都橋探偵事情『擬態』

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都橋探偵事情『擬態』

 擬態 ①物の様に似せること     ②〔動〕動物の形・色・斑紋が他のものに似ていること     シャクトリムシが枝に似る類 (広辞苑 昭和51年12月1日 第二版 改訂版)  京浜安浦駅(現県立大学駅)で降りたつと潮の香りに咽た。目の前を米軍のジープが走り去り排気ガスでまた咽た。黒のソフトを深めに被り緩めのチェスターコートは膝まである。この男横浜で興信所を開いている。名を徳田英二、昭和15年生まれ、5歳の時横浜大空襲に遭い、火の中を走って逃げた。かろうじて生き延びたが両親は犠牲になった。桜木町の自宅も燃えて消えた。元々借家で大家から家賃を払い続けるなら買ったらどうだいと持ち掛けられ購入した。焼けた自宅に戻ると朝鮮人がバラックを建てていた。 「ここ俺んち」  徳田は大声でハンマーを叩く朝鮮人に言った。 「パカヤロウ」  鶏を追いやるように蹴散らされた。 「ここ俺んち」  バラック建てを見上げている同年代の少女に言った。 「釜山のおじいちゃんちは日本人に取られた」  だったらしょうがないと子供心に納得してしまった。浮浪者だったが山手の教会に連れて行かれた。神を信じたわけではないが高校まで卒業することが出来た。そして34歳になった。昭和51年1月10日、都橋商店街に興信所を開設して14年が経った。 「ラークあるかい?」  煙草屋の看板ばあさんに訊ねた。 「あるよ。洋モクはなんでもあるさ」  基地の街横須賀。アメリカ産の物は東京より安く仕入れられる。兵隊が直接持ち込むことも珍しくない。安く仕入れて普通に売る。 「三つくれるかい」  千円差し出した。
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