぇよな?」
だから俺も言い返してやった。
「お前にゃ俺を陥れる事はできねー、俺にぞっこんだからな」
開いた口が塞がらなかった。
テツは自信たっぷりに薄ら寒い台詞を吐く。
「はあ? なんだよそれ、よくそんな事が言えるよな、俺は別に……あんたなんか居なくても構わねー、充分満たされてる」
竜治がメールをくれるし、寂しくはない。
「ふーん、おい、おめぇ……、若と親父以外で誰か付き合ってる奴がいるんじゃねーのか?」
すると見透かすような目付きで睨みつけて聞いてくる。
……圧が凄い。
「……なもん、いるわけねぇし、翔吾と親父さんだけで充分だ」
気圧されて動揺してしまい、慌てて誤魔化した。
「ちょっと待て」
だが、テツは急にスピードを落とし、車を左に寄せて止めた。
「な、なんだよ、なんで止めんだよ、あんたと話す事はねー」
「友也、おめぇ、三上に脅されてたんじゃねーか?」
狼狽えていると、今頃になって三上の事を蒸し返してきた。
「なに言ってるんだよ……、知らねぇよ」
何だか知らないが、すっとぼけた。
「奴をリンチにかけた他所の三下が怪しげな事を言った、『もう大分前の事だが、三上がわけぇ男を連れてるのを見た』……ってな、それが……きいた話からすりゃ、そのわけぇ男ってのが、友也おめぇにそっくりだった、奴に脅されて付き合わされた……それだけならまだしもだが、あいつは浮島組の奴と交友があった、名前は木下竜治、奴は前々から三上に誰か紹介しろと話をもちかけてた、俺はそれを知ってる、三上自身が俺に話したんだ、間違いねー、なあ、友也……、お前、ひょっとして……木下を紹介されたんじゃねーのか?」
どうやら……三上が制裁を受けた事がきっかけで、思わぬ所から俺の事がテツの耳に入ったらしい。
一瞬肝を冷やしたが、竜治の話からすれば……三上はもう生きちゃいないだろう。
あの写真を見た時は……やり過ぎじゃないかと思ったが、三上は俺を痛めつけた奴だ。
冷たいようだが、三上との事は過去の出来事に過ぎない。
ただ、テツがそこから竜治の名前を引っ張り出してきた事にびびった。
「だから知らねぇ……って」
こうなったら、とぼけ倒すしかない。
「竜治とはなんべんか話をした事があるが、女房にゃバイだという事を隠して、わけぇ男と遊びまくってる、ま、そんなこたぁ知ったこっちゃねーが、体中墨が入ってら、おめぇ、まさか……奴の毘沙門天を拝んだんじゃねーだろうな」
「やめてくれ、体中墨だらけとか怖すぎだろ……」
「そうか……、ま、親父の刺青とは桁違いだからな、あんなもんを見たらびびっちまって、到底付き合う気にはなれねぇだろう、だったらいい」
大袈裟に怖がるふりをしたら、一応信じてくれたようだ。
安心したが、安心したついでに……言わなきゃいけない事がある。
「いいや……、全然よくねぇ」
「なにがだ」
「俺を捌け口にするのは無しだからな、よそでやってくれ、ほら、ショットバーのママとか、他にもいるんだろ?」
自分勝手な思い込みであんな事をされちゃ、たまったもんじゃない。
「無駄金使いたくねー、おめぇならただでやれる」
なのに、とんでもなくゲスい事を堂々と言った。
「なんだよそれ……」
腹は立つが、テツがこういう物言いをするのはよく分かっている。
「おう、そうだ、おめぇにいい物をやる、手を出せ」
呆れていると、何かを思い出したように内ポケットに手を突っ込んだ。
「え、い、いやだよ……、ぜってー変な物だ」
まさか手錠はかけないだろうが、これまでの素行から考えたら、どうせろくなものじゃない。
「いいから手をかせ!」
「あ"ー、ちょっと」
体を捩って抗ったが、狭い車内では逃げられず、呆気なく腕を掴まれた。
「クックックッ……」
ガチャッと音がしてテツは意地悪くニヤついているが、手を見たら手首に銀色の輪っかがはめられている。
「え、なにこれ、ブレスレット? あっ……なんか書いてある……奴隷? って……、あのさー、いらねぇから! あれ……? 取れねぇ」
単にブレスレットならマシだったが、よく見たら『奴隷』って刻まれてた。
