28人が本棚に入れています
本棚に追加
「あれはまだ動くのですか」
「あ、ええ。何とか騙しだまし修理してますよ」
彼の顔が綻んだ。持ってきた紙袋を手渡すと、怪訝そうに受け取った彼は中を覗いて声を失った。
「祖母の文机から出てきました」
「これ…、ずっと持ってたんですか」
「たぶん」
永遠の時が経つと思われるほど、彼はレコードを手に佇んでいた。ためつすがめつしてラベルをなぞったりしている。
「もう字が掠れて読めませんね」
「そうですね」
ややあってマスターはカウンターを出ると、壁際のジュークボックスに近づいた。硬貨を入れると中で機械が動いて、リクエストしたレコードが流れる仕組みだ。1960年代から流行り始め、カラオケが普及するにつれて姿を消してしまったが、レトロな雰囲気が物珍しくてバーや喫茶店に置かれていたり、こうして現役で働いているものもある。
「当時発売されたばかりの曲でしてね。花枝さんがとても気に入っていたんです」
彼は機械の蓋を開けて、プレーヤーに載っていた一枚を器用に取り外すと、祖母のレコードと入れ替えた。ぱちぱちと針がレコードに乗る音が聞こえてくる。インパクトのあるギターの音色が懐かしさを呼び覚ました。
親父も一時期このグループにハマっていたらしいが、ばあちゃんの影響だったのか。確かに若者世代だった祖母の年頃にはドンピシャだろうと思った。それにしても、新しいモノが好きだったのは昔からか。
俺が警察官を辞めて、先代の親爺さんから探偵事務所を継ぐと言い出した時も、面白がったのは祖母だけだった。安定した公務員を捨てるなんて家族中が猛反対で、姉貴に至っては郁に余計なことを吹き込むロクデナシと、半分ガチで縁を切られそうな有り様だ。
『だって、達ちゃんカッコいいんだもん』
俺のところに出入りするなと釘を刺されても、さらりと郁は言ってのけると、内緒話のように声を潜めた。
『ホントはね、パパも憧れてるんだよ。男子は達ちゃんの味方だからね。アルも』
ドライなマセガキもハードボイルドを理解する心はあるようだ。世の中まだ捨てたもんじゃないなと思う。
「僕が彼女にこれを渡してしまったので、曲が聞けないってクレームが出ましてね」
マスターが苦笑いになる。
最初のコメントを投稿しよう!