都橋探偵事情『擬態』

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「テレビつけるね。NHKがいいんでしょ。聞こえる?もっと大きくしようか?大丈夫?」  一々に気付かっていたら介護は進まない。確認は自分自身にである。 「身体拭こうか?明日でいいの?」  今日はハナから身体は拭かないつもりでいた。通じない確認作業がずっと続く。これから食事の支度である。基本洋子の食事は作らない約束になっているが一応作り置きしておく。食べなければ貞子が昼に食する。幸三郎は流動食に近い。腹は減るらしく食欲は旺盛である。作った総菜を潰し汁に混ぜてさらに潰す。粘り過ぎても喉を通らないので加減が必要である。おかゆを潰した総菜と混ぜ合わせる。ひとつひとつは美味だが混ぜあわせると見た目が悪い。 「おえっ」  自分で作っていて吐きそうになる。 「はい食べよう」  レンゲを口元まで運ぶと口を開ける。レンゲの先を覗かせて傾ける。噛んでいると言うより喉へ送り込むために唇を動かす。 「はい終わり」  幸三郎にとっては茶碗一杯の楽しみである。貞子にとっては最低限生きるために必要なカロリーを与える作業終了である。 「歯を磨くよ」  緑色したプラスチックのコップに歯ブラシが差してある。歯磨き粉を歯ブラシ半分に載せる。 「口もっと大きく開けて」  付き添い婦を始めて6年になるがこの歯磨きだけは慣れることがなかった。便を攫うより股間を拭うよりこの歯磨きが嫌だった。貞子は幸三郎の口の中を見ずに歯ブラシを動かした。手の感触だけでやさしくしごいた。 「はいブクブク」  緑色のプラスチックのコップを幸三郎の口に当てる。ブクブクが上手く出来ない。差し込んだ水が歯磨き粉の白色を加えてアップリケに染み込む。 「きたない」  小さな声で罵る。  
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