直ぐに外そうとしたが、全然外れない。
「純チタン製ブレスレットだ、そりゃそこそこいい物だ、鍵は俺が持ってる、良かったな、おめぇにぴったしだ」
ここんとこ俺の事を無視していた癖に、何してくれてんだよ。
「悪い冗談やめろよ、鍵、かして」
うちの学校は校則緩いし、先生も俺なんか気にしちゃいないが、こんな奴隷だなんて書いてあるブレスレットなんかつけたら、皆の笑いものにされるじゃないか。
「だめだ、よし、送ってくぞ」
「ちょっと、困るって……、外せよ! 外してくれ!」
「うるせーな、猿轡噛ませるぞ」
「つかさ……、遊ぶ金ケチって……こんな物は買うわけ? おかしいだろ!」
「なもん、今更買わなくても持ってて当たり前だ」
「もうさ、あんたが変態なのはよーくわかってるから……、けどさ、俺を巻き込むの、やめてくんね? 実際……マジで困るんですが?」
「ふんっ、そいつは魔除けだ、嫌でもつけて貰う」
懐かしい場所に着くまで、散々文句を言って喚き散らしてやったら、テツは徐ろに上着のポケットに手を突っ込んで……何食わぬ顔で猿轡を出した。
マジで猿轡まで携帯してるなんて、呆れ返って言葉も出なかったが、猿轡を噛まされるのは嫌だ。
俺は奴隷ブレスレットをつけたまま、家に帰るしかなかった。
家に帰って来たら、真っ先に姉貴の気配を探った。
1番いる可能性が高いキッチンをこっそり覗いたら、母さんが洗い物をしていたが、姉貴の姿は見えない。
「ふう……」
第1関門突破だ……。
「友也、帰って来たの?」
だが、母さんに見つかった。
「あ、うん……、あのさ、ご飯あとで食べるから、姉貴は?」
「まだ帰ってないわよ」
「あ、そう……」
「あっ、ちょっと待ちなさい」
母さんにブレスレットを見られても、興味を示す事はないと思うが、俺は呼び止める母さんを無視して急いで2階の部屋に上がった。
姉貴が帰るまでにブレスレットを隠さなきゃマズい。
何がいいか考えたが、手首に巻いて不自然じゃない物と言えば……包帯、湿布、テーピング用テープ、リストバンドくらいだ。
その中で1番無難なのはリストバンドに思えたが、確か……昔買ったのがタンスの奥にしまってある。
焦りまくって探した末に、ようやく見つけ出した。
黒いリストバンド。
それをブレスレットの上に被せてはめてみたら、若干不自然に盛り上がっている……。
ちょっと気になったが、この際仕方がない。
時計を見たら、もうとっくに22時を過ぎている。
姉貴は今日も火野さんとデートだろう。
にしても、猿轡といいブレスレットといい、こんな物を予め内ポケットにしのばせているとは……。
テツは相変わらず、何も変わってないようだ。
すげー迷惑なのに、なんだか妙にほっとした気分になった。
ただ……テツが竜治の名前をだした事はマジでヤバい。
竜治は三上とは違い、テツと仲違いしてる訳じゃない。
それに……テツは俺の事を自分の所有物だと言ったが、それはテツが勝手に言ってるだけで、翔吾が心変わりでもしない限り、今の状況が変わる事はないだろう。
だとしたら、テツにとやかく言われる筋合いはないが、テツにバレたら当然翔吾にも伝わる。
俺と竜治の関係を知って、翔吾が黙ってるわけがない。
絶対『パパー!』とか言って、親父さんに泣きつく。
そしたら、きっととんでもなく面倒な事になる。
とは言え……テツは俺の言葉を信じた。
あの感じなら、竜治との事をこれ以上疑う事はないだろう。
ひとまず、姉貴が帰ってくる前に下に降りて晩飯を済ませた。
部屋に戻って珍しく勉強していると、姉貴がやって来た。
やって来るって事は、俺に話があるから部屋に来るわけで、俺はノートを閉じて床の上に腰を下ろした。
そしたら、姉貴は向かい側に座ったが、リストバンドをしてるし、ブレスレットは見つからないだろう。
「火野さんとは変わらず上手くやってるんだな?」
多分火野さんの事だと思って聞いてみた。
「うん……」
やっぱりそうだったが、姉貴はやけに浮かない顔をしている。
「どした? 喧嘩でもした?」
