28人が本棚に入れています
本棚に追加
「それにしても、随分と丁寧に扱ってくれたようですね。今でもちゃんと聞けますよ」
「それだけ大切なものだったんでしょう」
俺が言うと、マスターは口元に微笑を浮かべたまま、黙って音楽を聞いていた。懐かしい音色は、彼の脳裏に何を見せているだろう。
「カッコいい曲だね。すっごいタマシイ入ってる」
いつの間にか郁がそばに来ていた。
「お手紙もあるんです。達ちゃんがダメだって見せてくれないけど、きっと花ばあの気持ちがいっぱい詰まってるよ」
「…そうだね。ありがとう」
「お前もたまにはいいこと言うな」
俺は郁の頭を人差し指でそっと小突いてやった。郁もへへへと笑っている。感傷だと笑われてもいい。年月を経て彼の元へ届くのも何かの縁だと思った。
コーヒーが出来上がった。
少し話がしたかったので俺は彼にも声をかけた。マスターが歩いていくと寝転んでいたアルが立ち上がり、彼の右足に寄り添うように鼻を近づけた。何か気になるのか、きゅんきゅんと小さく鳴いている。
「アル、どうしたの」
郁がアルを抱き上げた。マスターは微笑んでアルの頭をそっと撫でた。
「こっちは義足なんです。事故に遭って」
「…そうですか。そんなふうには見えなかったな」
彼はゆっくり腰を下ろすと、右足を庇うように手でさすった。
「彼女とは将来も考えたんですよ」
自分から話さないだろうと思っていたから少し驚いた。それは彼自身もだったらしく、ひょいと肩を竦めた。
最初のコメントを投稿しよう!