4signs

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◇◇◇ それから後、俺と翔吾はいつも通りダラダラ過ごした。 最初はゲームをやっていたが、段々飽きてきた。 そこで、俺はいい事を思いついた。 まだじっくり見てないし、あの和風な庭を見てみたい。 翔吾に言ったら即OKしたので、一緒に庭を見に行った。 いつもは通り過ぎるだけだが、改めて見たらよく手入れされた庭木が、いい感じに植えられている。 飛び石、苔むした大きな石、鹿威しに小さな池まである。 こういう庭に縁のない俺でも、背の低い木や小さな植物に至るまで、美しく配置されてるのがわかる。 「ふう……、なんか、落ち着くな」 普段見る機会のない珍しい庭だ。 「そう……? 僕は見慣れてるし、別にどうでもいい」 「いいよ、絶対いい、なんか新鮮だ」 俺は見とれるように見渡していたが、翔吾は庭にはまったく関心がないらしい。 「ね、友也……」 「ん……?」 「いや、なんでもない……」 「んん……? どうかした?」 翔吾は何か言いかけてやめた。 聞き返してもそっぽを向いて黙り込んでいる。 なんとなく気まずくなって部屋に戻る事にしたが、部屋に戻ってソファーに座ったら、いつもと変わらぬ調子で話しかけてきた。 「お昼食べる?」 「あ、うん」 さっきのはなんだったのか気にはなったが、興味ないって言ってたし、あれ以上庭について話したくなかったんだろう。 「全く……、テツも迎えに行くなら何かおごればいいのに」 「いや、迎えに来て貰って、そんなの悪いし」 「じゃ、何か適当に持ってくるよ」 翔吾はお昼ご飯に何か振舞ってくれるらしい。 「あ、ごめん……、ありがと」 「気にしなくていいよ」 礼を言ったら笑顔で答えて部屋を出て行ったが、悪いと思いながらいつも厚意に甘えてしまう。 1人きりになって足元を見れば、テーブルの下に漫画本が投げてある。 こないだ俺がこの部屋に来た時のまんまだ。 ソファーを背もたれにして絨毯の上にじかに座り、漫画本を手に取った。 すると、ドアが開いてテツが入ってきた。 ノック無しだったのは、翔吾と部屋の外で顔を合わせたからだろう。 俺んちじゃないし、ノックとかどうでもいい事だが、ニヤニヤしながらまっすぐに俺のところへやって来て、すぐそばに腰を下ろした。 「なんだ、地べたに座って、漫画か?」 「うん」 「おもしれぇか? 漫画」 「まあ……」 「へへ、まだまだガキだな」 上から覗き込んで言ったが、馬鹿にしたように言われてちょっとムカついた。 「いいだろ別に……」 「な、友也……」 素っ気なく返してページへ目をやったら、また話しかけてきたが、何を言うつもりなのか大体分かっている。 「断る」 「まだ何も言ってねーぞ」 「技はお断り、そんなにやりたきゃ弟分の誰かとやったら? みんな頑丈そうだし……、俺はか弱いんだ、テツの相手をしたら壊れる」 「か弱いだと? おめぇそれでも男か、男なら体を鍛えろ、よし、今日は袈裟固めだ、こっちに来い」 袈裟固めって……どんな技なのか知らないが、知りたくもない。 だが、問答無用で腕を掴んでくる。 「ちょっ……やめろよ、そういうの、嫌だって言ってるだろ」 「いいから、こっちへ来い」 「無茶苦茶だろ、意味わかんね、もう……やだっつってるだろ? 放せよ」 「へへ、いいじゃねーか、付き合え」 腕を引っ張られ、部屋の真ん中にズルズルと引きずっていかれた。 「よくねーし、だいたいこんな……おかしいだろ……、やめろって……!」 もう本当に意味が分からねーが、真ん中に来たらテツはスーツの上着を脱ごうとした。 今のうちだと思って、這いつくばった体勢から立ち上がろうとしたが……。 「逃がすか!」 呆気なく捕まった。 「俺は翔吾の友達だぞ! 若の友達は丁重に扱……っ、あー! よせ!」 「よっしゃ、いくぞ」 「うっ、最低ー!」 こうなったら、翔吾の権力を笠に着て……と思ったが、首を腕に絡めとられて身動き出来なくなった。 