鍵と手紙 side達也①

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封筒の大半は宛名のみだったが、一通だけ相手の住所と差出人である祖母の名前が記されたものがあった。この封筒だけ比較的新しく、投函する前提で書いたようだ。便箋には優しい文字が並んでいた。 相手の近況を尋ねる挨拶に始まり、無沙汰を詫びたあと、命が尽きる前に渡したいものがあるという意味のことが書いてあった。親愛の情は感じるが、色恋沙汰の雰囲気はなかった。 手紙の他に何か残ってないかと引き出しをひっくり返してみると、これまた古びた紙袋が出てきた。レコードが一枚入っていたが、EPシングルでドーナツ盤と言われるものだ。紙のケースはなく、ラベルの文字は掠れてしまってよく読めないが、どうやら洋楽のようだ。これが渡したいものなのだろうか。 「うわぁ。僕、初めて見る」 郁はしみじみと口にした。今や音楽はストリーミングが主流で、CDでさえ時代遅れだ。 「届けに行く? 名前と住所はわかるしね」 「生きてればいいけどな」 今さらほじくり返さないほうがいいこともある。墓場まで持っていく想いもあるかもしれない。それでもこの手紙の数からすると、相手も何らかの便りを待ちわびているような気もした。 一度も会いに行かなかったのか? 祖父はもうだいぶ前に亡くなっている。そこまで遠慮は要らなかったはずだ。 住所はここからそう遠くなく、検索すると喫茶店の名前が出てきた。昭和の高度成長期に開いたらしく、こぢんまりとしたテラス席を増築した程度で、外観も内装も当時の面影を残している。昔懐かしいメニューも、若者にはかえって新鮮らしく好評のようだ。さらに口コミをチェックしてみると、気になる書き込みがあった。 『現役のジュークボックスで、古き良き音楽を味わえます』 このレコード ひょっとして… 『テラスでは愛犬を連れたまま、お茶が出来ます』 俺は背中を押された気分になり、手紙の束とレコードを持ってその店を訪ねることにした。
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