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クリームソーダとレコード side達也②
ドアベルが重そうな音を立てた。
カウンターから白髪の男性が穏やかな笑みを見せた。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
俺は会釈をしてカウンターに近づいた。郁はアルを抱いたまま入口に立っている。
「犬がいるのでテラスの席がいいんですが」
「どうぞ。ただ、この通り老いぼれが一人でやってますので、セルフサービスにご協力お願いします」
「あなたが柴田透さんですか」
出し抜けに尋ねると、マスターの目が大きく見開かれた。
「あなた方は…」
「花枝の孫です」
「その子どもです」
郁が真顔で言うので俺は慌てて遮った。
「違うだろ。それじゃ俺がお前の父親みたいだ」
「あ、そうか。その甥です」
生真面目そうに見えた彼が、ぷっと吹き出した。
「すみません、不躾に。あなたに渡したいものがありまして」
「花枝さんから、ですか」
「ええ、たぶん。祖母は…、去年亡くなりましてね」
ふっとため息をつくのが聞こえた。
「あなたには彼女の面影がありますね」
「時々言われます。性格も似ているとも」
彼は口元に微笑を浮かべたまま頷いた。
「コーヒーをいただけますか。こいつにはクリームソーダを」
「はい」
郁がわーいと喜んでアルを抱き上げた。
テラスに近い場所にスライド式のガラス扉がある。マスターに言われてそれを両側に押し開くと、店内とテラスの空間が繋がった。外気が入り込むが、日陰の風は思ったよりも涼しく感じられた。
郁はテーブルを陣取り、アルは備え付けの水道から水を汲んでもらうと、石畳風のタイルに寝転んだ。お客自身が品物を運ぶシステムなので、俺がカウンターで待つことにした。祖母と同い年だとしたら、彼も八十半ばになる。いくら週三日の半日営業だとしても、楽ではないだろう。
コーヒーをたてる音だけが店内に響く。カップが触れ合う音。お湯を沸かす音。
「ほう。ネルドリップですか」
「ええ。これが一番雑味がなくていいと思います。手間はかかりますが」
「でしょうね。こんな間近で見られるとは」
「こちらを先に」
マスターは鮮やかなグリーンのソーダにバニラアイスを浮かべて、カウンターに差し出した。シロップ浸けの赤いチェリーも添えられた完璧な姿だ。
「最近のカフェじゃ、あまり見かけないですよね」
早速届けてやると、郁は嬉しそうに食べ始めた。戻る途中、視線を奥に向けると片隅に置かれたレトロな機械が視界に映る。
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