クリームソーダとレコード side達也②

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「あれはまだ動くのですか」 「あ、ええ。何とか騙しだまし修理してますよ」 彼の顔が綻んだ。持ってきた紙袋を手渡すと、怪訝そうに受け取った彼は中を覗いて声を失った。 「祖母の文机から出てきました」 「これ…、ずっと持ってたんですか」 「たぶん」 永遠の時が経つと思われるほど、彼はレコードを手に佇んでいた。ためつすがめつしてラベルをなぞったりしている。 「もう字が掠れて読めませんね」 「そうですね」 ややあってマスターはカウンターを出ると、壁際のジュークボックスに近づいた。硬貨を入れると中で機械が動いて、リクエストしたレコードが流れる仕組みだ。1960年代から流行り始め、カラオケが普及するにつれて姿を消してしまったが、レトロな雰囲気が物珍しくてバーや喫茶店に置かれていたり、こうして現役で働いているものもある。 「当時発売されたばかりの曲でしてね。花枝さんがとても気に入っていたんです」 彼は機械の蓋を開けて、プレーヤーに載っていた一枚を器用に取り外すと、祖母のレコードと入れ替えた。ぱちぱちと針がレコードに乗る音が聞こえてくる。インパクトのあるギターの音色が懐かしさを呼び覚ました。 親父も一時期このグループにハマっていたらしいが、ばあちゃんの影響だったのか。確かに若者世代だった祖母の年頃にはドンピシャだろうと思った。それにしても、新しいモノが好きだったのは昔からか。 俺が警察官を辞めて、先代の親爺さんから探偵事務所を継ぐと言い出した時も、面白がったのは祖母だけだった。安定した公務員を捨てるなんて家族中が猛反対で、姉貴に至っては郁に余計なことを吹き込むロクデナシと、半分ガチで縁を切られそうな有り様だ。 『だって、達ちゃんカッコいいんだもん』 俺のところに出入りするなと釘を刺されても、さらりと郁は言ってのけると、内緒話のように声を潜めた。 『ホントはね、パパも憧れてるんだよ。男子は達ちゃんの味方だからね。アルも』 ドライなマセガキもハードボイルドを理解する心はあるようだ。世の中まだ捨てたもんじゃないなと思う。 「僕が彼女にこれを渡してしまったので、曲が聞けないってクレームが出ましてね」 マスターが苦笑いになる。
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