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再会 side透②
ドアが開いて彼女の姿を目にすると、一瞬にして時が戻った気がした。
「こんにちは」
「…いらっしゃい。久しぶりですね」
「ええ。すっかりお互いに年をとりましたね」
初夏の淡いグリーンの装いに、あの日の彼女を重ねた。カウンター席に着いた彼女は、微笑んで注文を口にした。
「あのコーヒーいただける?」
初めて僕たちが出会った日。
店番の僕が休憩しようとコーヒーを淹れたところに、彼女が雨宿りで訪れた。ほんの悪戯心で僕は彼女に自分のブレンドを出した。それがきっかけだった。
「少し時間がかかりますが」
「お願いします」
別れを決めた時の焦燥感はもうすっかり過去のものだ。あれほどの狂おしい気持ちも、今は穏やかな表情へと姿を変えていた。時間が傷を癒してくれるのは本当なんだな。そんなことを考えながら、僕は彼女のためにコーヒーを淹れた。
「主人が亡くなってもう十五年になるの」
「そう…」
「楽しかったし幸せだった。でも、あなたのことを思い出さない日はなかった」
その言葉にほんの一瞬だけ、僕の中で残り火のような感情が揺らめいた。
「独りで寂しくないだろうかって気になって」
それでも家庭を守り、夢中で子育てをこなした。自分よりも家族を優先する日々に、やがて伴侶との死別が訪れた。
「独りになって考えたの。私の幸せはあなたの孤独の上に成り立ってたって。そう思ったら会いたくなって」
「君が元気ならいいんだ」
「今でも何かを失うのは怖い?」
「…そうだね」
褐色の液体をカップに注ぐと、ふわりと湯気が立ってあの日と同じ香りが辺りを包んだ。ひとくち飲んで彼女は微笑んだ。
「変わらないのね。何もかも」
髪の色や容姿が変わるほど時が過ぎても、僕は臆病なまま、ただ流されるように生きている。想いを言葉に出来たら、行動に移せたら、少しはマシな男になっていただろうに。
「君の心の中に僕がずっと残っている。それは僕もだし、これ以上望んだらバチが当たりそうだ」
「欲がないのね」
本当は君の隣にいたい
だけど幸せを手にしたら、今度はいつそれを失うか不安に駆られてしまう。家族や希望を失くしてきた僕には耐えられそうになかった。
彼女がそよ風のように笑う。あの頃と同じ、僕が愛してやまない笑顔だ。それだけで今この瞬間、僕は十分に幸せなんだと思った。
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