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たった一年で庭は荒れ果て、家もあちこち傷み始めていた。玄関のサッシを開けると、生ぬるい澱んだ空気がまとわりつく。いくら祖母が綺麗にしていたと言っても、埃っぽい黴臭い匂いもする。孤独死した老人の家を仕事で訪ねたことがあるが、鼻をつく匂いがないだけでその雰囲気は変わらなかった。
「体育館倉庫みたいな匂い」
現代っ子らしい感想を述べて郁が後に続く。トイプードルのアルも物怖じしないので、リードを外してやった。早速辺りの匂いを嗅いで家の奥へ進んでいく。
「電気はどこ?」
雨戸を閉めきっているので部屋は真っ暗だ。
「電気も水道も止められてるだろ」
「あ、そうか」
俺は記憶を辿り、居間の雨戸を開けて何とか光を取り込んだ。眩しい陽射しに照らされて、部屋の中の埃が宙に舞うのが見えた。
一人暮らしの高齢者は物を溜め込むことが多いが、祖母は終活も兼ねて断捨離もしていたらしい。
『私には宝物でも、皆にとっちゃガラクタだものね』
祖母はそう言って笑った。
一人がけのソファに畳んだ衣服がそのまま残っていた。洗濯物をしまうところだったのか、祖母の生活がそこで途切れたことを思わせる。まだ明日は続くと思っていたのに、彼女の意識はそれきり戻らなかった。
少ししんみりする気持ちを払うように、襖で仕切られた隣の和室を覗いてみる。い草の匂いはまだ清々しくて、床の間の掛け軸とその手前の小さな文机が目に入った。
「郁。鍵を合わせてみろ」
「うん」
郁は机の前に座ると鍵穴に差し込んだ。
「入ったよ!」
「やっぱり」
かちゃんと小さな音がして引き出しが開いた。アルも郁の手元を覗き込んだ。
「お手紙がたくさんある」
「覗きは趣味じゃないんだけどな」
いくら身内とは言っても、手紙や日記はプライバシーに関わる。必要なら目を通すつもりだけど…。
「宛名が皆同じ人だよ」
郁が一通を俺に手渡した。
『柴田 透 様』
封筒は角が尖ってはいるものの、色が少し黄ばんでいるものもあり、何十年もの間ずっとしまわれていたかのようだ。
祖父の名前ではない男性あての手紙。
俄かにはそれが意味するものはわからない。だけど、祖母の過去に触れなければ前に進めない気がして、俺は内心ため息をついた。
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