「くっ……!」 締められると思って体が強ばったが……手加減はしてるらしく、痛くも苦しくもない。 しかし……なんか違和感がある。 テツの膝に後頭部を乗せた格好になり、片腕で首をロックされた状態で、テツの顔が俺の顔の真上にきてる。 しかも、やけに近ぇ……。 本気で締められたら困るが、これはこれで……なんとも言えない気分だ。 気恥ずかしいような……異様な感じがする。 「ちょっと……離せよ!」 堪らなくなって何とか逃げようとしたが、自由に動かせる方の腕は、がっちりと掴まれて動かせない。 「わざと緩くしてやってるんだ、自力で脱出してみろ」 「緩くって、いや、あのさ……無理だよ……、とにかく……放せって!」 足で床を蹴って藻掻いたら、すかさず体重をかけて押さえ込んでくる。 「うー、このー! もうー、なんなんだよ一体……」 「テツ……! 何やってるの……!」 ドアが開いて、翔吾がお盆を持って入ってきた。 助かった……。 「ちょっと鍛えてやってただけでさ」 テツは俺から離れて立ち上がり、言い訳しながら放り投げた上着を拾い上げた。 「ふーん、そう……、ああ、そろそろ親父が帰ってくるから、色々用意した方がいんじゃない……?」 「おお、もうそんな時間か、それじゃ若、俺はそろそろ行きます」 翔吾は不貞腐れたような表情をして言ったが、テツは窓を見て日が暮れかかっている事に気づき、翔吾に頭を下げてそのまま部屋から出て行った。 なんだか忙しそうだし、この後はもう来る事はないだろう。 「ふぅ……」 「テツ……、友也の事、気に入ってるみたいだ」 ほっとしてソファーに座ったら、翔吾は向かい側に座って妙な事を口にする。 「えー、そうなのか……? あんな真似して気に入られてるって……、おかしくね?」 「興味があるから……構いたくなる、多分そう」 興味があると言われても……困る。 「ちょっと待った、気に入るも何も、俺はヤクザになるつもりはねーし」 「うん、分かってる」 翔吾は分かってくれてるが、テツがもし俺をこっちの世界に引きずり込もうとしてるなら、それはお断りだ。 俺はテツの事を翔吾の乳母だと思ってるだけで、兄貴と呼ぶつもりはない。 テツが何を考えていようが、俺は俺だ。 それよりも……今はプレゼントの事を言わなきゃならない。 「それより翔吾、プレゼントなんだけど、親父さんには後で翔吾から渡してくれる? じゃないと先に渡したらアレだろ……、テツはもう慣れたからいいけど、それ以外の幹部とか来てたら……顔を出すのは気がひけるし」 「あ、うん、そうだね……、心配しなくていいよ、分かった、友也、ほら、ピザ食べよ」 翔吾もその辺は分かってくれたらしい。 テツを一喝した時に手にしたお盆をテーブルへ置いていたが、そこにはピザが皿に乗っかっていて、ジュースも置いてあった。 「うん、悪いないつも、じゃ、いただきます」 ここに居る時は困る事がない。 食べ物も、飲み物も、何もかも全部翔吾が用意してくれる。 自分ちよりも快適に過ごせるから、有難い。 日が暮れて夜になり、親父さんが帰宅したようだったが、俺は翔吾と部屋にいた。 晩御飯は部屋住みの人が部屋に運んできてくれたし、風呂は大きな浴槽のある広い浴室と、シャワーのみの狭い浴室の2箇所あるらしく、俺はシャワーのみの小さな浴室を使わせて貰った。 また、トイレを借りた時に大広間の方から賑やかな声が聞こえてきた。 誕生日の宴会は盛り上がっているようだったが、出来るだけ誰にも会わないように素早くトイレを済ませた。 音楽を聴いたり、漫画を読んだり、自由気ままに過ごしたが、翔吾とはずっと喋ってるわけじゃなく、互いに好きな事をしてる時は無言だったりする。 いつの間にか、間が持てなくて気を使って喋るような……そんな堅苦しい仲じゃなくなっていた。 午前零時を過ぎた頃に何気なくあくびをしたら、翔吾が『そろそろ寝る……?』と聞いてきた。 「あ、うん……そうだな、なんだか眠くなってきた」 「パジャマ貸すよ」 「いや、いい、着替えるのが面倒だから、これでいい」 どうせ上はTシャツだし、別にこのままでかまわない。 