都橋探偵事情『擬態』

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「佐久間さん、いるんでしょ」  静まり返っている。 「私は都橋興信所の徳田です。野毛の親分からあなたを捜してくれと依頼されました。でも安心してください。親分言ってましたよ。連れ出した女に惚れたなら仕方ないって。惚れた張ったは渡世の道だって。惚れて逃げたなら追い掛けたりしないって、いい親分じゃないですか」  徳田は大嘘を付いた。逃げそうなら殺してくれと言われていた。 「二階だ」  狭い階段の上で上半身裸の男が立っていた。右の腕に刺青がある。 「徳田です」  徳田はソフトを揺らした。まだ若い、20代前半、若気の至りだろうかそれとも本当に女に惚れて逃げたのだろうか考えた。もし後者なら見逃してやろうと思った。 「どうぞ」  佐久間が二階から言った。徳田は警戒した。万が一二階に上がった刹那ブスッと刺されるようなことはないだろうか。 「靴を脱ぐのが苦手でねえ、ちょっと外に出ませんか」  徳田が佐久間を誘った。 「安心してください、私一人です」  佐久間は部屋に戻った。徳田はコートからステッキを取り出した。グリップを回すとスライドする。佐久間はダボシャツにドテラを羽織って下りて来た。徳田のステッキを見て身構えた。 「足が悪くてねえ、こんな冷えた日はこれがないと歩けない」 「さっきは持ってなかったじゃねえか」 「必要な時に出て来るんですよ」  徳田は笑いながらステッキを突いて先に歩き出した。安浦漁港は埋め立てが進んでいる。かつての漁港にはマンション建設が始まっている。イカ釣り漁船が沖に向かう。
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