「プロポーズされた……」
「へえ、遂にきたか」
火野さん、やるじゃん。
「指輪……貰ったの」
「え、嘘……、ちょっ、見せて」
「これ……」
「へえー、高そうなやつだな、良かったじゃん」
指輪はダイヤの入りの、綺麗に装飾された金とプラチナで出来た物だ。
「だけど……、母さんにどう言えばいい? 無理じゃん……」
「あー、まあ……」
「やっぱり……断るべきかな」
「えー、それはちょっと……、そんな事したら火野さんショックを受けて……、きっとあれだよ、自害するぞ、切腹だ、アハハっ」
「友也! 真面目に聞いてよ」
「あ、ごめん……」
ついふざけた事を言ってしまったが、こんな悪い冗談がスラスラ出てくるのは、恐らく……テツから悪影響を受けたせいだろう。
これは、姉貴にとっては冗談じゃ済まされない事だ。
どうしたらいいか、姉貴と一緒に考えたが、詰まるところ……姉貴自身が決めるしかない。
「厳しい言い方だけど、いざとなったら究極の選択かな……、親をとるか、火野さんをとるか……」
「そうだよね……、やっぱりそうなるよね、分かってはいるんだけど……」
姉貴は行き詰まったように言うと、重い溜息を漏らして黙り込んでしまった。
「あのさ、すぐに答えを出す必要はないんだし、取り敢えず婚約状態をキープして、もうちょい考えたらどうかな? 俺、愚痴ならいくらでもきくからさ」
答えが出ない事を考えても、憂鬱になるだけだし、焦る事はない。
「うん……そうだね、前向きに考えなきゃだめだよね…」
いつもの姉貴が戻ってきた。
「そうそう」
開き直ってみるのもありじゃないかと、俺は姉貴と共に自分自身に言い聞かせていた。
「ん? 友也、なんでリストバンドなんかつけてるの?」
しかし、平常心を取り戻した姉貴は、目ざとくリストバンドに気づいてしまった。
「あ、ああ、別に意味はねぇ、気分だよ、気分……」
「ちょっと見せて」
「リストバンドなんか見ても、しょうがねぇだろ」
「いいから、貸して」
「ちょっと、姉ちゃん……やめろよ!」
姉貴は強引に俺の腕を掴み、リストバンドをズラした。
「んん? ブレスレット……?」
「何でもねぇって……」
「こら、見せなさいよ!」
「やめろ……!」
「あ、なんか文字が……、えっ、奴隷? なにこれ? なんでこんな文字が入ってるの?」
「友達が……ふざけてつけたんだ」
「ふざけて? なにそれ、奴隷って……嫌がらせかイジメじゃん」
「そんなんじゃねぇ、本当にただの悪ふざけ」
「だとしても趣味悪すぎ、そんなもん、とりなさいよ」
「鍵がかかってる」
「ええっ、鍵? やっぱりイジメなんじゃないの?」
「違うって……」
「もしくは……そういう趣味とか?」
「ちょっと姉ちゃん、やめろよ、変な事考えるな」
「だってさ、それ……安物には見えないし、ただの玩具にしては違和感ありすぎ、そんな物をわざわざつけさせるとか……いくらなんでもおかしいでしょ、あんた、そう言えば……前に高いネックレス貰ってたよね? それ……あの厳つい人からつけられたんじゃないの?」
「馬鹿な事言うなよ」
「あ、そうだ、2人で朝からカフェにいた事もあったよね? あの時火野さんは色々言ってたけど……、やだ、まさかあんたやっぱりあの厳つい人と……、それでつけられたんでしょ」
「違うって! 竜治さんは全然関係ねぇ……、単なる友達の悪ふざけ、勘弁してくれよ、変な妄想するのは姉ちゃんの勝手だけど、もう0時過ぎてる、明日仕事だろ? くだらねぇ事言ってないで早く寝たら?」
結局、隠しても無駄だった。
力づくで手を捻りあげれば俺の方が力で勝てるが、姉貴にそんな真似はしたくない。
姉貴はまだ竜治と俺の関係を疑っている。
テツの存在を知らないし、竜治と一緒に居るところを見られてるから、そう思われても仕方がないといえば仕方がない。
けれど、ネックレスもブレスレットも……竜治とは関係ないし、そこだけは、強く否定したかった。
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