「ベッドは一緒でいいかな……? 嫌なら僕はソファーで寝るよ」 「あれだけデカいんだし、一緒でいいよ、そんな細かい事気にしないから」 翔吾のベッドは、多分キングサイズ位はある。 一緒に寝ても余裕だ。 「そっか、掛け布団も一緒になるけど、構わない……?」 「ああ」 話がついたところで洗面所に歯を磨きに行った。 すると、歯磨きの最中に大広間の方から誰かがこっちへ歩いて来る。 遠目にもガタイのいい男だとわかるし、宴会に来た連中の内の誰かだろう。 嫌なタイミングで来てしまったと後悔したが、歯ブラシを咥えて逃げ出すわけにもいかない。 洗面所の奥にはトイレがあるから、トイレをしに来たんだと思ったが、男はあっという間に目の前にやって来た。 短髪坊主頭でガッチリとした体つきの強面な男だ。 頼む……さっさとトイレに行って早く立ち去ってくれ! 藁にもすがる思いでそう願ったが、坊主頭は俺の顔を覗き込んできた。 「おう、誰だぁーおめぇは」 俺はビビって縮こまっていたが、坊主頭は話しかけてくる。 「翔吾の……友達です」 怖々答えた。 「おお、若の、そうか……どおりで見るからに若ぇ、ふーん、可愛らしい面ぁしてるな」 男は体を起こして顎を擦りながら言う。 「あ……あの……」 逃げ出したかったが、言葉すら出てこない。 「へへっ、な、小遣いやるから俺と付き合わねーか?」 歯ブラシを咥えたまんま固まっていると、男はおかしな事を言い出した。 「つ……付き合う……?」 「おうよ、怖がるこたぁねー、いい事を教えてやる、可愛がってやるぜ」 最初は意味が分からなかったが、酒に酔った赤ら顔で可愛がると言われ、何となく分かってきた。 この坊主頭は男色のけがあるんだろう。 「いや、俺は……、そ、そういうのは……」 そんな目で見られてるのかと思ったら腹が立ったが、強く言い返せるわけがない。 「おい、三上、そこで何をやってる……!」 首を竦めて俯いていると、テツの声がした。 「テツ……」 地獄に仏だ。 テツは坊主頭目掛けてズカズカと歩いてくる。 今の俺には救世主に思えた。 「いや、小便しにやって来たら可愛らしいガキがいたもんで、ちょっとおちょくってたとこだ」 坊主頭は冗談めかして言ったが、俺に付き合わないかと言った時の顔は……冗談で言ってるようには思えなかった。 「だったらさっさと小便済ませろ」 「おう、分かってら」 テツが促したら、坊主頭はトイレに入って小便を済ませ、俺に目を向ける事もなく広間に戻って行ったが、テツは坊主頭が去った後で口を開いた。 「友也、さっき、あいつに何か言われただろ? あいつ、可愛らしいガキにゃ目がねぇからな」 「えっ? あ、そ、そうなんだ」 俺は慌てて歯ブラシを口から出したが、テツは坊主頭が何を言ったか、分かっているような口ぶりだ。 「ったく……、油断も隙もねー、歯ぁ磨いたら真っ直ぐに若のところへ戻れ、いいな?」 「わかった」 念押しをされ、力強く頷いた。 「そんじゃ……またな」 テツはひと言言って踵を返し、そのまま広間に戻って行ったが、トイレに来たわけではなかったようだ。 あの坊主頭の事が気になって見に来たのかもしれないが、どちらにしても、タイミングよく来てくれて助かった。 ヤクザは色んな意味で怖い……。 そう思いながら翔吾の部屋に戻ったら、部屋の明かりは既に消されていた。 その代わり、部屋の壁に設置されたルームライトがつけられている。 小さなライトだが、オレンジの淡い光はムードがあっていい。 ベッドに行ったら、翔吾は壁際に寝ていた。 「遅かったね、もしかして、誰かに絡まれたりした……?」 「いいや……、よし、寝よっか」 坊主頭の事はかなりショックだった。 今はその事について話したくない。 「うん、じゃ電気消すね」 ベッドに上がったら、翔吾はルームライトをリモコンで消した。 「じゃ、おやすみー」 「うん、おやすみ」 声をかけて挨拶を交わし、翔吾に背中を向けて眠りについた。 ーーーまだずっと幼い頃。 母さんの膝に縋りついて甘えていると、母さんは俺の体を優しく撫でてくれた。 『友也……』 俺を呼ぶ声がする。 「ん……」 だけど……なんだかずっしり重い……。 母さんの腕が、体を押さえつけている。 母さん……腕を退けて……重いよ。 「苦……しい」 「友也」 こんどははっきりと声が聞こえた。 胸が軽くなった……。 良かった、腕を退けてくれた。 だけど……なんだか変な感じが……唇に……。 「うっ、ん……? んんっ……!」 薄目を開けたら……目の前にぼんやりと顔が見える。 えっ、翔吾……? 翔吾が、俺にキスをしている。 「ちょっ……! な……な……何やって……!」 びっくりして翔吾を退かして飛び起きた。 俺は夢を見ていたらしいが、翔吾は寝ている俺の上にかぶさってキスしたらしい。 「友也、僕は君の事を……」 「えっ……」 まさかと思った……。 「好きになった」 「ええっ……!」 頭が真っ白になっていた。 「こんな事、異常だよね……だけど好きになっちゃった……」 いきなり告白されて……言葉が出てこない。 「あ……その……」 翔吾は友達で、当たり前に男だ。 同性に告白された経験なんかある筈がなく、どう受け止めたらいいか分からない。 「友也、僕の事話すから……聞いて欲しい、いいかな?」 「あ、ああ……」 「これは誰にも言ってない事だけど、僕は気づいたら……男しか好きになれなかった、周りが男だらけだからかな、でも好きになるのは組の者じゃなくて、同級生や先輩とか、色々……、こういうのゲイっていうのかな……?」 そんな事を突然聞かれても……。 「あの……ごめん、俺にはよく分からない」 正直に言うしかなかった。 「そうだよね、キスしたりして……びっくりして嫌いになった?」 確かに驚いたが、それでいきなり嫌いになるとか……。 「え、いや……別に嫌いには……」 「もうここに来たくないでしょ……?」 翔吾は……投げやりに言った。 「い、いや……」 「本当に悪かった……、でも、これっきりだとしても……構わない、友也に全部話して……すっきりした」 「翔吾、俺……」 ゲイだとか、LGBTとか、さっぱりわからないが、そういうのを嫌悪する気持ちはない。 ただ、だからといって翔吾の告白を受けるのは無理だ。 「ん……なに……? いいよ、はっきり言って」 「翔吾の気持ち、その……受け止めるのは無理かもしんないけど、友達はやめるつもりはないから」 今、自分が思う事をそのまま口にした。 「本当に……?」 「ああ」 「そっか……そう言ってくれるんだ、そんな風に言われたの……初めてだ、だから僕は……」 翔吾は喜んでいたように見えたが、話の途中で言葉に詰まって背中を向けた。 よく見たら、肩が震えている。 泣いてるんだとわかった。 何か言わなきゃって思ったが、声をかけられない。 俺には分からない苦労をしてきて、その挙句に男しか好きになれなくなったとか……。 それって、凄く重い事に思える。 ここで安っぽい励ましの言葉を口にするとか……そんなの言えるわけがなかった。 黙って見守るしかない。 暫くしたら、翔吾は振り返って笑顔を見せた。 「……ごめん、なんか暗くなっちゃったね、寝よっか」 「ああ」 目の周りや鼻が赤くなっていたが、見て見ぬ振りをして、仰向けになって目を閉じた。 「友也、手だけ……繋いでいい……?」 直ぐには眠れそうもなかったが、翔吾が遠慮がちに聞いてきた。 「……いいよ、構わない」 拒否する事は出来なかった。 翔吾の生い立ちに同情してるだけなのかもしれない。 だとしたら、俺は偽善者なのか? けど、ヤバイとか……警戒しなきゃ……とまでは思えない。 翔吾は友達だし、手を繋ぐ位……多少違和感はあっても、別に構わない。 これって……俺の感覚が普通じゃないんだろうか? 色んな事を考えていたが……。 よく分からないまま、再び眠りについていた。
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